女子高生と未来人
hibana
女子高生と未来人
代り映えしない日常の中で、今日くらいはいつもと違うことが起こらないかなと思うことがあるでしょう。そういうとき、皆さんならどうします? 私はシャンプーを変えました。めっちゃいい匂い。バリくそフローラル。
そんでもって登下校ルートを変えてみる。私が『耳をすませば』のファンだって言いましたっけ? 言ってないか。ああいう素敵なお店を見つけてあわよくば彼ピも欲しいなって思って。私めっちゃ素直で正直なんで。
で、いつもと違う帰り道。私が見つけたものは――――素敵なお店でもなんでもなく、道端に落ちているギターケースだったのだ!
私とギターの因縁をお話するね。私はギターを弾いてみたい。ギターは別に私に弾かれたくはない。以上。
そのような深い因縁があったので、私は多少の興味をもってワクワクとそのギターケースを開けた。まさか中から男性が出てくるとは思わずに。なんと、皆さん驚かないでくださいね。そのギターケースを開けると、中から男性が現れたのです。もう一度言いますよ。え、もういいの? なんで?
「あのねえ、お嬢ちゃん。道に落ちてるものを拾うのはねえ、まあ交番に届けるならいいと思うけど。勝手に開けるのはどうかと思うよ。罠かもしれないよ」
ギターケースから顔をのぞかせた男性は、ひどく呆れた顔をしてそう言った。私はぽかんと口を開けて、「すごぉい」と呟く。
「おじさん、マジックする人?」
「いいや、違う。ギターケースに入ってみたら出られなくなって困ってた人」
「じゃあ私すごく命の恩人ですね!」
「どうだろう……命の恩人だけど、あわよくばギター盗もうとしたろ、お嬢ちゃん」
「誤解ですがな」
「ですがな?」
こほんと空咳をしながら男性は、ギターケースから這い出てきた。私はすぐさまギターケースの中をのぞく。「うわ、何この子無神経が過ぎる」と言いながら男性に突き飛ばされた。
私は口に手を当てて、「えっ……」と衝撃をそのまま口に出す。
「ぎ、ギターケースの中……およそギターケースの中と呼べない亜空間だったんですが……? 某青猫ロボットが出入りする机の中みたいになっていたんですが!?」
スン、と真顔になった男性が、腕を組んでため息をついた。
「俺の名前は堤」
「あのっ。あの、あのあの!」
「未来から来た。20年ぐらい先の未来から」
「早い! そういうのもっと引っ張る告白なのでは!?」
「知られたからには生かしておけない」
「オイオイオイ、勘弁してくれよジョンソン」
「俺の名前は堤。未来から来た」
「スミマセン、リテイクやめてください」
率直に言おう、と彼は言う。
「俺のことを手伝ってくれ、マジで頼むこれ脅しとかじゃなくてほんと困ってんの俺。さっきの冗談だから、君に危害加えたり全然しないし、しても無駄だから。おけおけ?」
私も率直に言わせてもらいますね、と私は言った。
「どちゃくそに面白そーなのでやります。よろしゅう」
コンビニで買ったホットミルクティを飲みながら、私は話を聞く。ちなみにこれは、堤さんが『本当にありがとね、助かるわー。飲み物ぐらい奢る奢る』とか言っておきながら、実際はこの時代では使いようのないクレカしか持っておらず結局私が自分で買ったものだ。ついでに堤さんが自分で買うつもりだった棒付きキャンディをしょんぼりと棚に戻そうとしたので、可哀想になって買ってあげた。
「で、何すればいいんですか?」
「あーね、鍵探してほしいんだよねー。自転車の。で、この時代の俺に届けてほしいの」
「はぁ? チャリのカギ? そんなことのためにタイムトラベルしてきたんですか、わざわざ」
そう言うなよぉ、と堤さんは嘆く。
