第16話 取引
「おう元気にしてたか力也」
「親父。悪いがこいつを譲っちゃくれねぇか。後、データも消してくれ。これが残られると大海組は非常に困るんだわ」
「剛田よ。物事を頼む時にはそれなりのメリットを提示しなきゃいけねぇっていうのは俺が懲罰組の組長時代に何度も教えてやったことだよな?」
「それならメリットはあんたの命が助かる。デメリットはあんたの命は助からないってことだな」
と剛田は言う。
「力押しするって言うなら絶対にデータは消さねぇ」
と隆二は言う。
「流石親父だぜ。俺相手にビビりもしねぇとはな」
「ヤクザに必要なのはメンツってもんよ。舐められるようになっちゃお終いだからな」
「はったりで切り抜けるやくざの時代は古いぜ」
「俺はマジだぜ。お前が力押しでやろうとするならデータは消さねぇ」
と隆二は突っ張る。
「あんたを力でどうこうするって馬鹿だったよ。俺は」
剛田は肩を竦める。
「それじゃ話を戻すぞ。お前は俺達になんのメリットを提示してくれる?」
「逆に言うが泰山の親父の望みは?」
「汗水の身柄は諦めろ。そして俺の娘を狙わない念書を書かせろ。つまり、泰山組と大海組との間の協定を結び直せ」
「それを全部飲むわけにはいかねぇ。汗水はやらかしすぎた。高遠の暴走を止められなかったんだからな」
「それを送ったのは高遠か。あの時、雷神に接触することができたのは高遠だけだしな」
「そうや。それこそこっちのメンツを保つために汗水と高遠を罰する必要がある。まぁ高遠は死んだわけだがな」
「罰ねぇ。罰の内容はなにを考えているんだ?」
「命で償えっていう話さ」
「命で償わせるよりもっと良い方法がある」
「その名案って言うのは?」
剛田は隆二の言葉の続きを求めた。
「俺の組に入ることだ。大海組に唯一与していないうちは、今のヤクザでいうところの孤島みたいなもんよ。この組に入れば二度と這い上がれることはない。ヤクザ生命終了だ」
「親父よぉ。絆されたか知らんが、慈善家みたいなことは止めとけって」
「こいつには大切な者を守りたいって言う気持ちが見えたぜ。俺はこいつみたいな男のケツなら持ってやりてぇと思ったわけよ」
「情が深い親父は好きだけどな。今回は諦めてくれねぇか?」
「いや。諦めねぇ」
と隆二は言い切る。
「俺も失敗続きでよぉ。今回もやったら減給されすぎてご飯も食えねぇし、寄付もできなくなっちまうよ」
「ご飯を奢るくらいはしてやるよ」
「じゃあせめてどっちかは諦めてくれや」
「剛田。お前じゃキリがねぇ。大海と話をさせろ」
「分かったよ。俺の言うことは聞かねぇだろうし、親父同士で話を付けてもらうよ」
と言って剛田は自分のスマートフォンを隆二に手渡した。
隆二は大海の番号に電話を掛ける。
「久しいな、大海」
「泰山。てめぇがなんで力也の携帯を使ってやがる」
「お前に送ったデータについて使者の剛田が来たんだが話にならなくてな」
「力也には力ずくでも話をまとめてこいと命令したんだがな」
「それを俺の腕で封じ込めたってわけよ。だからお前の思い通りになることは百パーない」
「小癪な」
大海は思わず舌打ちした。
「でだ。俺の要求を伝える。まず美香を今後狙うな。二つ目は汗水を見逃すことだ。以上」
「話にならん。零細ヤクザと日本一のヤクザでは話にならんぞ」
「データは別のところで使えばいい」
「警察に売るって考えてるなら無駄だぞ」
「だろうな。でも海外の犯罪シンジケートにやればいい。大海組の弱みも握れるって言ったら大喜びだぜ」
「いや、悪いことは言わん。娘のことは諦めろ。売れたら金の何パーセントかはお前にも分けてやる」
「てめぇは金儲けのことしか考えていないだろうが、俺はそんなちゃちなことは考えていないんだよ」
