第11話 開戦
隼人達が内臓との決戦に備える一方。
剛田力也と折伏祈の対立も激化していた。
「銃弾の雨あられ浴びせて終わりとは言わねぇよな?」
「まさかあれを全て耐えきるとは思いませんでしたよ」
「俺に銃弾如きが通じると思ってる馬鹿を久しぶりに見たぜ」
「皆さん。おさがりなさい。私が直々に彼と戦います」
折伏の指示を聞いた信者達は彼の邪魔にならないように距離を取る。
「そうだぜ。男らしく一対一でやりあおうや」
剛田は拳を振るった。
暴風が突き抜ける。周囲に甚大な被害を残していく。折伏はその威力に感嘆しながらも、身体を空中で翻して軽々と躱す。
「生臭坊主で、身体なんて鈍ってるんだろうと思うが、中々やりやがる」
「次は私だ」
折伏は剛田の足元に散らばった弾丸に向けて念じる。すると弾丸が浮き上がり、高速で剛田の腕へと飛んでいく。
「ちぃっ」
剛田は皮膚に銃弾が食い込んでいく鈍い痛みに歯を食いしばりながら耐える。
「更に」
苦しんでいる剛田に近づいた折伏は剛田の腕に向けて念じる。
すると彼の腕がとんでもない方向へと曲がっていく。
「ぐぎぎぎぃ」
剛田は苦しみに喘ぐ。
「剛田力也。あなたが降参するというならここら辺で止めてあげましょう」
「俺が降参だと? 俺はお前をぶっ飛ばして内臓を追わなきゃならねぇんだよ」
「それは敵わないでしょう。なぜならこのままならあなたは私にやられるからだ」
と折伏が言う。
今、お前の腕に掛けている圧力は百メガパスカル。腕がひしゃげるのも時間の問題だ。お前は、選択を誤ったと折伏は思った。
「この程度で俺を倒したつもりになってるのか。とんだ甘ちゃんだな」
剛田は圧力が掛けられている方向と反対方向に腕を曲げて、元に戻す。更に身体の力みと緩みを利用して銃弾を排出させる。
「そんな馬鹿な。マリアナ海溝と同じレベルの圧力を掛けたんだぞ」
「マリアナ海溝? 愛より浅いぜ。それは」
「怪物め」
「これで終いだ」
剛田は一瞬で肉薄し、ボディに強烈なパンチを叩き込んだ。暴風が巻き起こるその凄まじい拳をもろに受けた折伏は百メートルほど吹き飛び、体中を強く打ち付けた。
「終わりか?」
手ごたえのあった剛田だが、折伏は立ち上がる。
「ふぅ……ふぅ……一撃一撃が大砲ですか。しかもそれを軽々と放てるというのだから恐ろしい能力ですね」
「能力じゃねぇ。素手だ」
「のっ、能力じゃない? そんな馬鹿な」
折伏は心底驚き、絶望していた。
もし能力ならインターバルやリスクなどがあって、そこからつけ入る隙があるかもしれないと思っていたからだ。しかし素手ならインターバルやリスクもない。つけ入る隙もない。
「不条理だ。魔女を信仰しない不信心な輩にこのような力を与えるなどとは。お前のような力は私のように大衆を救済する者に与えられるべきだ」
折伏は泣き、怒り狂いながら吠えている。
「お前が理解しなきゃならねぇ方程式が二つある。その中でも特に重要なのを教えてやる。幼女=無限だ」
「幼女=無限だと? 何を言っている貴様は?」
「そのままの意味だ。彼女達には革命を起こせる可能性がある。世界平和も実現させられる可能性もある。俺はその可能性を無限大と唱える。そしてその無限の可能性のためならば俺の命を捧げるなど容易い。貴様のようなカルト教祖とは、信じるものの格が違う」
「なるほど。あなたも私も信じるもののために日々戦っているというわけですか」
「おう」
「私も勝ために手段を選びませんよ」
そう言って信者達のいるところまで折伏は駆けていった。
「折伏。てめぇ、何を考えていやがる」
「幼女=無限。結構。その信仰を命がけで行えるかどうか試してさしあげましょう」
折伏は自分の子供と一緒に戦いに参加している信者を見つける。信者は三十代半ばの女性。子供は七歳くらいの幼女だった。
