第14話 ホメオタシス
隼人は内臓に敗れた。
あいつにボコボコにやられたことは覚えてる。でも、そっからの記憶がねぇ。ここはどこだ?
隼人は今、まるで見当が付かない場所にいた。辺り一面が白い。上も下も白い。超巨大な白い立方体の中と言われても納得ができるくらいであった。
彼はふと思った。ライジングのリスクである使用強度と使用時間に比例して強くなっていく筋肉痛を感じないと。
「謎空間。そして身体が治ってる? 意味が分からねぇ。実は死んだとかのオチはねぇだろうな」
途方もないことを考えても仕方ないと思った彼はとりあえずこの辺りを散策してみることにした。
白いだけの風景が変わり始める。自分の過ごしてきた記憶が映像として映し出されるのだった。しかし映し出されたその瞬間に映像内で砂嵐が発生して見れなくなってしまう。
するとある変化を彼は感じた。映像として映し出された出来事が思い出せなくなっていくのだ。
「俺は誰のために、なんのために戦っていた?」
隼人は問いかけるように独り言を発する。
すると彼が疑問を持った瞬間に映像が復活する。しかし今度は今までと違う記憶が埋め込まれていた。
「おかしい。なにかが……」
隼人は記憶の内容を映像として見て違和感を覚えた。
子供時代の記憶を見ることができないのはさっきと変わらないが、最近の記憶がより不鮮明になっている。隼人が泰山組と協力し始めた時期の記憶だけはかろうじて残っている。
「そういやなんで俺は美香ちゃんやハゲ親父と出会ったんだ?」
隼人はもう一度自分自身に問いかける。
いきなり彼の目の前に、自分と同じ姿をした男が現れる。
「雷神隼人君。君としての寿命が近づいてきているから教えてあげよう。これはね、僕の能力の影響なんだ」
「お前の能力? 俺になにかしやがったのか?」
「君が雷神隼人として誕生するときに細工させてもらった」
と隼人に似た男が答える。
「どういうことだ?」
「記憶を代償に、リスクの発症を防ぐことができる能力。これを僕はホメオスタシスと呼んでいる」
「俺は今記憶を削除されまくってるってことかよ」
「そうだ。そして君は僕にとって都合よく動くための駒として、また新たな記憶を埋め込まれている」
と隼人に似た男が言う。
「理屈は分かったぜ。じゃあ俺が内臓に復讐することもお前が仕組んだことか」
と隼人が聞き返す。
「ああ。麗羅の記憶も僕が埋め込んだことなんだ。それも上書きされて思い出せなくなっていっただろ?」
「お前がそこまでして内臓を倒したいと思った理由は?」
「魔女の敵で、更に魔女の遺産を使いこなしている。僕は彼女を守らなければならないのだ」
と隼人に似た男が答える。
「俺はもうそろそろ消えてくなるか」
「ああ」
と頷く。
「でもこの胸の中にある美香ちゃんを守りたいって気持ちは本物だ。これだけは上書きされねぇ」
隼人は今の自分が消えることを覚悟した。
「それでいい。この後のことは安心するといい。君のしようとしていた細工は僕にとっても有用だったから手伝わせてもらった」
「そりゃいい。じゃあケリつけてやるよ。あんたのお望み通りに」
「これでお終いだ」
内臓が止めを刺そうとするが、
「待てよ」
隼人は彼の顎を勢いよく蹴りつける。
ぐぅと内臓は呻く。
「なんで立ち上がる? なんで俺にここまで執着する? 理解できん」
「最終ラウンドに語らいはいらねぇよ」
必要なのは全力。
刹那で自分を破壊するくらいの劇的な全力。
一歩踏み出し、内臓の背後を取る。そして背中から飛び出している化け物を破壊しようと拳を振るう。
内臓は背後を取られた瞬間に今までと比べ物にならないくらいの殺気と、不吉な予感を覚えた。耳で空を切る音を感じ取ると同時に彼は素早くその場から離れて、隼人の拳を躱した。
異質だ。今までとは明らかに違う強化をされている。
「なんだよ。そんなにビビッて」
「なんだそれは?」
内臓は隼人の身体の変化を見て驚いていたのだ。先程まで筋肉が膨れ上がっていたが、今度は反対に身体がギュッと絞られていた。薄皮の上に少しばかりの筋肉を付けたという表現があう程やせ細っていた。なのに今までより一番強い。
内臓は隼人と近距離で戦うことを避けたいと思い、透明化して姿を消した。
「ちっ。隠れやがったか」
だが隼人は即座に居場所を突き止め、彼の首根っこを掴みぶん投げる。
内臓は上手く受け身を取り、最小限のダメージに減少させる。
彼は即座に反撃に転じた。
「ライフイーター」
内臓は一メートル程度の波になるレベルの大量の蛇を出現させた。
「このライフイーターは特注だ。何百種類ものの致命傷に至らせる毒が含有されている。噛まれたらジ・エンドだ」
