第17話 日本刀

「彼は行方不明です」

 と汗水が言う。

「なんで? まさか内臓に負けた?」

「内臓に勝ったことは確定しています。彼の死体は機密を守るためにオークショニアの清掃係が遺体を回収しましたから」

「その時に隼人さんを見かけなかったってことなの?」



「ええ。二人が戦っていた痕跡はありましたが、隼人さんを見かけたという人はいないのです。まるで戦いが終わった後にその存在自体を消してしまったかのように」

「そんな。じゃあ、私達は二度と隼人さんに会えないってことですか?」

「現状探し出すのは難しいかと思います」

「そう……ですか」

 美香は隼人と会えないと聞いて肩を落としていた。


「酷い有様だな」

 と憂いの声を上げたのはオークショニストの紫電七雲であった。初老だが均整が取れていて、背丈の高い身体は現役と比べても遜色なかった。

 そんな彼がそんなことを言うのも無理はなかった。

 加噛一、傷心身二乗、内臓十蔵が行方不明で、汗水九も泰山組に下ってしまった。

 残るのは 大数三黒、断裂四、黒死六、紫電七雲、薔薇薔薇八実の五人だ。



「一と二乗を探しに行った五の奴も殺されたんだろうね」

 溜息を吐いたのは大数三黒だ。彼女は茶髪に緑色のカラコンを入れた女子高校生だ。身体の発育は非常に良く、男を引き付けて止まない。

「あいつらは内臓より強いんだから捜索する必要なんてないのにね」

 と、その行為を皮肉る発言をするのは薔薇薔薇八美だ。三黒と対称的にスレンダーな身体とゴスロリチックな恰好をしているのが特徴の少女だ。

「五が帰ってこないのもおかしいし、一と二乗も帰ってこないのもおかしいだろ」

 黒死が突っ込みを入れる。

「汗水と内臓の二人に絞ったって言うのが失敗だったわね。内臓はともかく、汗水なんて私達の中で一番弱いし」

 と薔薇薔薇が言う。



「それだけじゃない。不可解なことが起こりすぎてる。内臓の敗北、オークション現場の盗撮とかな」

「誰がそんな無謀なことをしたのやら」

「状況証拠的に言えば高遠しかいないんじゃないかな。高遠が安田正樹の携帯を使って泰山組の組長に送信したらしいし」

 断裂が意見する。



「ともかく今回の件で俺らの信用はがた落ちだ」

 紫電が肩を竦める。

「こんな大事件が起きているっていう時ですらオーナーは姿を現わさないようね」

 薔薇薔薇が皮肉る。

「オーナーの正体がバレてしまったらそれこそオークショニア崩壊の危機でございます。どうかご理解を」

 燕尾服を着た痩せた男がオークショニアの会議に割って入ってくる。

「オーナーの代理か」

 紫電は冷静に問う。

「はい」




「それで私達になんのミッションをやらせようっていうの?」

「オーナーが警視総監との会食を取ります」

 代理の男は言う。

「そいつも偽物なんだろう?」

「相手方は正体を知らないので、大したことではないですよ」

「それで俺らになにをしろと? 会食の護衛と毒見です」

「俺らだって毒を飲んだら死ぬぞ」



「それはご安心あれ。毒を喰らっても死なない者を用意しておりますから」

「まさか……」

 紫電は目を見開いていた。

「彼女が新メンバーでございます」

「狙われてた女が私達の仲間になるなんて変な巡り合わせね」

 薔薇薔薇が皮肉めいたことを言ったのであった。


 まさか自分がオークショニアの一員になるとは夢にも思わなかった。一人でぼんやり準備しながら今までのことを振り返る。いつも人に助けてもらってばかりだ。そんな自分が今のまま、敵地に行った所でどうなるやら。

 泰山組の事務所を離れるための準備をしている時、一息付こうとスマートフォンに目を向ける。ネットニュースには政財界の主要人物が一斉に行方不明になるというニュースが流れた。オークショニアのせいかと思い、関心を無くした美香は準備を再開する。




 せめてここを出ていく前に隼人さんに会いたかった。

 そんなことを思っていると、事務所の表のドアをノックする音が聞こえた。

 美香は面倒だなと思いながら、それに対応することにする。

 そこには仮面を付けた男が一人、何も言わずに突っ立っていた。

「あの。あなたは一体?」

「俺はあんたが誰か分からない。でもこれだけは最後にしなきゃならないと思っている」



「そっ、その声は隼人さん?」

「俺は隼人じゃない。そして何者でもない」

「へんなこと言わないでくださいよ。下手ですよ冗談」

「本当なんだ。わずかな記憶を頼りにこれを届けに来た」

「これ? お父さんが飾っている日本刀? なんで隼人さんが持っているんですか?」

「内臓? の身体から回収されたものだ。俺はなぜか君にこれを届けなければいけないと思っている」

「お父さんにではなくてですか?」

「この剣は君にしか使いこなせない。そういう風に言われているような気がする」

「一体誰に?」

「教皇に」



「教皇って?」

 仮面を付けた男は頭を押さえる。

「待って」

 美香の制止をきかずに男はその場を去ってしまった。

「意味が分からないですよ」

 美香は心底戸惑っていた。



 教皇と自称する男は魔女の枝葉の教皇となり、信者からの相談を受けている。相談を終えた後、彼の腹心を呼ぶ。一人は二メートルを優に超えるアンバランスな程にマッチョな角刈りの男、傷心身二乗、そしてもう一人はかなり小柄な女性の加噛一である。

「教皇様。お目覚めになられたばかりですが、どうなされますか?」

 傷心身は教皇に問う。

「魔女様が実るまで待つさ」

「それなら我々もただじっとしているだけではなく、他の大罪枢機卿を揃えましょう。網走の地下にある能力犯罪者刑務所を襲撃しましょう」

 加噛は嗜虐的な気分を抑えられないようだった。



「君達レベルが後五人いればいいけどそうはいないんだろ。だって君達はオークショニアのナンバー一とナンバーツーだし」

「遊びですよ。人の破壊で音楽を作る身としては退屈というのは非常に困るのですよ」

「快楽を分かち合うのもよいことでございます」

「僕は寝起きだからね。身体を馴染ませることを優先するさ」




 これで第一章オークショニア編は終了です。

 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 星・ハートなどもよろしくお願いします。

 続編は出来上がり次第、近況ノートとXの方でアナウンスさせていただきます。 

 これからもよろしくお願いいたします。 


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High Crime マイケル・フランクリン @michelxsasx

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