第13話 高遠蠢く


 先に仕掛けたのは内臓だった。彼は勢いよく神経麻痺ガスを吐く。

 隼人はそれを躱すが、内臓はそれを見越していた。

 次は勢い良く火炎を放射する。麻痺ガスに引火し、大爆発を起こした。隼人は素早く事務所から離れる。

「こんな町中で大爆発起こすなんてイカれてやがる」

 と隼人は苦笑する。



 こんなことが起これば当事者の内臓も死んだと思うのが普通だが、内臓は普通に生き残っていると思っている。生き残るどころかこの死んだという思い込みを利用して攻撃を仕掛けてくると。

 炎と煙が揺れた。

 隼人は身構えるものの何も起こらなかった。いきなり覚醒していきなり自爆した。狂人だ、そんなことをするのは。

 考える。辺りを探る。

 いない。




 意を決してあの火の中に飛び込むか、考えていた瞬間、彼の腹の下から突然姿を現した。

「なにっ」

 いきなりのことで体が強張っていた。

 その虚を突いた内臓のアッパーが隼人目掛けて炸裂する。

 意識を失いそうになる。

 しかし堪える。




 この威力はただごとではないと肌で体感した。おそらく内臓は身体能力を強化する能力を発揮させている。

 隼人は三速に切り替えた。内臓の身体強化に対抗するためだ。

 何度もオンとオフを繰り返した彼は普段よりも消耗していた。

 内臓は自分自身、または手や足などの一部分を透明化させたりすることで距離感を狂わせる。



 戸惑う隼人の間隙を突く。

 隼人は反射神経だけでそれをしのいだ。しかし、致命傷とならないように急所を守ることで手一杯だった。

 透明化と、身体能力強化の能力を並行させて発動させている。さっきもガスと火炎放射を連続で使っていた。さっきまでの内臓と比べて明らかに能力使用のインターバルが短い。




 隼人はそれを考えている時、ふと思った。能力の同時使用はかなりマルチタスクを強いられる。それもかなり高強度だ。別の能力に切り替えるということ自体にも負荷がかかる。

 それをあんなに立て続けにやるっていうのは無謀だ。

 内臓個人では、だ。




 しかし内臓の能力使用を手助けしているものがある。あいつの理想の乙女って呼んでやがる化け物だ。

「ちっ。めんどいなこりゃ」

「私と戦っている最中に考え事とは良い度胸ですね」

 内臓のストレートが顔面に叩きつけられる。重い一撃に体が揺れる。

「へばってるんじゃねぇよ」

 前蹴りがどてっ腹に入る。隼人は胃液をぶちまけて蹲る。

 死ぬぅぅぅ。くそっ。こっちもなにか対策しなきゃ。必死に隼人は思考を巡らせる。




 ここで彼は認めた。今のままじゃあいつに勝つことはできないと。

 しかし彼はこれ以上ギアを上げることを躊躇った。

 そして彼は内臓に敗北し、意識を失う。 






 美香達が内臓と交渉をしている間に抜け出した高遠は汗水から連絡を受ける。

「高遠君。率直に言います。私と手を組みませんか?」

「あんたに何のメリットがあるんや」

「戦力の補充と、敵対者を減らすことが目的です。今候補に上がっている敵は雷神隼人、泰山美香の泰山組、城山涼と折伏祈を率いる高遠派閥、内臓、そして懲罰組の剛田力也です」