波は隼人を目掛けて進んでいく。
内臓は勝利を確信した。この大量の蛇から逃れられる術はあるまいと。
「勝った」
と言った瞬間、蛇の波が穿たれた。その後大量の蛇が死に、鮮血の波紋が広がっていく。
この穿った穴から出てきたのは隼人であった。
「ウソだぁぁぁ」
内臓は半狂乱に叫ぶ。パニックに陥ったのだ。
「小細工は通用しねぇって」
隼人は蛇の波を突き破った勢いそのままに、怪物に向かって一目散に飛んでいく。
内臓はどうすると狂乱しながらも距離を取り、肺に空気を膨らませて炎を吐いた。
隼人はそれを躱すことなく、突っ込んでくる。
内臓は正面から止めることができないと思い、その場から逃げ出すことにした。
それには狙いがあった。あのレベルの能力は身体に相当な負荷が掛かる。短時間持ちこたえれば勝機は十分にある。
事務所の外に出た内臓は人に紛れながら、透明化して路地裏に逃げ込む。
「ここまで距離を取ればあいつもそう簡単には追えないでしょう」
内臓が安堵した瞬間、隼人は彼を見下ろすように路地裏の左側にある建物から彼を見下ろしていた。
「どうやってここまで」
「もう俺達はお終いなんだよ」
隼人は建物の上から内臓に向かって飛び降りた。
内臓はだらりと脱力した。
リスクが発症して能力が使えなくなったのだ。
「薬で誤魔化してきた痛みがぶり返してきたよ。くくく」
隼人は内臓の独り言に一切耳を貸さずに彼を手刀で引き裂いた。
「俺の人生は無意味だ。苦痛で始まり、苦痛で終わった。誰にも肯定されず、愛されず……」
「お前には同情も軽蔑もしない」
内臓は歪な笑みを浮かべて息絶えた。
隼人は内臓の死体から剣を取った。内臓を一瞥した後、
「こいつをあいつに届けなきゃならねぇな」
と言ってその場を去ったのだった。
オークション会場は今までのものと比べて非常に規模が大きい。百人のパトロンだけではなく、政財界の中心人物、裏社会の重鎮などもこのオークションに参加していたからだ。不死の臓器に対する期待感は非常に大きく、参加者はオークションはまだ始まらないのかとじれったく感じているほどであった。
舞台袖から参加者席を伺った汗水はこのような参加者の気持ちを強く感じた。VIP達の期待に応えれば俺の大海組入りは確定する。それであの子達を守ることができる。汗水は胸に希望を抱いて、舞台袖から舞台へと出ていった。
「皆様こんにちは。いつもはヴァージニアでお仕事をさせていただいております汗水九でございます。今回はいつもの商品ではなく、臓器を扱わせていただこうかと思います。今回紹介する臓器は皆様お待ちかねの不死の臓器でございます」
と言うと、会場が揺れるくらい参加者は狂喜していた。
「さて。オークションを始める前に彼女が本物の不死身かどうか証明して見せましょう」
汗水は磔にした美香を舞台に引っ張り出した。彼は簡素な刀剣を鞘から抜き、彼女を袈裟切りにする。普通ならよくても重症程度だ。夥しい量の血が噴き出して死にそうになっている。
汗水は美香の悲鳴に耳を塞ぎながら参加者の様子を見る。参加者はみるみる傷がふさがっていく光景に夢中になっていた。
「とまぁこのようにありとあらゆるダメージを即座に修復します。それは体内にある病変にも同じことが言えるでしょう。彼女の臓器は不死の病すら治す特効薬なのです」
汗水のプレゼンテーションは大成功した。
参加者の喜びはピークになる。
彼はそれを見定め、
「では今から不死の臓器のオークションを開始します。最低落札価格百五十億から開始します」
汗水は落札価格の選択を間違えたかと、冷や冷やしながら様子を見る。
「百七十億」
「二百五十億」
「三百億」
「五百億」
「七百億」
「千億」
とどんどん価格がインフレーションしていった。
汗水はこれはなにかの夢かと思うくらいに動揺していた。手を裏に回し、尻をつねってみると鈍い痛みが走った。夢ではない。
「二千億だ」
最終価格を告げる。
「二千億、二千億。他にいらっしゃいませんか? いらっしゃいませんか。では落札です。二十五番さん。二千億で落札です」
汗水は言う。
二十五番の参加者はサッカーで好きなチームが得点を入れたのを見ているサポーターくらい大げさな喜び方をしていた。
「では本日のオークションはこれにておしまいにさせていただきます」
と言って汗水はオークションを打ち切った。
オークション終了後汗水は二十五番の参加者の下に近寄り、
「泰山美香は後日お届けいたしますので今後ともよろしくお願いします」
「汗水君にはいい買い物をさせてもらったよ。内臓の奴が富士見生体科学から百億を抜き取った時はオークショニアもおしまいかと思ったけどなんとか威信を取り戻せたようだね」