「さぁあなた達。私と共に来なさい」
と言って折伏は二人を無理やり連れてきた。
「さぁ信仰を試しましょう」
「折伏、なにを考えていやがる」
「私はこれからこの女の子を人質に取ります。しかしあなたが条件に応じるなら開放してあげましょう」
「条件? なにをやらせるつもりだ」
「三十分何があってもその場に立ち続けてください。それが出来ればその子を開放します」
と折伏は言う。
そんなことできるわけがない。お前にはさっきの十倍の千メガパスカルの圧力が掛かるのだから。
「上等だ。終わったら覚悟しろよ」
「まぁあなたのほうが先に死んでいるでしょうがね」
「三十分のカウントをしな」
折伏は懐からスマートフォンを取り出してアラームを設定した。
「では始めましょう。ルールは時間終了のアラームが鳴った時点で終わりとします」
言った直後から折伏は全力で仕掛けた。
剛田は体がねじ切れそうになる感覚に苛まれるが、体を力ませて圧力を押し返している。
「普通の人間なら一秒で肉のブロックになるんですがねぇ。遺伝子に愛されているようで」
剛田は折伏の言葉に答えられずにいた。必死に耐えていたからだ。それと同時に折伏の魔の手から親子を助け出さなければとも考えていた。
「五分経ちました。よく耐えていますね」
剛田は諦めない。折伏を睨みつける。この外道め必ず殺すと。
「十五分経過……貴様は化け物か剛田力也」
圧力に順応してきた。耐えるのは容易だ。後十五分で終わりだ。
折伏は焦る。
千メガパスカルの圧力に十五分耐える人間など見たことがないからだ。このまま十五分続けても耐えられてしまうだろう。
折伏はアラームを設定し直した。
「あっ、後五分くらいか?」
剛田は勝利する希望を見出し始めている。
そして約束の三十分が経過した。
「三十分経過したぜ。さっさと解放しな」
「アラームはまだ鳴っていませんよ。あなたの腹時計が壊れているのでは?」
「てめぇ。アラームの時間をリセットしやがったな」
「そんなことはしていませんよ。ねぇ皆さん」
折伏は信徒に同意を求めた。信者は皆同意する。
「違う。リセットするの見てたもん」
人質にされている子供が折伏の言葉を否定した。
「おい。おまえはガキにどういう教育をしてやがる? 魔女様と私の言うことは全て肯定するのが信徒の守るべきルールだろうが」
折伏は思い切り母親の腹を蹴り上げる。
「おっ、お母さん」
少女の悲痛な声が聞こえた。
剛田の中の怒りのトリガーが弾かれる。
「てめぇ。俺の前で女の子を泣かせてただで済むと思うなよ」
「うるさいですね。愚か者に教育を施しているところなのです」
「なら滅んじまえよ。子供を泣かせる、親を不幸にするクソ宗教なんてよ」
「なんと無礼な」
折伏は激昂して、剛田のことを睨みつける。剛田はそれと同時に、折伏に接近していた。
「俺の全力が破られたぁっ?」
折伏は腹の底から出た悲鳴をあげた。
顔面にストレートが叩き込まれる。意識が刈り取られそうになる。
駄目だ。意識をなくしたら死んでしまう。
そう思って懸命に意識を保った。
しかし身体の状態が気絶するかしないかの状態なので次の攻撃に備えることができなかった。意識を刈り取られかけた重量級の連打が炸裂する。
折伏が能力をどう使おうとも拳の威力は弱まらない。ラッシュの回転数は落ちてこない。
暴走機関車の如しであった。
折伏はニューヨークでの奇跡を思い起こし、魔女様へと祈りを捧げる。
魔女も神も安々と願いを受け入れなかった。
奇跡は起こらない。怪物の怒りのラッシュを浴び続けた折伏は、目を開けているだけでやっとの状態になった。
「お母さん。お子さんのためにもこんなくだらない宗教は止めてください」
「はい。私は反省しました。これからはこの子のことを思って頑張ります」
