第12話 イデアの乙女


「雷神。てめぇ……許さねぇぞ」

 隆二の文句は届かない。天井をぶち抜いた彼は屋根の上にいるのだから。

 それに気づいた隆二は関心を娘のことに向けた。

「美香。雷神にやられた傷は痛むか?」

「大丈夫だよ父さん」

「無理に喋るな」

「本当に大丈夫だって。傷も治ってきてるし」




「お前。心臓をえぐられたんだろ?」

 隆二も能力者は心臓を失えば能力と命を失うということだけは知っていたので、美香の傷が治っていることに驚きを禁じ得なかったのだ。

「隼人さんは私達を逃がすためにわざとあんなことをしたんだよ」

「あいつは胸の浅いところを抉って、美香を殺したように見せかけたってことか?」

 涼は

「あのクズどこに行ったの?」

 と高遠の所在地を問う。

 しかし美香と隆二はそれに答えられなかった。



「自分の夢を壊された気分はどうだ? 俺は超いい気分だぜ内臓」

「最悪な気分だ。慰めに貴様を殺してくれる」

「お前にできるわけねぇだろ」

「燃えて悶えろ」

 内臓は肺を膨らませた後、火炎を口から放射する。

 隼人はそれを躱して、

「下らないパフォーマンスだな」

「あなたの解釈は正しい。何故なら本命は足下にいるからだ」

「足下?」

 隼人は足下を見る。するとそこには茶色の五センチ程度の蛇が十匹以上はいた。




「げっ。なんだこれ」

 隼人は異様な光景に動揺する。蛇を振り払おうとするが、その蛇達は振り落とされることはなかった。むしろ彼の腕に歯を立てて噛みついてくる。

「いでぇ」

 鋭い激痛に喘ぐ。その後に彼は脱力感を覚える。

「ブ男には似合いの粘着質な能力じゃねぇか」

「この蛇はライフイーターという種類の蛇です。こいつの特徴は人の生命力を奪うことです」

 ライフイーターは満腹になったのだろう。隼人からドンドン離れていく。




「そして二つ目の特徴はライフイーターの生命力を私に還元することができるというものです」

 隼人はなるほど厄介だなと思った。体力を奪われる一方で向こうの体力は回復していくのだから。

 今見た能力は火炎放射とライフイーターの二種類だ。色々な能力を使えるのは強いことだが、その分リスクも増える。

 この戦い、お互いに長期決戦になりえない。

 隼人はそう悟った。

 だから体力回復を過剰に気にすることはない。





「お前、運がよかったみたいだな。ドナーがいるとはな」

「あなたはなにか勘違いしている。確かに能力者の臓器を移植すればその能力を得ることがあるでしょう。しかし違う。その認識が根本的に違う」

 と内臓は言う。

「なに?」

「私の能力はありとあらゆる人間の臓器に適合する能力です。型が合わなくても強い能力を優先的に選択して移植していくことは可能ですから」

「ゲームの装備みたいに臓器を付け替えていくっていうのかよ。気持ち悪い」




「そう。私にはまだ隠された能力があるということです」

 と内臓は言った。

 隼人は内臓のとんでもなさすぎる能力に驚愕していた。リスクの種類は能力の数だけ増していくが、複数の能力を一気に使えばリスクが顕在する前に決着を付けることもできる。やけになっているあいつなら限界も考えずにがむしゃらにやってくる可能性がある。

 内臓を倒すというだけなら、逃げ続ければ、耐え続ければかなうのだろう。



 しかし、

「俺はお前を思い切りどつき回したいんだよ」

 隼人は消極的な戦術を取ることを嫌った。ライジングのギアを三速に上げる。

 三速に上げられたギアに対応するために肉体も変化を始める。全身の筋肉量が増える。一目見ても分かるくらい身体が膨らんでいく。均整の取れた細マッチョから、がたいのいい格闘家のような肉体へと変じたのである。

 これを見た内臓は隼人のパワーアップぶりを感じた。身体能力強化の能力でもかなりのレアもの。肉体の機能をアップさせるものは数多く見てきたが、強化に適応させるために肉体も変身させるというのはレアケースだ。