「俺さ、この時代には高3だったんだけどさ。彼女がいたわけ。で、この日もデートの約束してたんだけど。自転車の鍵なくしちゃってさ……。デートに遅れて、彼女に振られちゃうの。俺本気で後悔しててさ。だ・か・ら! 戻ってきたんだよ、俺は」
「えぇ……未練たらたらすぎて引く」
「最近の女子高生って冷たいね」
「最近の女子高生? とは? 哲学かな?」
そんなことを言いながら歩いていると、唐突に堤さんが「ここだ、ここ」と言って立ち止まった。「ここで鍵落としたんだよ、絶対」と電柱の近くを探し始める。
「でもさー、なんで堤さんが自分でやらんの?」
「……問題があるんです、女子高生様。俺はこの時代では異物なので、元の時代に戻ると俺の痕跡は一切消えます。俺に関する記憶も、俺が為したことも全てね。だから、この時代の人に協力を求めなければならなかった」
「えっ、私こんな面白いこと忘れちゃうんですか?」
もったいない、と思う私とは裏腹に「うん、忘れてくれ」ときっぱり堤さんは言った。「そうじゃなきゃ困る。俺が偉い人に怒られる」と。
しばらくして堤さんは、「あった、あった」と街路樹の近くを指さした。私はそれを注意深く見て、ようやく銀色の鍵を見つける。拾って、「マジで、こんなんのために過去に来たんですか?」と眉をひそめた。堤さんは肩をすくめて、曲がり角の向こうを指さす。
「で、あっちにこの時代の俺がいるから。鼻水たらしながら鍵探してるはずなんで、届けてきてくれる?」
「いいですけど、どんな格好してるんですか」
「学ラン。めちゃくちゃ死ぬほどイケメンだけど惚れないでね」
「ほざいてろ」
「ほざいてろ???」
ステップを踏むように軽やかに、私は曲がり角を曲がる。そこには確かに、私と同年代の学ランを着た男の子がいた。
と、いうか。
「……マジで普通にイケメンなんですけど……」
思わず怯んだけど、すぐに気を取り直して私は「あのっ」と声をかける。断定堤さん(若いころの姿)は、驚いてこちらを見た。
「これ探してるんじゃないですか、お兄さん」
そう言って鍵を差し出すと、高校生の堤さんはきょとんとし――――瞬時に目を輝かせる。ガッと私の手を取った。
「ありがと~~~~!! 探してたんだ、超探してた! ほんとありがとね! あー、これでデートに遅れないで済む。後でお礼するね!」
口をはさむ隙もなく、堤さん(仮)は自転車に乗って去って行ってしまう。私は口を半開きにそれを見送り、少し不満に思いながら大人堤さんの元に戻った。
「どうだった? 渡せた?」と首をかしげる堤さんを、私はしげしげと見る。
「? どうしたの」
「まあ、面影はあるなって」
かっこよかったっしょ、と堤さんはおちゃらけて言った。私は伸びをして、「よく見れば今の堤さんもかっこいいよ、って意味で言ったんだけど」と呟く。堤さんは一瞬目を丸くして、「まあ別人になるわけないからね」と目を伏せた。
「いやぁ、本当にありがとね。これで何とか間に合うよ」
「デートに?」
「そうそう」
「過去に戻れるってなったら、もっとすごいことしたくないですか?」
「十分凄いことだよ。俺の人生が一変する」
私は「うーん」と顔をしかめて、「逆に今までいいことってなかったんですか」と聞いてみる。
「若いころの恋にそんなに未練たらたらになるほど、人生いいことなかったんですか」
「……そうでもない」
「人生一変させて、今まであったいいこととかも全部なくなっちゃうかもしれないじゃないですか」
今度は堤さんの方が「うーん」と苦笑した。「この二十年でどんな幸せがあっても、どんな栄光があっても、俺はこの日をやり直さなきゃいけなかった」と話す。
「彼女のこと、そんなに好きだったんだ」
「さあ。俺からすればもう20年も前に振られた恋だし、わかんないな。でも後悔って20年経っても死なないからさ」