「俺はあなたのことを応援していますよ。頑張ってください」
剛田は母親に言葉を送る。
「あっ、ありがとう……」
母親が礼の言葉を言いかけた瞬間、母親の身体は急速に縮まった。血しぶきや肉が飛び散り、最終的には肉のブロックになった。
「折伏、貴様」
「時間を稼ぐことも、お前を倒すことも何も出来なかった。ならお前の云う可能性を絶望させてやろうと思ったわけさ」
「折伏。てめぇはゴルフボールの刑だ」
剛田の言葉を聞いた瞬間に折伏は体を強張らせる。予感がしたのだ。自分はゴルフボール状に潰されると。
「ふふふふざけるな。お前が馬鹿みたいに頑丈なせいだろうが」
剛田は折伏をハグした。その力はあまりにも強く、彼の背骨を砕く。
「あがぁぁぁぁぁぁ」
「嬢ちゃんには刺激が強すぎる。目を瞑ってな」
と言い、女の子が目を閉じたのを確認すると彼は腕の力だけで上半身と下半身を引き裂いた。
彼はもう絶命したが、剛田の怒りは収まらない。折れた上半身と下半身をすり合わせて、ゴルフボールサイズに圧縮した。
剛田は肉のゴルフボールを勢い良く握りつぶして破壊する。
「おいてめぇら。大将がおっちんだぜ。まだやるか」
と剛田は脅す。効果てきめんだったようで、残っていた信者達は散り散りになっていた。
「ねぇ。お母さんは?」
少女に問われるが、剛田は黙ってしまう。
「なんでお母さんは殺されなきゃいけなかったの?」
「俺に聞くなよ」
少女は剛田の雰囲気を見て、これ以上聞いてもどうにもならないことを悟った。
「おじさん。私のことを助けてくれてありがとうございました」
「お前のすることは俺に礼を言うことじゃねぇ。怒って、泣いて、前を向くことさ」
「おじさん……」
「今日はよ。お前の気が済むまで付き合ってやる。なっ」
と言って剛田は笑いかけた。そして掌からガーベラ一輪を出したのだった。
「どうやったの? マジック?」
「マジックじゃねえよ」
と剛田は言った。
そう。彼の能力は掌から女の子を喜ばせるものを出すものだった。
最弱かつ応用のきかない能力だが剛田は気に入っている。
「ちょっと待ってな」
剛田は大海伸二に電話を掛ける。
「悪い親父。今回の件はリタイアさせてくれ」
「泣いている女の子でもいたか」
「ああ。すまねぇ」
「まぁいい。好きにしろ」
「ありがとうな親父」
こうして剛田力也は懲罰組の仕事より大事な仕事を果たすために、内臓の案件から降りたのであった。
「よぅ内臓。五年ぶりだな」
「五年ぶり?」
内臓は首を傾げて一瞬硬直した。
「俺はお前を殺したくてたまらねぇ」
「ずいぶんと私を憎んでいるようですね」
「礼の敵は必ず取る」
「採用したパーツにも没にしたパーツにもそんな名前の女は……」
そんなことよりも肝心なことがあると内臓は思い直した。
「あなたと私は五分ではない。実力は私が勝り、人質の親族も私は人質にしている。それにあなたの言葉がはったりの可能性もある」
内臓は万が一にも不死の臓器を潰されたくないという思いで戦いを受けたという経緯を相手に悟らせないように自信満々に言った。
「じゃあ俺が本当にやるってところを証明してやろうじゃねぇか」
隼人はライジングを発動させた。美香の胸の部分を手刀で抉った。
「きききき、貴様ァァァ。狂ったかぁぁ」
内臓はいきなりのことに狼狽する。
隼人は指と掌に滴っている血を内臓の目に浴びせた。
目潰しの苦痛に喘ぐ内臓目掛けて、
ライジングのセカンドギアを発動させて強化した身体能力で渾身のアッパーを放った。
「こいつは俺が死んでも殺す。後はなんとかしな」
隼人はそう言ってぶっ飛んだ内臓を追うのであった。
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