「金儲け以外にもある。お前は泰然の親父が死んだ時のことを忘れたのか? お前の娘はあの女の――魔女の娘なんだぞ」
「愛した女の形見よ。だから死んでも守るって言ってるんだぜ大海」
「あんなものは世界に、いや少なくとも日本にいてはならん。泰然事変の二の舞になるぞ」
「それが今回の騒動の理由か」
「そうだ。百人のパトロンのご機嫌などどうでもいい。魔女を殺せばな」
「お前の目的は不死の臓器の購入者を追い、それを奪って葬ることだった。それが魔女を殺す唯一の方法だったから」
「ああ。そうだ。魔女は絶やさなければならない」
「だからお前は美香のことを諦めることもできなければ、汗水のことを諦めることもできないわけか」
「かつての友としてそれ相応の地位を用意しよう」
「俺がよぉ。娘を捨てて自分の地位を取ると思うか?」
「そうした方が賢明だと言っている。お互い丸く収まるからな」
お互いに主張を一つも譲らなかった。
「私に発言の許可をさせてください」
と汗水が言う。
「親父、いいのか。こいつに発言させても」
「いい。この状況がどうにかなるならなんでも」
大海は面倒になっているようだ。
では、と全員に一礼した後汗水が
「大海様は泰山美香を無力化したいということかと思います」
と言う。
「まぁ端的に言えばそういうことだな」
「大海様が避けたいのは魔女が自分の手に余るようになることかと思います」
「ああ」
「なら泰山美香を直属の組織に組み込めばいいのではないでしょうか」
「直属の組織に組み込む、か」
「親父。あんたの嫌っているリスクを抱え込むことになるぜ」
と剛田が言う。
「俺もお前が美香のことを狙わないって約束してくれるなら汗水の意見に賛成するぜ。どうする?」
と隆二も大海に問う。
「それなら彼女にはオークショニアの一員になってもらう。これで納得しろ」
「分かった」
と隆二は頷いた。不安は大きいが、これ以上ごねても美香が危険に晒されるだけだと思い、納得した。
「で、汗水の処遇は?」
と泰山が言う。
「まず聞きたいのはデータの件だ。流出させていないだろうな?」
「してねぇよ」
「それならデータと交換で汗水の身柄は保障してやる」
「分かった」
隆二は事務机から映像を保管しているUSBメモリを剛田に渡す。
剛田はデータを確認して、
「確かにオークション映像だぜ」
「持ち帰って破壊しろ」
と大海は指示をする。
「それじゃこいつは俺が身柄を引き受ける。文句はないな」
「好きにしろ」
と大海は言う。
「またいつかな」
「俺は貴様に会うつもりはない」
と言って大海が通話を切った。
「ということで話がまとまったぜ」
「話がまとまったって言うなら俺は帰るぜ。むさ苦しい男だらけの場所には興味ないんでね」
と言って剛田は事務所から去っていった。
「やれやれだぜ」
と隆二は溜息を吐いたのだった。
隆二がぐったりしていると事務所の扉が開け放たれた。涼が疲労困憊状態で、美香を連れて帰ってきたのだった。
「美香ちゃんは取り返してきたわ」
「おう。お疲れだったな涼ちゃん」
「ああ……この蛙男。なんであんたが事務所にいるのよ」
「落ち着け。こいつはわけあって俺達の仲間になったんだ。敵じゃねぇ」
「納得できるわけないでしょ。高遠と一緒になって美香ちゃんを売ろうとしていた癖に」
「その節は申し訳ありませんでした」
と汗水は頭を下げた。
「ねぇ。それより隼人さん、そっちに帰ってこなかった?」
と美香が言う。
するとその場は一瞬沈黙するのであった。
「えっ? どういうこと?」
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