「わいを引っ張れば折伏と城山を引っ張れると?」

「そう出来たらよかったですね」




「なに? どういうことや?」

「折伏祈は剛田力也に敗れて死亡しました」

「なんやと? AAA級の能力者だぞ。剛田の方は?」

「大きなダメージは受けていません。偵察映像を見た限り圧勝です」

「圧勝やと? そんな馬鹿な。同じ等級なのにそんな差があるわけないやろ」

「剛田力也は大海組の能力レート格付けではCCC。つまり最低レベルです」

「それならなおさら……」




「君はあまり知らないだろうが、懲罰組に入門できる時点で人の中で一万人にひとりの逸材。幹部ともなると人間を辞めているのです」

「非能力者の中での話やろ?」

「懲罰組は対能力者を想定して作られた弱能力かつ身体強化の倍率が平均の十倍以上の能力者を集めた最強の武闘派部隊なのです」

「AAAを圧勝するフィジカルなんて馬鹿な……」



 高遠は眼の前が真っ暗になった。こんなやつは内臓や雷神隼人よりも質が悪い。剛田力也という怪物の見積もりが甘かった。

「大海組お抱えの私兵、みたいなものですから具体的な強さをイメージするのは難しいでしょう」

「いや、冷静に考えればあいつは金を盗んだ内臓を追っているんや。あいつと対立

するプランは考えなくてもいい」

「折伏祈も内臓に騙されて難物を押し付けられたという感じでしたから部外者を理由もなく攻撃してくることはないでしょう。それに彼はリタイアしたみたいですから」




「リタイアやと。それが本当なら今が好機やないか? 雷神隼人と内臓が戦っていて剛田力也はいない」

 と高遠は前向きな事実を知り、心が明るくなっていった。その一方で実力が未知数で絶対に妨害してくる奴がいる。城山涼だ。




「あんたと手を組めば確実に取れるっていうことは分かったで。いや、分かりました汗水様。わいはあなたの下に付かせていただきます」

 それを聞いた汗水は高遠の心理を読み、

「私が大海組の幹部になった暁にはあなたも大海組で働けるように融通いたしますよ」

「それなら汗水様に相談したいことがあるんです。俺らがきちんと力量を把握していない敵がいます。城山涼です」





「城山涼。泰山組の安田正樹の実の妹だとかなんとか」

「それでやつはわいのことを恨んでいるんです。俺が正樹のことを殺したって言うのがバレてしまったんで」

「彼女のことについて教えてください」

「正樹と兄妹の関係だからか同じ氷系の能力の使い手です」

「近親遺伝説ですね。それなら能力の格付けも彼と同じAAクラスと考えた方がいい。分かりました。その件は私の方で検討しておきましょう」

「城山涼を抑えられるならこの作戦は必ず成功します」

 高遠ははっきり言い切る。

 そしてこのチャンスを逃す手はないと思っていた。



「もう無駄やで。泰山美香。お前が投降するってんなら他のやつは見逃してやってもええで」

 高遠と汗水の二人が目の前に立ちはだかる。

「不死の臓器一行を取り囲みなさい」




 汗水は、自身の飼っているサプライヤーに指示出しして包囲させる。彼の子飼いのサプライヤーは他のオークショニストのものとは少々違っていた。全員が全員、能力者が先天的に発症する亜人症の特徴を持っていた。全員、人の顔の要素の他に動物的な顔の特徴も持っていた。

「汗水様の部下はお前がしばいてきたヤンキーなんかより数段強いで。なんせみんな能力者やからな」




「高遠君の言う通りです。諦めた方が賢明です」

「高遠。あんたは私達のことを裏切って恥ずかしくないの?」

「休戦はしまいや」

 涼の顔に緊張が走る。

 高遠一人だったらまだ可能性はある。けど数的な差がありすぎる。勝つっていうのは現実的じゃない。




 美香も涼と同じことを考えていた。

 行動したのは美香だった。

「分かりました。投降します。だから他の人は見逃してください」

 と美香は高遠に言う。

「賢い女は好きやで」

 高遠が美香に駆け寄ろうとした瞬間、涼が攻撃を仕掛ける。辺り一帯の気温を下げて、高遠を凍らせたのである。

 高遠は自身の能力で氷を一瞬で溶かす。しかし周りは違っていた。彼女達を取り囲んでいたサプライヤーは凍って全滅したのだ。




 彼の後ろにいた汗水達は、氷漬け攻撃から免れていた。しかし冷や汗をかいている様子だ。

「部下達を全員無効化にするとはゾッとしませんね」

 と汗水は涼の能力の強さを見て心底驚いていた。

「能力レートはAAに匹敵する可能性がある。しかしこれで証明された。対策さえすれば、脅威ではないとね」

 汗水は高遠と共に前に出た。

「城山。本番はまだ始まったばかりやで」




「あんたらふたりともまとめて倒してやるわ。だってあんたのアホ面腹立つんだもの」

 涼と汗水、高遠との間に緊張が走る。

 しかし勝負が決したのは一瞬だった。

 汗水が不凍液を多量に含んだスライムを作り、涼を閉じ込めた。

「泰山美香さん。あなたの方にはもう戦える人はいませんね」

「まだ俺がいるぞこの野郎」

 隆二は汗水と高遠が涼に圧倒したこの現状を見ても恐れることはなかった。

「なんやおっさん。わいらとまともにやり合う気かいな」

 隆二は嘲笑する高遠のことなど無視して突撃していく。しかし高遠は隆二を一撃で叩きのめした。





「分かりました。私、あなたについていきますから見逃してください」

「よう言った。さぁわいらと一緒に行こうか」

 と言って高遠は美香の手を取った。

 美香は汗水と高遠の二人に連れて行かれるのであった。

 それを涼は凄まじい形相で見ていた。


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