「お客様の日頃からのご愛顧があってこそです。皆様に愛想を尽かされないように精進したいと思います」
「個人でも買い付けたいものを頼むかもしれない。例えば君の得意なものとかね」
と二十五番の参加者は小指を立てた。
「ええ。良縁に恵まれるように頑張らさせていただきます」
「ああ」
汗水は二十五番の参加者が過ぎていくまで頭を下げ続けたのだった。
一仕事終えた汗水の下に高遠が近づいてくる。
「流石ですね」
「ホッとしたらどっと疲れが出て来たよ。君の出世の件は少し先になるが必ず果たしてみせるよ」
「ええ。汗水様のキャリアが安定してからの方が都合がいいので。わいのことを可愛がってくださいね。汗水さん」
「勿論だとも。今回の成功は君のお陰でもあるからね。それと……あまり細かいことを言うわけじゃないが、会話中にスマホを触るのは良くないと思うな。君も上に上がるんだ。礼儀にうるさい人と会話する機会も多くなるし気を付けなよ」
汗水は老婆心のつもりで言った。
しかしこの言葉を聞いて動揺していたのが高遠であった。
「わっ、わいだってこのくらいの礼儀は心得てますよ。でっ、おっ、俺。俺、スマホ触ってるんですか?」
「えっ、うん。見て分からないの?」
高遠は慌てて手元を見た。
「げっ? なんでわいがスマホを? しかもこれ、正樹のスマホやないか」
「なんで君が彼のスマホを持っているんだい? いや待て。高遠君。画面を見せるんだ」
汗水は嫌な予感がして、スマートフォンを慌てて取り上げた。
「これ。君、泰山組の組長にオークション映像を送りつけているよ」
「そっ、そんな馬鹿な? わっ、わいが」
「このオークションは違法な行為なんだ。これがバレたら僕達は出世どころか人生が詰むんだぞ。君、最後にとんでもないことをしてくれたな」
「もっ、申し訳ございません。でも、俺もなんでこんなことをしているか分からんのですよ」
「敵の能力かもしれない。君、なにか心当たりはないか?」
「あっ、あるわけないやないですか」
と思って高遠は一瞬だけ記憶を探ってみる。強いて言えば接触があったのは雷神隼人だ。あの時、これみよがしに手を握ってきた時になにかを仕組んだ可能性は十分ある。しかしあいつの能力は身体能力を強化することだ。内臓みたいに臓器を移植して能力を増やしたか、もしくは別人だったか……いやどっちともあり得へんことや。
「どうしたんだ高遠」
汗水が呼びかける。
「すっ、すみません。心当たりがなくて」
「データは私が始末する。君はここに戻るまで死ぬ気で泰山美香を守れ。誰かに奪われるなんてことはあってはならないぞ」
二人が話し合っている時、会場のロビーから悲鳴が聞こえてきた。
オークションの参加者がまだ滞在している。当然汗水は嫌な予感を覚える。
「わっ、わいも行かなきゃならんか」
と高遠も汗水の後へと付いていった。
ロビー一面が凍っている。更に参加者も氷漬けにされていた。
このロビーに唯一平然とした格好で立っていたのは城山涼だった。
「こんなことができるのは一人しかいませんね。早速君のしでかしたミスの影響が出てしまった」
「この女はわいが死んでも止めます」
「当たり前だ。死んでも殺せ。そして今度はこの女の臓器を売り飛ばしてやれ。そうしなきゃ参加者の溜飲は下げられないぞ」
「蛙男、それに高遠も随分必死そうな顔じゃない。商売って言うのは命があってこそではなくて」
「こうなったんもお前が参加者を氷漬けにするからやぞ。イカレ女」
「私をイカレさせたのはあんたじゃない。このクソ野郎」
「汗水さん。頼んます」
「ああ」
「逃がさないわよ。蛙男」
涼は蛙男を追おうとする。
しかし高遠はそれに立ちはだかる。
「ふぅん。あんたもそんな必死な顔をするのね」
と涼は笑う。
「上司を守るんが部下の仕事やねん」
「なら蛙男を殺そうとした方が効率がいいってことかしらね」
「無駄な労力を使わないことです。私は不凍液を身体に纏いましたからあなたの凍らせる攻撃は通用しませんよ」
汗水は二人の戦っている場所からなるべく急いで離れた。
高遠も高遠で、汗水に攻撃が喰らわないように必死だった。
「蛙男は逃がしちゃったけど、私のターゲットはあんただからどうでもいい」
「お前。自分が狩る側と勘違いしてへんか? 狩るのはわいで狩られるのはお前やで」
高遠は自分の成功が潰えたこと、いつまでも粘着してくるストーカーが自分のことを上だと勘違いしていることに心底腹を立てていた。
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