第10話 脅し

 先行したのは剛田であった。彼が拳を振るった瞬間、暴風が発生して民家数軒が破壊され、コンクリート垣と道路が抉れる。

 それを見た内臓はドン引きしていた。

 能力が大したことない代わりに、能力を得たことによる身体能力の伸び幅がものすごいとは聞いていたがあれは異常だ。自分の知っているケースと比較して千倍は優に超えている。



「直撃したら死にますね。これは」

 内臓はこの暴威にどういう対策を取ればよいか悩んでいた。力技も下手な小細工も通じないからだ。

「おいおい。戦意喪失したか内臓」

「私にはあなたと争う気なんてないんですが聞いてくれないでしょうね」

「聞くつもりはないな。俺はお前を殺さなきゃいけないからな」

「あなたの力は確かに恐ろしい。しかし力を出せなくなってしまえばただのでくのぼうでしょう」

 内臓は肺を膨らませて、息を吐く。黄色いガスが彼の口から放たれる。ガスの成分は神経麻痺を起こす成分を含んでいる。

 剛田はそれを悟ったのだろう。素早く後ろに飛び退いた。






「私も同じことを考えますよ。しかし……」

 内臓は剛田の身体能力に驚くと同時に、単純で御しやすいとも思っていた。予想通りの動きをしたからである。

 内臓がニヤニヤ笑っている意味に気付いたのは飛び退いて一瞬後であった。

 彼の後ろには何十匹もの蛇がいて、剛田を目掛けて跳んできたのだ。





 数十匹の蛇に一瞬噛みつかれた彼だが、急激に肉体の力が抜けるのを感じた。これ以上噛まれ続けるのは危険だと感じた彼は身体を大きく動かして蛇を吹き飛ばした。

「ちっ。ガスはブラフで蛇が本命か」

「あんたとんでもない肉体をしていますね。ライフイーター数十匹に一瞬とは言え噛まれたのに平気で話しているとは」

「じゃあ次は俺の番、だな」

 剛田は構えた。

 内臓は気付く。この距離を一瞬で詰めて自分を殴り殺してしまうだろうと。





「ならば私は失敬するとしましょう」

 内臓は死なないために、自身の身体を保護色の能力で隠して姿を消した。

「このまま戦っていては死んでしまう」

 内臓はこのまま剛田から距離を取って泰山組の事務所に向かおうと考えていた。

 しかし剛田は内臓を逃がさなかった。

「逃がさねぇよ」

「しつこいですね。あんたも」

「仕事をしなきゃなんねぇのよ。俺は」

 剛田は内臓の首根っこを掴みながら言う。






「迷惑ですよ。全く」

 内臓が唾を吐きかける。

 しかし剛田はそれを素早く躱す。

 唾は店のガラス扉に当たり、溶ける。

「俺にそれは通じねぇ。次、毒ガスを吐こうとしたら肺を潰すぞ」

「分かりました。私には打つ手もありませんしね」

 内臓は一旦戦うのを諦めた振りをした。

「まぁ懲罰組に目を付けられた時点でお前の死は確定しているんだがな」

「そうでしょうな」

 そうだ。しかし死ぬことはできない。だからこの局面をひっくり返さなければならないのだと内臓は焦っていた。








「剛田さん。後ろを見ていただけますか?」

「後ろ?」

 内臓は絶望的な状況をどうにかする方法を思いついた。後ろにいる第三者、つまり折伏祈に頼ることである。

「あれは折伏祈です」

「折伏祈ってカルト宗教の教祖か?」

「彼もあなたや私と同じAAA相当の強さを持つ男です」

「お前と折伏で組めば勝てると思っているのか?」

 剛田の問いに首を横に振る。

「こんにちは剛田力也さん。それに内臓さん」






「なにしにきたんだ?」

「あなたを足止めするように同志に言われましてね」

「同志? 誰だそいつは」

「高遠同志です。彼は魔女の泰山美香様を保護してくれると言ってくれました。しかしそのためには時間稼ぎが必要。私の命を賭してでも」

「不死の臓器が魔女様ねぇ。俺にはよく分かんねぇけどお前は俺と戦うってことだな」

「そうです。我らの信仰が試される時なのです」

 折伏が言うと、彼の背後に白スーツを着た大量の信者が現れた。

「皆の者。これは魔女の枝葉最大の戦いです。その武器の弾が尽きるまでこの男を撃ちなさい」





「こっ、こんな街中でぶっ放すものではありません」

「頭のネジが何本か取れてやがる」

 剛田は何百人もの信者が銃を構えていても平然とした態度を取っている。

「早くこの信者共をなんとかしてください」

「いやちょうどいい。お前、この中を行けよ」

 剛田は面白がって内臓をぶん投げる。

「ばっ、馬鹿野郎。なんてことをしているんです。あんたは」

 宙に舞いながら剛田に吠える。

 しかし剛田は何も聞いていない。

 腹を立てた内臓であったが、なんとかしなければならないと思った。身体強化の能力を使い、銃弾の雨を縫うように躱す。

 折伏に近づいた内臓は、

「流石に節度を持ちなさい。あなたは何を考えているんです?」

「お前が節度を語るとは滑稽ですね。内臓」

「あいつはお前が思ってるより手ごわい敵です。あいつ相手に時間稼ぎをするというのなら弱点を突くべきなのです」

「弱点とは?」





「あの男は異常なロリコンです。だからあなたの信者から幼女を出してあげれば時間を稼げるのです」

「なるほど。そんな弱点があったとは意外です。良い情報を得ました。感謝します内臓」

 と折伏は礼を述べる。

「感謝しているというなら彼を足止めしていただけませんか?]

