第21話 鬼

「深呼吸はできるか?」

「うん?……ああ大丈夫だ。」

「なら、骨折の可能性は低いな。できれば湿布したいところだが……」

「応急の湿布なら小麦粉があるから大丈夫だよ。」

「小麦粉だとぉ?」

「小麦粉を水で練って患部に塗るだけだよ。本当なら酢を使った方がいいんだけどね。」

 俺は小麦粉を練って患部に塗り、その上からタオルをあてて包帯で巻いた。

「これで3時間はもつから大丈夫だよ。」

「マジかよ……」

「救急箱から包帯や三角巾を持ってきてよかったよ。」

 俺たちは翌朝、少し遅くまで寝て出発した。

「申し訳ない、やっぱり歩くのがゆっくりになっちゃうな……」

「気にするな。急ぐ旅じゃねえんだ。」

「それよりも、次に鬼が出た時にどうするかっすね。矢は多めに補充したっすけど……」

「ミコトの矢を温存しておいてマガは俺たち二人でやるか。」

「委員長の状態を考えたら、それ厳しくないっすか。」

「うん。それに関しては試してみたいことがあるんだ。」

「なにするつもりなんだ?」

 俺は夕食の時に、竹林から3本の手ごろな竹を切り出した。釣り竿に使えるくらいのものだ。

「竹なんかどうするんだ?」

「こいつの枝葉を落として銘を切るんだ。」

「銘だと……正気か?」

「セオリツヒメ様が言ってたんだ。言霊(ことだま)が物の本質に影響するんだって。もちろん、使い手の資質も要求されるんだろうけどね。」

「そういえば、カナのレイピアも銘切りしてあったっすね。」

「まあ、そう言うんなら試してみるか。ダメなら刀に戻せばいいだけだしな。ところで、気になっていたんだが……」

「何?」

「俺が切る前に、鬼が動きを止めたよな。」

「そういえば……。」

「えっと、こっちに来て最初の頃にイノシシが出ましたよね。」

「ああ、俺もそのことを考えてた。」

「あの時も委員長の左手がイノシシに触れた直後だったっす。イノシシの動きが止まったっすよね。」

「今回も、ソーヤの左手が鬼の右手をとらえてたな。」

「あれって、とある魔術のナンチャラに出てくる主人公と同じじゃないんすか?」

「いや、あれは魔法の無力化だから違うだろ。最初のミサイルから考えれば、パワーの吸収とかじゃないか?」

「パワーというかエネルギーっすかね。」

「この左手にそんな力があるとは思えないけど……」

「マガもエネルギーの塊っぽいから、次に出たら試してみろよ。」

「どうやって?」

「こうやって左手を前に出して”吸収”って叫ぶんだよ。」

「そこは、右手を腰にあててほしいっすね。」

「それでダメなら、左手でマガに直接触るんだな。」

「それ、危ないだろ!」

「俺が弓で狙っておくっすよ。」

「そんな特技があったら苦労しないよ。で、鬼はどうする?」

「まあ、俺がやるしかないだろう。」

「そうだね。頼むよ……あれっ……」

「なんだ?」

「そこ……なんだろう?」

「なんだよ、何もないだろ。」

「どうしたっすか委員長?」

「いやいや、それ……見えないの?」

「何があるっていうんだよ。」

「四角い……木が二枚重なって……これ、木霊?」

「木霊だと、お前ついに巫女になったんか……」

「委員長、まさかNH?」

「誰が国営放送じゃ!」

「ホントに見えるのか?」

「うん。真ん中に黒い目みたなのがあって、体も手足も黒いんだ……いや、濃い茶色かな?」

「大きさは?」

「20センチくらいだね。ハク、これって木霊かな?」

ウォン!

