風に抱かれて生きる

風と空

第1話 訪ねて見れば山の中

「おい、まだ着かないのかよ」

「まぁまぁ。後少しだって」


 舗装されていない道を歩く事かれこれ1時間。こちとらこんなに歩くとは思ってなかったから、革靴で来たってのに!


 そもそも俺こと佐々木 浩史ひろふみ(26)が親友の佐久間 優大ゆうだいが「家を買ったから遊びに来いよ」って言うから、貴重なGWにコイツの故郷まで来てみたんだけど……


 お前、古民家買ったのかよ。……渋すぎるだろ。


 「さあ、入ってくれ!マイハウスへ!」


 自慢気に扉を開けるが、中はいきなり土間になっていて、しかも流し台に釜戸ってお前……


 「なぁ、優大。ここ電気通ってるか?」

 「いいや、水道だけだ。凄いだろ!電気代、ガス代かからないんだぜ!」


 コイツどうしたんだ?前まで都会派な人間だったよな?


 「ほらほら、入って荷物を中に入れろって。やる事いっぱいあるんだからな!」


 俺の背中を押すコイツの手が硬くがっしりとしたものになっていたのも驚きだが、家の作りにも驚いた。


 優大によると、土間の隣は10畳の中の間、襖の奥に東の間、そして和式トイレ。一階には中の間と東の間の外に濡れ縁がある。しかも風呂は五右衛門風呂で外にあるんだぜ。


 2階は中の間の階段を上がると、20畳の畳の間がある。ここが寝室だそうだ。よかったぜ。一応、客用布団は用意してくれている。は?隣の木村さんから借りた?隣って家ないだろうが!


「悪い、悪い。詳しく話すとお前絶対来ないだろうなって思ってさ」


 当然だ。だったらホテルにでも泊まった方がいいからな。


「まあ、来ちまったものは仕方ないよなぁ。さあ、手伝って貰うぜ」


 ニヤっと笑って腕まくりをする優大に心底嵌められた!って思ってたさ。なんせ、全部手間がかかりすぎる。


 料理だってかまどだから薪で火を起こすらしいが、まず素人の俺は火を起こすまで時間がかかった。文化かまどっつってもガスで慣れた人間には難しい。ほんのちょっと目を離すだけで鍋焦がすんだぜ。


 食材だって畑から調達から始まる。コイツ結構マメなのは変わらねえな。色々な野菜植えていやがる。手間かかるのが楽しいんだってさ。わかんねぇ。


「おーい!井戸の水飲むなよ!飲料水じゃねえからな!」


 優大に言われなければヤバかった。結構綺麗に見えても井戸は水質調査やなんやかや必要なんだと。畑に使う用にしているらしい。畑も良いのかって思うがな。


 そして風呂に水を貯める為に何度もバケツで流し台との往復をした。これは俺も妥協はしなかった。肩まで浸からなきゃ入った気がしねえんだ。すっげえ疲れたけどな。


 優大が逞しくなったのはわかる気がした。


 そしてここは街灯は勿論隣の家の灯りもない。夜は真っ暗だ。流石にランタンはあったな、この家。


 必死に作った夕食はランタンの灯りで食べた。TVも何もない中で食べるのはキャンプ以来だぜ。でもなんかテンションが上がってたな。二人で馬鹿話ばっかりしてた。


 食事の後はランタンの光で入る五右衛門風呂。この日は快晴だったからか、綺麗な夜空が窓から見えた。ゆったり星を見ながら風呂に入るなんて、そうそうねえよなぁ。


 優大が風呂に入って二階に上がってきた頃には、もういびきをかいて寝ていた俺。布団の中が気持ちよくってなぁ、アレコレ聞こうと思っていたのに睡魔には勝てなかった。


 

 チュピッ…… ピピッ……



 ……眩しいな……カーテン閉めなかったっけ。


 布団の中から手だけを出して、目当ての物を探す俺。アレ?携帯どこだ?


 仕方なく顔を布団から出すと、窓から差し込んでいた陽の光が、目に飛び込んでくる。


 時間を知る為にモソモソと起き出し、上着から携帯を取り出してみると朝の5時半。優大は?と隣を見ると布団はもぬけの空。


 ……あいつもう起きているのか?


 目が冴えたから起きて着替えをし、一階へと降りていく。流し台までいき、顔をバシャバシャ洗ってタオルがない事に気付く俺。不意にパサッと背中に何かが乗った感触がした。


「よお、はよ」


 背中にあるのがタオルとわかると、顔を拭いて優大を見る。優大の手には卵が四つ。


「お前、何処行ってきたん?」

「毎朝卵貰いに佐々木さんの家に手伝いに行ってんだ」


 ニッと笑う優大はもうすっかり現地に溶け込んでいるようだ。コイツの社交性の高さがかなり役立っているとみた。


「朝飯前に今日の収穫手伝えよ」


 優大に言われるまま畑に出ると、今日は気温が上がるのか朝靄がうっすらかかっていて、なんとも空気が清々しい。収穫したキャベツも瑞々しく、美味そうだ。


「おお!おっきくなったな」と喜ぶ優大を見て、俺はずっと聞けなかった事を投げかけていた。


「お前、なんであの大企業辞めたんだ?」


 優大は苦笑いしながら言ったんだ。


「俺、元々自然が好きでさ。キャンプとかも行ったりしてたんだけど、それすらやってもつまんなくなるくらい仕事漬けでな。ほとほと疲れ切って一度帰省した時に、この家見つけたんだ」


 優大は一目で気に入って、まあ、20万って金額も金額だが、ポンッと払って数日過ごしてみたそうだ。すると白黒だった世界が鮮やかな色彩を取り戻す様に、以前の活力が戻ってきたらしい。


「俺さあ、多分風を感じたかったんだと思うんだ。生きている、と思える風を。ここは不便だし、生きるのには必死だ。でもな、朝に昼に夜に生きていると実感出来る風が吹く。俺は風に抱かれて生きたいんだ」


 ちょっと格好つけすぎたか、そう言って笑う優大。まあ、格好つけすぎだが……わかるところもある。自分に素直に生きる時に感じる風は本当に気持ちいい。


 これは社会人になって忘れる事の一つかもしれない。


 大人になって、我慢を覚えて、周りと共存する事を覚えて安定を掴むと同時に、無くしていく気持ち。


 俺も忘れていたな。


「まぁ、そう言う事だから!さ、飯作ろうぜ!腹減っちまった」


 照れ隠しに家に戻っていった優大。


「おい!キャベツ置いて行くな!」


 俺もあいつの後を追って、家に入る。

 また手間がかかる火おこしからか、そう思いながらももはや嫌な気はしない。


 今年は親友の生き方から一つ教わった、そんなGWだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

風に抱かれて生きる 風と空 @ron115

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