 内臓が考えている瞬間に隼人は素早く近づいてくる。




「速い」

「俺と戦っているのに考え事なんて随分余裕じゃないか」

 隼人のストレートが内臓の顔面に叩きつけられる。

 彼は衝撃を逃がすように躱して、威力を殺した。それと同時に距離を取りながら、今度は神経麻痺する毒ガスを口から吐いた。

 多芸な野郎だなと思った。隼人は咄嗟に口を手で覆い、ガスの範囲から脱出した。

 また距離を取られた。次はライフイーターか? それとも火炎放射か? 彼は内臓がなにを仕掛けてくるのか読みかねていた。



 隼人が内臓の居場所を探っている時、彼の頬に重い一撃が叩きつけられる。

 内臓が出てきたかと思ったが、そこには姿はない。

「どこだてめぇ」

 内臓はそれに答えない。

 彼は隼人に場所を気取られないように場所を変えながら攻撃を仕掛けてきている。

 火炎放射、毒ガス、透明化、ライフイーターの四種類か。奴本来の能力が移植適合だと考えると……移植可能な臓器の数だけ能力があると見て間違いない。

 後二つあるはずだ。




  所在を探れない内臓に対して防戦を強いられていた。一撃一撃は致命傷には

  ならないが、長期化して三速の強化が解けてしまうのはまずい。勝機がなくなってしまう。あのくらいならライジングを使うまでもなく耐えられる。

 そう思った彼はライジングの身体能力強化を解除した。 

 その瞬間、彼の首は絞められた。

「大成功ですね。身体強化していないあなたにはこれが十分効く」

「そうするだろうと思っていたぜ」

 隼人は内臓の位置を確認した後、あっという間に三速までライジングを上げる。

 背中に乗っている内臓をめいっぱいの力で投げ、下にある事務所の一階の床に叩きつけた。追い打ちを掛けるために飛び降りた彼は、その途中で身体を翻して全体重を足に乗せて内臓の顔面に着地した。



 内臓の仮面は砕けた。

 焼けただれた皮膚、濁った目をした怪物のような顔貌であった。

「てめぇの顔、初めてみたぜ」

「ちっ、ちきしょう。てめぇごときに負けるなんて。ありえない!」

「ざまぁねぇな」

 と隼人は笑った。

「私は反省している。どうか、どうか許してくれないか? 妹さんのことも必ずなにかしらの形で賠償するから」

「礼はもう戻ってこないんだよ」

「雷神。私はもう殺される運命なのか?」

 内臓は問う。

 隼人は、

「当たり前だ」 

 と即決する。





「それなら首を絞めて殺して欲しい。私は刃物恐怖症だからな。首の骨を折られて死んだ方がマシだ」

「俺がお前のリクエストに答えると思うか?」

「頼む。お願いだ」

 と内臓は惨めな程悲痛な顔をした。

「私は子供の頃、身体を切り刻まれたんだ。親や、同級生にな。背中が気持ち悪いカタツムリみたいだから人間にしてやろうと言ってな。私は刃物が怖い。どうか……どうか……」

「そうやって命乞いした人を助けたか?」

 と隼人は問う。

 内臓は押し黙った。

 命乞いする人間を嬉々として殺したからだ。




「日本刀が立てかけられてるな。お前を殺すのにおあつらえ向きだな」

「もしここで私をこのように殺したらお前も私と同じようになるぞ」

「お前を殺したら俺も終わりなんだ。どうでもいい」

 隼人は内臓の動向を逃さないように後ろ歩きしながら日本刀の方へと近づいていく。

 日本刀を取った彼は内臓に近づき、彼の首に向けて袈裟切りする。

 しかし、その日本刀は彼の首を断ち切れなかった。肉や骨が硬いわけではない。刃がこれ以上内臓を断ち切ることを拒絶したのだ。

「どういうことだ? なんで斬れないんだ?」

「そいつはただの日本刀じゃない。魔女の遺産さ」

「魔女の遺産?」




「俺達人間とは段違いのイカレ女の魔女が残したものさ。これは度し難い邪悪によく馴染む」

 と内臓は落ちた日本刀を手に取り、自分の腹に突き刺した。

 その言葉を聞いた隼人は嫌な予感を覚えた。

「てめぇ。まさかこれを狙っていたのか?」

「復讐とポルノはよく空想したからな」

 今まで死に体だった内臓が息を吹き返し、立ち上がってくる。



「復讐のカタルシスはどうしようもなく憎い敵を恐怖に陥れること。効果的なのさ。嫌がる方法で殺すのは」

「てめぇが何度立ち上がろうが、ぶっ飛ばせばいいだけだろ」

「私の命がけにイデアの乙女は答えてくれたようだ」

 内臓の背中を裂き、人間の骸骨を腐った肉でまとったような不気味な容貌の怪物が現れた。



「まさか背中にしまいこんでたとはな」

「魔女の遺産の力を借り、イデアの乙女を作ることができた」

 内臓は恍惚とした表情を浮かべている。折伏を騙すために使った話で想定外の成果を得たことを彼は喜んでいた。

 内臓はこの化け物のことを理想の可愛い女の子だと錯覚していると悟った。

「とんでもない趣味の変態か。てめぇは」

 隼人は倒れる前より格段に強くなった内臓を見て、気を引き締め直した。

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