手応えのない銃撃戦
工場とは名ばかりだ。
21世紀のベルトコンベアーにまみれた軽重工業はとっくに死滅している。
ドアロックをスキャン。ピンコードをハック。解除。旧式のもので、手はかからなかった。
そのままドアを開けようとして、手を止めた。
気配を感じる。
中に、誰かがいる。
小さな、しかし重い音が漏れて聞こえた。銃口が、こちらを向いている。
私はドアを蹴飛ばし、すぐに身を隠した。
銃声が乱打される。銃弾は空を切る。
完全に素人の手付きだ。照準が定まっていない。
弾丸を撃ちきり、銃声が静まる。装填の静寂。
私は室内に身を投じる。外観と同じく、こじんまりした内装だった。埃まみれの3Dプリンターが左右に列を成している。銃撃の主は、そのひとつの影に隠れているようだ。
私は素早く袖口から黒銃を取り出すと、壁に向けて投げつけた。
銃は壁にぶつかり、跳ね返る。
その瞬間を狙い、左手からもうひとつの黒銃。出す。撃つ。
弾丸は直進、壁に跳ね返った黒銃に向けて。ターゲットを睨みつけた瞬間のトリガーを、後追いの弾丸が射抜いた。
無人の空間からの銃撃が、プリンターの影に隠れる素人狙撃者を射抜いた。
「あっ」
手応えのない銃撃戦の相手が声を上げ、獲物を落とす。
からころと虚しい音を響かせて、拳銃が床を転がった。
私はゆったりと相手に近づく。拳銃を踏みつける。狙撃手の腕前に似合った、安っぽい銃だった。
「こんにちは、ミスター。お話を伺っても?」
プリンターの裏側を覗き込み、礼儀正しく尋ねた。
肩口から血を流す男が、うずくまって泣いていた。
「ミスター?」
「すす、すみません、な、なな、何も、は、はら、はらえ、ない」
男は極めて友好的な返答をよこした。
私を借金の取り立てか何かと勘違いしたらしい。
傷口を手当し、穏やかに話しかけるうち、どうにか心を開き、ぽつぽつと事情を語り始めてくれた。
「するとあなたは、この工場の元従業員?」
「ええ、もう何年も前になりますが」
3Dプリンターが普及し、各家庭でのセルフファクトリー化が進む現在、大量生産系の第2次産業は成り立たなくなってきている。職を失うのは簡単だ。流れに身を任せればいい。その後、路頭に迷うことになるが。
「ここに来ればひとまず、雨風はしのげるし」
この男も同様だった。
日雇いのプログラミングなどで食費をまかないつつ、この廃工場で寝泊まりしていた。
「
私は訊いてみた。
「ムーン?」
「ここで生産されたはずだ。AI音楽家の」
私は覚えたての曲をいくつか、口ずさんでみた。
音程は少しずれていたが、情報の伝達は成立した。
「ああ、その曲なら」
彼は立ち上がる。傷口を痛がりながら、部屋の隅へ向かう。
古びたアンドロイドが座っていた。かろうじて、座っている格好だった。床に尻をつき、両腕を重力にまかせていた。目は虚ろに、
明らかに年代物だ。人工皮膚が剥げ落ち、無加工の
10年以上の時代経過を感じる容姿だった。
「ほら、起きろ。歌えよ」
腕の悪い狙撃手は、アンドロイドを蹴飛ばした。
途端、年代物の口が開く。閉じる。単純な開閉口を繰り返す。
口の動きと全くあわないタイミングで、メロディが流れ始めた。
天井にぶらさげた 紙の月に
願いましょう
明日はきっと あなたにも 私たちにも
変わらずに明日でいてくれるから
天井にぶらさげた紙の月に
願いましょう
失踪直前、最後に発表された楽曲。「されど、紙の月」。
音質こそ不良なものの、メロディは
「これは?」
私は男に尋ねる。
「ずーっと昔に壊れたアンドロイドです」
男は
私はそこに深い関心を持てなかった。
「オーディオに改造したのか」
「まさか。今どきの雇われ工員に、そんなスキルありませんよ」
「では何故、
「……ムーン?」
男はさっきと同様に、その名に聞き覚えはありませんけど、といった調子で語尾をあげた。
「
「知らないよ。何それ」
「AI音楽家だ。有名らしい」
私自身、
彼はそれには構わず、首をかしげたままだった。
「よくわかんないけど、こいつはずっと、こんな歌をうたってますよ」
「ずっと、か。ずっと、っていつからだ?」
「ずっと、です。俺が就職したのが20歳ちょうど。そんな若造の頃から、ずっと」
私は改めて男を一望した。
ゆうに40歳を過ぎて見えた。彼が20歳の頃、
この歌は先々週に発表されたばかりの、新曲なのだ。
「このアンドロイドは、他の曲も歌うのか」
「レパートリーは少ないよ。7曲くらいしかない」
私は立ち上がり、黒銃を取り出した。「抽出」モードに設定し、アンドロイドに近づく。錆の少ない
「おおおっ、物体アーカイブだ! すげえ、はじめて見た!」
男が興奮するのを尻目に、私は
視覚を持つ媒体は、記録が整理されている。ゆえに、抽出しやすい。
「俺にも、俺にも見せてくれよ! VRで見れるんだろ、過去の映像。な、な?」
この時代にこんな工場で働くだけのことはあって、彼も電子工学に人並み以上の関心があるらしい。
見ず知らずの相手にいきなり発砲するような男だ。
私が
彼にもVRゴーグルを装着させると、隣に座らせた。服が擦れ合う程度の距離を保つ。妙な気配を察知できるように。
「このアンドロイドの最初の記憶を、特定した。再生する」
私は彼に告げ、上映を開始した。
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