「あなたも高遠同志に協力しているのですね」

「いえ。残念なことですがねぇ折伏さん。あいつは全くのでたらめを言っている」

「どういうことです?」






「あいつの目的は泰山美香、つまり不死の臓器です。自分では敵わない私達とあなたを戦わせるためにでっち上げた嘘なのです」

「それじゃ彼は魔女様のことを信じていないと」

「むしろあなたのことを陰で馬鹿にしているでしょう」

 内臓は自分の意見を言う。全て当たっているわけではないが、大体同じようなものだと確信していたからだ。

「なら私には戦う意味がなくなりましたね」

「いいえ。ここで会ったのは何かの縁です。実は私、あなたにお願いしたいことがありまして」

「お願い?」






「ええ。あなたには引き続き、剛田力也と戦って欲しいのです」

「あなたも私に死ねと言うのですか? 意義のない戦いで無駄死になどふざけたことができるわけではありません」

 内臓は首を横に振った。

「意義なら十分あります。泰山組の組長の泰山隆二は元泰然組の幹部です。そして泰然事変の生き残りです」

「あの泰然事変の生き残りなのですか?」

 内臓はこくりと頷く。

 泰然事変は泰山組と大海組の組長である泰山隆二と大海信二の二人が幹部として属していた泰然組が警察と共同して中国マフィアと戦い勝利したという事件。泰然組の犠牲は大きく、しばらくして泰山組と大海組の二つに分かれたというものである。

 中国マフィアが狙っていたのが魔女である。







 そう。魔女の名前は藤波マリアだ。不死の臓器の泰山美香と血が繋がっているはずがないのだ。

「泰山組の組長なら魔女の遺産を持っている可能性があると」

「はい。剛田も、大海に魔女の遺産を回収しろと指示されているのです。だからなんとしてでも先んじて回収しなければならないのです。回収した遺産は必ず魔女の枝葉に寄贈します。どうかご協力をお願いいたします」

 と内臓も折伏の興味を引かせるような嘘を付いた。

「分かりました。どうやら私達の戦う意義は失われていなかったようですね」

「では折伏さん。お願いします」

 と言って内臓はその場を去った。

 そして彼は折伏のことをちょろいと思ったのだった。

 






 内臓は泰山組の事務所に着くなり、正面扉を吹き飛ばして侵入した。

「寂れたというか、ぼろっちいというか貧乏くさいというか」

 事務所の悪口を言いながら、事務所を散策する。

 その一方で隆二は二階の部屋に隠れながら、着々と武装していく。抗争で使う小刀、腹には包帯で分厚いゴシップ雑誌を巻きつける。

 奴は二階に上がってくる。やるしかねぇとは思う隆二であるが、心臓はバクバクしていた。

 とうとう内臓が二階に上がってくる。

「留守じゃありませんね」

 内臓が美香の部屋のドアを破壊して入ってくる。美香の部屋のクローゼットに隠れていた隆二はいつ襲撃するか考えていた。

 しかし内臓はいきなりクローゼットごと隆二を殴ってきた。





 壊れたクローゼットから隆二は出ようとするが、内臓がもう一度彼のことを殴りつける。すると隆二の動きが鈍くなる。

「死にぞこないの虫みたいですね」

 と隆二を嘲笑したが、その反面自身の身体強化の能力で強化した拳を二発も耐えるとは想定外だった。

 隆二も隆二であんな重いパンチ、久しぶりに食らったと思った。これが初めてなら間違いなく死んでいた。とはいえ耐えたところで勝てると言われたら首を傾げる。いや、勝つ見込みはない。自分はこの場を逆転する能力を持っていないのだから。