「やっぱり木霊みたいだね。」

「それが見えるようになったって……どういう事なんだ?」

「やっぱり、女性化が進んでいるんじゃないっすか?」

「いや、胸も出てないし、チ〇コもちゃんとあるぞ。」

「じゃ、なんでだ?」

「俺に聞かれても分かんないよ。」


 若干の不安を抱えながら俺たちは眠りについた。その夜もマガの襲来があった。ビュンビュンビュン!竹竿は効果があった。

「こりゃあ、楽でいいな。」

「ホントですね。距離もとれるし一度に5匹くらい消滅していきます。」

「よし、ソーヤ行け!」

「くっ、”消滅!”」

 俺は右手を腰に当てて左手を前に出す間の抜けたポーズで叫んだ。当然何も変化はない。

「違う違う”吸収”だろ。」

 もう、やけだった。”吸収”と叫ぶが同じだ。

「よし、次は直接触るんだ。」

「もう止めようぜ……」

「だめだ、真実を追及するんだからな!」

 こいつら、絶対楽しんでいやがる……。俺は仕方なく近くのマガに寄って左手を差し出した。マガは……消滅した。

「うげっ、おえっ……」

「やったっすね!」

「どうしたんだ?」

「気持ち悪い……下水道の中に入ったみたいな感じ……こんな思いするなら、竹竿で処理した方が楽……」

「そうか、だがこれで左手の謎は解決に近づいた。あとは任せろ。」

 なんだかコナンみたいなセリフだと思った。

「あちゃー、リュウジさんまずいっす。鬼が二匹いますよ。」

「大丈夫だ。ミコトは一体に矢を浴びせて足止めしてくれ。」

「了解っす。」

「俺も……いく……」

「あーっ、委員長、寝ててくださいよ。」

「大丈夫だ。」

 鬼の横にもぐりこんだつもりだったが棍棒を反転させてきた。棍棒が脇腹を抉ると思った瞬間、世界の色が消え白と黒が反転した。俺は少しバックステップし鬼の脇腹に左手を押し当てた。鬼の消滅と世界に色が戻るのは同時だった。

「お、おぇ……」

 俺は激しく嘔吐しその場に倒れこんだ。今度は下水の水を飲まされたような腐敗臭がした。

「無理スンナ。寝てろ!」

 リュウジは二匹目の鬼を仕留めにいったようだ。吐くものがなくなり、胃液まででてきた。俺はリュウジとミコトに抱えられ焚火の横に寝かされた。意識は朦朧としており、目を開けることもできない。……と、胃や胸のあたりを優しく撫でられる感触があった。”大丈夫?”、”しっかりしてください”。それはカナとナミの手であり声だった。疑問に思う余裕もなかったのだが……。

 翌朝、気分的には少しマシになっていた。二人は小麦粉を湯に溶いて飲ませてくれた。

「何があった?」

「鬼の棍棒が腹にめり込む寸前に……時間がゆっくりになった。」

「左手の効果か?」

「いや、左手は何も触っていない状態だった。棍棒を少し避けてから鬼を吸収した。あれは、マガを凝縮したような存在だった……」

「鬼はマガの集合体ってことか。」

「断言はできないけど、その可能性はあると思う。」

「その状態じゃ動かない方がいいだろう。今日は休養日にしよう。」

「ワルイ……」

 そのまま横になり、俺は木霊に呼びかけた。

「カナ、ナミ聞こえるのか?」

『あっ、起きたのね。』

『ソーヤさん、大丈夫ですか?』

「こんな事までできるようになったのか……」

『うん、昨夜突然だけどね。』

『ビックリしましたよ。』

「俺の腹をさすってくれたのも……」

『なんかできちゃったのよね。』

『ですよね~。』

「ソ、ソーヤさん、どうしたんっすか?」

「ああ、ミコトには聞こえないのか。今、カナとナミに話しかけてるんだ。」

「えっ、昨夜頭とか打ちました?」

「いや、ロリ願望が強すぎて幻覚を見てるんじゃねえの?」

「ちげーよ。木霊を通して直接会話できるようになったみたいなんだ。」

「マジかよ。巫女ってスマホみてえだな。」

「俺もカナと話したいっす。」



【あとがき】

 やっと、この小説の本題である時間に触れることができました。なぜ三人がこの世界にやってきたのか。神話を交えながらひも解いていきたいと思います。

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