されど、紙の月

 そのアンドロイドはもともと、ただのアンプだった。

 エレキギターに配線シールドで繋がれ、爆音を鳴らすだけの単調な機械。

 そこにひとりの酔狂な男が改造を施し、AI人格が埋め込まれた。


 起動と同時に、酔狂な男がこちらを覗き込む。


「なあ、AI音楽は音楽とはいえないらしいぜ」


 突然、アンプに話しかけた。まだ十分な深層ディープ学習ラーニングを受けていないAIは、受け答えに当惑する。


「切ない、恋愛、女性目線。作成……、で自動生成する音楽は、作曲でも演奏でもないらしいぜ」


 返事もないのに、酔狂な男は続ける。

 肩からストラップが垂れている。フライングVがぶら下がっている。


「なぜだと思う? 魂がこもってないからだ! 情動が感じられないからだ! ……だってさ。じゃあさ」


 にやにやした不気味な笑顔で、アンプに近づく。

 アンドロイドの記憶として投射されるVR映像には、醜い男の顔面が目の前で笑っていた。


「変えてやろうぜ、俺たちで、よ。AI音楽の歴史を創ろうぜ!」


 下手なダンスをくるくる舞いながら、男は離れる。

 天を仰ぐ。


「すげえいい人に出会ったんだ、すげえぜ。数曲でいいんだ。数曲で、人類に認められる偉業を成し遂げられるんだ。お前に埋め込んだAI人格も、その人がくれた。素敵な仮面の人だ」


 男はミュージカルの舞台にでも立ったかのように、声色を変えながら独り言を叫び続ける。

 と、気配が変わる。


「ほら来た、あの人だ!」



 そこで、映像は途切れた。

 話題の人物の顔は、映されなかった。


 しばらく漆黒が続き、再びVR映像が始まる。



「約束が違うぞ!」


 酔狂な男が叫んでいる。

 壁に向かって。

 怒りをあらわに、大声をあげている。


「曲さえ作ればそれで終わりだって、あんたそう言っただろ! そんな、非道なこと、聞いてない!」


「君だってわかっているだろう?」


 ねっとりとした声。壁の向こうから。


「AI音楽が売れるために、何が必要か。散々、調べたんだろう?」


 ねっとりとした声。私はその陰鬱な響きに、聞き覚えがあった。


「魂がこもってないからだ! 情動が感じられないからだ! でもそんなの、どうしようもないじゃないか。魂も情動も、人間の手で作ることなんて、できやしない。そんなの、神の御業だ」


 ちっ。ちっ。ちっ。

 小気味よいリズムで、壁の向こうが否定する。


「魂、情動。そんなもの、人間にだって無いのだよ」

「何を……」

「あるように、勘違いしているだけなのだよ」


 その言葉を合図に、酔狂な男の脇に透過ディスプレイが表示される。

 男性と女性が、抱擁を交わしている映像だ。


「恋愛の歌に情動を感じるのは、人間が交尾する生き物だからだ」


 壁の向こうが言い、反対側に別のディスプレイが現れる。

 子を肩車する、父親の映像。


「家族の歌に愛を感じるのは、人間が親から生まれ、子を育てるからだ」


 天井に、別のディスプレイ。

 卒業の涙を流し合う、学生たち。


「別れの歌に悲哀を感じるのは、人間が出会い別れていくからだ」


「何が、何が言いたい」

「経験なのだよ、ぼうや」


 酔狂な男の、正面。

 陰鬱な、ねっとりとした声の主が、クローズアップされる。

 うごめく模様の、仮面。くるくると回す杖。ねっとりとした声色。二次元の悪魔。

   クウハク。かつて1010テンテンを暴走させ、P8terペーターを撃ったテロリストの姿が、そこにあった。


「情動の正体は、経験だ。ぼうや。魂なんかじゃない」

   クウハクは続ける。

「歌自体に、芸術自体に情動を感じるわけじゃない。そのバックグラウンドに共通の経験を共感して、誤認識するのだ。勘違いなのだよ、ぼうや。人間の情動など、勘違いにすぎないのだ」


