第15話 氷対熱
「やっとやる気になった? それなら美香ちゃんを返して死ね」
「わいがお前の言う事聞くと思ってるのは考えが甘いんちゃうか?」
「やってみないとわからないでしょう」
涼が床を強く蹴ると同時に高遠に沢山の氷柱が隆起しながら高遠のところへと向かってくる。高遠はそれをあえて避けることはせず、氷柱にぶつけるように爆発を起こし、その氷柱を破壊した。
「へぇ。真っ向から打ち合うんだ」
「わいはむかっ腹が立っとるねん。お前みたいな馬鹿女ごときに逃げの姿勢を取るっていう気にはならへんわ」
「新しい上司のご機嫌取りのために私を倒さなきゃいけないってところじゃないの?」
「そうや。わいはご機嫌を取らなあかんのや。あの蛙頭のな。で、そのためにはお前には死んでもらわなきゃいけんのや」
高遠は背中に爆発を起こして加速し、細かく複数回爆発を起こしてその軌道をコントロールして涼の後ろに回り込んだ。
「なっ?」
「お前を溶かしてやるわ。これが一番速いやろ」
高遠は涼に抱き着き、自分自身が出せる限界の熱を放出した。高遠はリスクを避けるなどと考えられなくなったのだった。
その意地を察した涼もここで負けるわけにはいかないと思い、熱気に対抗するように冷気を放つ。
お互いの能力が衝突し合い、その間の温度だけ人肌くらいの暖かさになっていた。
「腹立つなぁお前。無駄に耐えやがって。さっさと焼かれて死んでおけばええやん」
「正樹の復讐を果たすまで私は諦めない」
「実の兄やぞ。実の兄妹で恋愛し合っているなんてほんま馬鹿やで。お笑い種や」
「正樹が私のことを……そんな……そんな素振り見せたことなかった」
「わいがその理由を知るわけないやろが」
涼の顔を手で掴み、掌に爆発を起こした。
しかし涼は氷で顔を守る防具を咄嗟に作り、致命傷を避けていた。
「あんたは馬鹿みたいに燃えて、必死に私に氷を作らせないようにしてる。でも、中心地から離れれば離れる程熱は弱くなっていく」
「だからなんやねん。お前の冷気はわいの熱には勝てておらん。氷で攻撃できてへんのが証明や」
「なら熱の届かない所から作ればいい」
「がはっ」
長い氷柱が高遠の体側を貫いた。臓器に刺さらなかったことは幸いだが、高遠はカッとした。遠くから凍らせてわいをちくちく攻撃しようってことかい。ヒステリーで頭カンカンになってるかと思いきや、中々冷静やないかい。
「ヒステリーになってがむしゃらに仕掛けてくるかと思ったわ」
「あんたみたいな卑怯者には冷静を通りとして冷酷になるわ。そうじゃなきゃあんたを殺せないもの」
「ええ学びを得てるのぉ。でも、熱いハートを持って戦わなきゃいけん時もあるんや」
刺す鋭い痛みに耐えながらも、高遠は思い切り頭を振り頭突きをした。
頭突きを食らった涼は強烈な頭痛にめまいを覚えた。
この男、いつもみたいにどこか余裕ぶってることしないで、がむしゃらに戦ってきてる。今のあいつに油断って文字は少なくともない。
「珍しすぎて驚いちゃった。でもね。熱いハートって言うんなら私の方が一枚上手よ」
高遠により一層激しく抱き着き、距離を一層詰めた涼は彼の首元に噛みついた。
「うぐぐぐぅ」
「離れろ。このアマぁぁ」
頭突きを繰り返して引きはがそうとする高遠。それに対して、絶対に離さないと決意を固める涼。これは両者の意地のぶつかり合いであった。
ここで馬鹿みたいに意地張り合って首を噛みちぎられでもして死んだらたまらん。わいは離脱して勝負できる隙をうかがうで。
と思った高遠は爆発を至近距離で起こして引きはがしにかかろうとする。しかし、涼はそれでもなお食いついてくる。
「冷酷に判断するんやないのか?」
「パターンが分かるうちに殺す。十分冷静な判断でしょ」
「わいに負けたくないから無茶しとるっていう風に思うけどな」
「後。あんたは私から離れられないから」
「なっ!」
高遠は涼の行為に驚かされた。彼女は自分の腕と高遠の腕を括りつけるように凍らせたのだ。
「大火傷覚悟してわいの腕に冷気を集中させたんっちゅうかいな」
「これこそ本当の我慢勝負。どっちかが根負けするまで気長にやり合いましょう」