「さて泰山隆二さん。これ以上殴られたくないでしょう? あなた、私の人質になってくださいよ」

「それで美香を釣ろうってか?」





「ええ、そうです。そうしたらあなたを見逃してあげましょう。悪い話ではないでしょう」

「いいや。悪い話だね。俺が自分の娘を変態に譲ってまで生き残りたいと思うか?」

「そう思い直した方が賢いかと思いますがね」

「賢いとか賢くないとかの問題じゃないんだ」

「じゃあどういう問題です?」

「あの子は絶対にやらねぇ。死んでもな」

「愚かな」

 内臓は腹を立てて隆二を蹴り上げた。

「ぐふっ」

 隆二は喀血した。





「臓器をやられたようですね。次くらえば死にますよ?」

「やっ、やりたきゃ好きにしろ。俺は絶対に人質になんてならねぇ」

「そうやって意地を張ったあなたを私が殺すとお思いで? 意地の張り合いなどするつもりはありません。よって速やかに人質になっていただきましょう」

 と内臓は隆二に睡眠薬を服用させて眠らせた。

「さて。呼び出ししますか」



「わいを舐めるな。わいは最強や。それにな。内臓クラスに強い助っ人もいるんや。そいつと俺とで組めばお前らは全滅や。わいはまだ、まだ負けていないんや」

「俺達がお前を逃がすと思うか?」

「逃げるに決まっとるやろ」

 そう言って高遠はその場から飛び出そうとしたが、その瞬間彼の足が凍り付いた。

「なんやと?」

「高遠。あんたはここで殺すわ」

「ちぃっ。なんやねんお前は。このブラコンが。キモいんじゃ。ヤクザになって落ちぶれてみじめに殺されていったあんな奴のために馬鹿みたいに頑張りやがって」





「貴様。貴様は殺す」

 涼は動けなくなった高遠に近づき、一瞬で生成した氷のブレードを振り降ろそうとした。

 その時、隼人の電話が鳴る。

「なんだ? ハゲ親父め。タイミングが悪いな」

 隼人は隆二からの電話に出る。

「いやぁ。こんにちは。今、その電話口にいるのは雷神隼人かな?」

「てめぇは誰だ?」





「君が求めて止まない内臓十蔵だ。今私は泰山組の事務所にいる。そして、そこの大将の泰山隆二は私の手に落ちている。言いたいことは分かるな?」

「ハゲ親父を人質にしやがったってことか」

「泰山組の事務所に、泰山美香一人で来るように。さもなければ泰山隆二を殺しますよ。いいですね?」

「俺がなんでそれに従う必要があるんだよ」





「私としても旬を過ぎて落ちぶれた零細ヤクザの組長なんぞ、どうでもいいですが……娘さんはきっと別でしょう」

「隼人さん。私、行くよ」

 電話越しで会話を聞いていた美香が悲痛そうな表情を浮かべながらこちらを見ている。

 隼人は駄目だと言って諦めさせたかったが、それを彼女が聞くはずはないだろうと思っていた。

 別の案を考えた彼は、





「内臓。俺と取引しないか?」

 と内臓に提案する。

「それに答えるメリットはあるんですか?」

「メリットはない。でもそれに答えなかった時のデメリットはある」

「そのデメリットとは?」

 内臓はそんなものがあるはずないと思いながら聞いてくる。

「単純な話さ。俺は泰山美香を殺す方法を知っている。殺されたくなければ俺と戦え」





「不死身の人間を殺す方法なんてハッタリとしか思えないですがね」

「好きにしろよ。お前が俺との取引を拒否するって言うなら泰山美香を殺す」

「どうやってやるつもりだ? 適当な嘘を付かれて無駄な労力を割くなどまっぴらごめんだ」

「どんな能力者にも共通しているだろ。臓器を抜き取ってしまえば、心臓なんか抜いちまえば不死身とはいえ死ぬだろうな」

 それを聞いた内臓ははっとした。

「わっ、わかりました。あなたの交渉に応じましょう」

「それでいい」




「一時間後に泰山組の事務所で会いましょう」

「ああ」

 と言って通話を切った。

「雷神さん……私のことはいいですからお父さんをお願いします」

「俺の目的は内臓だけだ。ハゲ親父と美香ちゃんがどうなろうとも興味ねぇよ」

「それは分かってます。隼人さんに頼みたいことは一つです。内臓を全力で引き付けてください。その間に私がお父さんを助け出します」

「好きにしろ」

 と隼人はぶっきらぼうに答えた。

「なるほど。内臓との最終決戦ちゅうことかい。じゃあここでわいに名案があるんや。雷神、わいと休戦せんか?」

「私はあんたとまだ決着を付けてない」

 涼は高遠と決着を付けたいと強く思っているようで、隼人と高遠との間に割って入った。




「涼ちゃん。あの屑のことより、美香ちゃんのこと頼んだ。美香ちゃんにも同じ思いをさせたくないだろ」

 と隼人が言う。

「そうね。大切な人を失うってすごく辛いことだから」

「高遠の屑はいつでも殺せるしな」

「ええ」

 と涼は答えた。

「それより。今まであなたのことを疑ってた。ごめんなさい」

「気にするな。それと」

 隼人は高遠の手を握りながら睨む。



「なっ、なんや?」

「もし俺が内臓と戦っている途中に美香ちゃんに手を出したら死ぬぞ」

「うげっ! そっ、そんなことするわけないやんか」

「俺は内臓戦に備えて少し休む」

 そう言って隼人は目を瞑って身体を休めさせる。

 その一方で、彼の一連の動きを見て別人が乗り移ったかのような違和感を覚えたのであった。

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