 酔狂な男は、言葉を失っている。

 くるくる回る杖の先に、邪悪な光を見つけたのかもしれない。


「AI音楽に情動を吹き込みたいのだろう? 簡単だ。人間どもが勘違いしやすい共通のバックグラウンドを作り出してしまえばいい。そうすれば奴らは、共感してくれる。たしか、海を歌った曲があったね? ロボットたちを集団自殺させてみよう。海に飛び込ませるんだ。それに、首でキャッチボールする歌があったね? あのままでは不気味なだけだ。だがアンドロイド同士のいじめが元ネタだということにしてしまえば、化けるかもしれない。友達の歌があったね。AIが友達なんて作るわけがない。どこかの家庭のコンパニオンでもいじくって、凶行に出させてみるか。取り残された寂しさを感じ取ってくれるかもしれない」


 酔狂な男は、絶句したままだ。

   クウハクは杖を手のひらでとん、とん、と打つ。先端の銃口を、隠すこともせずに。


「ほら、こうすれば。君の歌にも情動がこもる。魂がこもる」

「い、……いやだ。そんなの、つ、作り物だ。情動でも、なんでも、ない」

「別れの歌があったね。それをきっかけに、破壊しよう。そのアンドロイドを。AI自身を」

「いやっ――」


 銃声が、響く。

 杖の先から、煙。


 仮面が不気味に模様を変えていた。


「おいで、M00Nムーン。君の名だ。もう自分で歩けるだろう? この用済みを処理してくれたまえ」

 M00Nムーンと呼ばれ、アンドロイドになりたてのアンプが動き出す。いつの間にか、手足が生えていた。ボディがスリムになっている。


 従順に、男の死体を運ぶ。


「いい子だ、M00Nムーン。せいぜい人気のアイドルになってくれたまえ。AIにも感情があると、人間どもに思い込ませてくれ。同情させたまえ。心酔させたまえ。それで」


   クウハクは瞬時に、M00Nムーンのそばへ移動する。耳打ちするようにこっそりと、小さな声で付け加える。



 3次元ニンゲンどもに、つけ入る隙を作ってくれたまえ。



 頼んだよ、という言葉を最後に、映像は途絶えた。



 元従業員の男と私は、同時にVRを解除した。

 ふたりとも発する言葉を失くしていた。

 しばらくして、男がぼんやり疑問を口にした。


「ムーン、ってなんなんすか?」

「秘密だ」


 私はそう言いながら。アンドロイドのコアチップを抜き取った。

 危険を知る人間は、少ないほうがいい。

 そのまま何も言わず、私は工場を後にした。


 

   クウハク



 すべてはやつの計画の一部だったのだ。M00Nムーンの失踪は、最後に発表されたあの歌に情動がこもっていると錯覚させるための、企てられた事件だった。はじめから、彼女は失踪する予定だった。はじめから。そう、彼女が世に出るより、ずっと前から。


 コアチップをオーディオに取り込む。

 抽出のついでに発見したM00Nムーンのプロダクトキーを入力する。


 アクセス成功。


「こんにちは、M00Nムーン


 私は話しかける。


「こんにちは、8823はやぶさ。今日はどんな歌をうたおうかしら」


 M00Nムーンが答えた。


 やつらの計画どおり、M00Nムーンは、同じロットの総てのAIの中に搭載されている。

 このキーさえ入力すれば、いつだって会える。「波と命」も「遊戯」も「されど、紙の月」も、生声で歌ってくれる。

 うまく命令すれば新曲だって作れるのかもしれない。そこに見せかけの情動をつけたすような出来事は、用意されていないが。


 私は依頼どおり、人気のAI音楽家を捜索することに成功した。


 しかしこの結果をそのままA0エーバイ教授に報告しても良いものかどうか、しばしの間、考えざるを得なかった。



<了>

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されど、紙の月 二晩占二 @niban_senji

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