「離れろ。離れろ。わいはお前のことが嫌いや。死ねぇ」
怒涛の頭突き連打をして涼のことを引きはがしにかかる。
その一方で涼もものすごい形相で彼の首筋に噛みついている。
「沈め。ぶっ倒れろ。馬鹿女が」
「屑。ゴミ。イキリ赤髪が息の根を止めろ」
お互いの悪口も、攻撃も激しくなっていく。
そこでこれ以上ここで意地を張り合っても仕方ないと思った高遠はある策に出る。爆発を起こし、それで得た推進力で移動する。壁に涼を叩きつけるのであった。次は上方向に移動するように足元に爆発を起こして、天井に彼女をぶつける。
落下する際にも彼女の頭が床にぶつかるように叩きつける。
この三連攻撃によってダメージを受けた涼を引き剥がすことに成功する。
掌から熱光線を生み出し、熱光線を固めて涼を切り刻もうとする。
「細切れになってゲームセットや」
熱光線を振るい、死体を切り刻もうとする。
しかし彼はこの時に悪寒を感じる。赤色の氷が高遠の足元を凍らせている。
「なっ。なんやこれ」
「これは私があんたを確実に殺すための本気。血氷」
「ちっ、血氷やと?」
「あんたが足を引きちぎる覚悟を決めなければ全身凍らされて死ぬわよ」
「ちっ、ちくしょうが。わいが必ず貴様を殺してくれるわっ」
覚悟を決めた高遠は足を引きちぎりながら、涼を睨みつけた。
「本気で足を引きちぎるなんて」
「お返しや」
高遠は反対に涼の左腕を熱光線で切り裂いた。
「へっ。ざまぁみろや」
「だからどうしたっていうの?」
涼は氷で即座に失った左腕の代替品を作って見せた。
なんていう執念やと高遠は驚いていた。そしてなによりも特筆すべきは血氷といった赤い氷の性質だ。氷だというのに炎に当たっても溶けることはない。相当強力な冷気が込められているのだ。
涼は血氷で全身を覆い、高遠と打ち合う意思を見せつけた。高遠も高遠でこの耐久力のある血氷を抹消面から破壊してみたいという気持ちはよくあった。
そんな両者の気持ちが重なり、またもやインファイトが取られた。お互い近距離で致命傷の強烈な一撃をお互いに避けられている。
「お前も本気を出したんや。わいも限界まで行くで」
と言って高遠はより一層激しく炎を噴き出した。炎の色は朱色から青色に変わる。
「いっ、色が変わった?」
高遠はにやりと笑って応える。
彼は肺の中にある酸素を噴き出している炎に回すことにより、酸素の供給を安定させたからだ。このことにより炎の摂氏は千度を越えた。今までの炎より高温の炎を生成することに成功している。
耐火性のある氷、血氷もその炎に当たると溶け始めた。
「無口なのが癪に触る」
正直言ってここまで熱い炎を出してくるのは想定外だった。しかしこれを認めたら負けてしまうため、それは言わなかった。
この後、涼は一旦距離を取った。ここでは勝たなくてはならない。意地の張り合いで消耗してたらこっちが先にやられると思った涼はバックステップしながら、氷の壁を発生させる。
高遠はそれを爆発の推進力を利用して素早く迂回し、涼を追ってくる。
驚いた涼だが、今度は高遠を囲むように氷の壁を発生させる。
高遠は一瞬でその氷を溶かし、涼にもう一度迫ってくる。
弱気な策をいくら考えても無駄。それなら一点集中して打ち合うしかない。
そう思った涼は動きを止めて構えた。
その一方で酸素をガンガン消費している高遠は意識がボンヤリしてきた。しかし急に立ち止まってきた涼のことを見て、なにかを考えているなということには気付いた。
両者は肉薄し、お互いの顔面を狙って拳を振るう。
涼の拳が高遠の顔面手前まで伸びた。
しかし彼は咄嗟に身体を逸らしてそれを躱す。
狼狽する涼であったがすぐに切り替える。涼は高遠の拳が顔面に触れる直前にえびぞりして躱した。すぐに上体を起こしてスケートリンクのように凍った床を滑り、攻撃を免れた。
床を勢いよく滑りながら加速し、勢いが付いたら高遠にもう一度蹴りを喰らわせようとする。
高遠は速度威力共に申し分ないと思ったが、単調な攻撃故に回避が容易いと思った。
余裕の笑みを浮かべている高遠を見た涼は笑う。