「そーいうもんですか」
「とにかく20年、俺は自分が情けなくて仕方なかった」
ふっと笑って堤さんは「いやほんと助かった。女子高生様々だな」と腕を組んだ。
私も調子に乗って、「そうですよ。未来の私にちゃんとお礼してくださいね」と片目を閉じる。「それはできないけど、君の未来がよりよくなることを祈っているよ」と堤さんが言うので、私は『そんな定型句はいらんが』と思った。一応、思うだけにとどめることにした。
「じゃあ、俺帰るね」
「軽いんすわ、マジで。なんか未来の話を1個ぐらいしていってくださいよ」
「えー、20年ぐらいじゃなんも面白い話ないよ。あ、火星人は遺伝子的にはピラニアに近いんだって」
「待て待て待て」
彼は「じゃあねー」と言いながらギターケースを開き、ひょいっとその中に入ってしまった。残された私は呆然と、その様子を見る。慌てて駆け寄って覗き込んだ時には、ギターケースの中には何もない。本当にただの空洞。一般的にその辺に売られている何の変哲もないギターケースとなっていた。
「変な未来人」
呟いて、瞬きをする。その瞬間に私は、自分がなぜそこに立っているのかを忘れた。
ギターケースがある。こんな道の真ん中に。
私とギターの因縁をお話しようと思う。私はギターを弾いてみたい。ギターは別に私に弾かれたくはない。以上。
しかしギターケースの中身は空だ。至極残念である。
何か面白いことを忘れている気がする。さっきまで誰かと話をしていたような。
そういえば、いつもと違う1日を送ろうと思い登下校ルートを変えたのだった。はてさてここはどこなのか。
ふと後ろから「みゅんこー」と声をかけられる。私の名前は未有子だが、友人からは“みゅんこ”と呼ばれていた。呼んできたのは小学生からの腐れ縁だ。「あんた何してん?」と怪訝そうな顔をしている。
「わかんない。私何してん?」
「病気なんよそれは。てかここまで来たらマック行くでしょ」
「私あんま駅の方行きたくないんだけど」
「ほんとなんでここまで来た。今アレよ。フルーリーがアレ。しゅわしゅわするやつ」
「全然惹かれない。何?」
「駅いこ」
「いいけどさ」
渋々ながら、友人と歩いた。この友人はおしゃべりで、私が口を挟まなくても一生喋っている。それはそれで、間がもつので助かるが。
ふと友人が「なんかあったんかな」と呟く。駅前に人だかりができていた。
言葉なのかすらわからない怒鳴り声が聞こえる。数人に押さえつけられた男が喚いていた。私の隣の友人が、秒で「帰る?」と言ってくる。私が来たいと言ったわけではないので、私に聞かないでほしい。
人だかりの隙間から、事件の現場が見えた。制服を着た男の子が血だらけで倒れていて、同じ年頃の女の子が必死に名前を呼んでいる。ほとんどパニックになりながら、呼んでいる。
「知ってる人?」と、友人が聞いてきた。確かに私は、あの女の子が一生懸命に呼んでいた『ツツミくん』という名前に覚えがあるような気がしていた。が、少し考えて「ううん。知らない人。どこの学校の人だろ」と呟く。“ツツミ”などという名前はそれほど珍しくはない。
「救急車、まだかな」
「ね。彼女かわいそう」
興味本位の野次馬に嫌悪感を抱きつつも他人事でしかない私たちだって、『ヤなもん見ちゃったね』というようなひどい反応だっただろう。
私たちが来た道を戻り始めたころ、ようやく救急車のサイレンが聞こえてきた。あの少年は助かるだろうか。女の子の『ツツミくん、ツツミくん』という泣き声がなぜだかいつまでも耳を離れなかった。
女子高生と未来人 hibana @hibana
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