それは本命じゃないと。
高遠はそれを見て嫌な予感を覚えた。首を横に振り、いや奴のはったりやと言い聞かせて冷静になる。
しかしその瞬後。高遠の身体を複数の氷柱が貫いていた。
涼は勢いを付けた蹴りをしたのではなく、氷柱を伸ばす場所の温度を低くしようと冷気をばらまいていた。蹴りは気をそらせるためのブラフだった。
高遠の中で急激に酸素が失われた。彼は変身形態を解かざるを得なくなった。
「勝ちね。私の」
と涼はにやりと笑い返す。
「ちゃうで。わいにもまだ勝機はあるで」
高遠は諦めていなかった。何故なら彼は涼も耐火性の氷、血氷を彼女が維持できなくなっているのを知っているからだ。本質は五分五分のサドンデスやと解釈していた。
高遠は掌から炎を発生させ、氷を即座に溶かす。
よろよろと片足で立ち上がり、拳を構えた。
涼もかなり体力を消耗していたが、最後の戦いだと思い身体に力を入れる。
手にグローブみたいに氷を纏わせる。高遠も同じことを考えていたみたいで、炎を手に纏わせていた。
「お互い考えることは同じみたいね」
「せやな」
両者共に一撃を叩きつける分しか残っていない。
自分の一撃を叩きつけて、相手の一撃をいかにして躱すかのゲームになっていた。
二人はじりじりとにじり寄る。
能力による派手な加速のない地味な絵である。しかしこの戦いの中で最も緊張感に満ちていた。
後二歩。
後一歩。
両者の拳が届く距離まで近づいた。
目でフェイントし、身体の動きでも翻弄する。
動かない激戦が続いた。先に出たのは涼だった。彼女は冷気を纏った左を雑に振るった。その次の瞬間に冷気が切れる。
高遠は首を傾げた。どういうことやと。
次の瞬間、涼の右が出た。それと同時に急速に氷が纏われていく。その右が頬にヒットする。
高遠は涼の右手を左手で掴み、彼女の身体をぐっと引き寄せる。炎を纏った右ストレートの威力を上げるためだ。その細工が成功し、彼女の顔面に拳が当たる。
その直前、彼はいきなり脱力し始めた。後ろに倒れこんだ後、彼は自分自身で身体を燃やし始めた。
「いっ、いぎぃぃぃ。なんでや。なんでこんなことになっとるんや。なんでわいは自分の能力をコントロールできなくなっとるねん。おかしいやろぉぉ」
発狂しながら彼は燃えていった。
「なっ、なんでいきなり……意味わかんない」
燃え尽きるのを見届けた後、涼は弱っている身体に鞭を打ちながら美香を探すことにした。
「そのデータの転送を止めてください。組長」
汗水は泰山組の事務所に着いた瞬間、隆二の足元に縋りついた。
「悪い。もうやっちまった」
「げっ。そんな……まままままさか警察に?」
「大海信二。お前らのところの組長にさ」
「そりゃそうですよね。私も同じ立場だったら、そうします」
汗水はこれ以上どうしようもないことを悟った。自分のことはどうでもいいが、愛した三人が酷い目に遭わせられるのはたえられない。
「私はいくらでも酷い目に遭います。しかし、私の部下は泰山美香誘拐の件には何の関与もしていません。ご慈悲をください」
「お前が拉致った理由は?」
と隆二が問う。
「出世しなければ仲間を守ることができませんでした。亜人病患者を差別する人間は沢山いるのです。だから……」
「そうか。金儲けとか出世欲のためじゃないってことだな」
「はい」
「そうか」
隆二は汗水を見ながら頷く。
「はい。厚かましいお話ではございますが、あの三人のことをよろしくお願いします。金は私が死んだら泰山組の口座に振り込まれるように手続きしておきますので」
「立て。汗水とやら」
と隆二は汗水に立つことを促させる。
「俺がなんとかしてやるさ。大海とは袂を分かつまでは同じ泰然組の幹部だったんだぜ。そのよしみでよ」
「あっ、ありがとうございます。組長」
「まだ感謝するのは気が早いぜ」
隆二と汗水は身構えた。
事務所の扉が開いた。
「よぉ泰山の親父。お久しぶりじゃねぇか」
気さくに挨拶してきたのは懲罰組幹部の剛田力也であった。
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