第4話 銘

 加熱した刀身を一気に水に漬ける。ジュワッ!という音とともに白い水蒸気が立ち上る。

「どうだ?」「どうっすかね?」

 数秒見送った後で徐に刀身を水から引き上げる。

 水の雫とともに鋼の刀身が陽の光を浴びて輝いている。乾燥した粘土を拭いながら刀身を確認していく。反りは均等で刃紋も確認できる。

「多分……成功だと思う。」

「やったぜ、俺の愛刀!」「おめでとうございます!」


 刀の柄にあたる部分にやすりをかけて、腰に差した時の外側に銘を切る。普通は作者名を入れるのだがリュウジの”龍”の一文字を刻んだ。そして、刀身の峯の側に沿って樋と呼ばれる溝を掘り、刃を研いでいく。本来であれば何種類もの砥石を使って行うのだが、そんなものは手元にない。食堂にあった荒砥ぎと仕上げ用の2種類で研いだ。次に予め木で作っておいた鍔(つば)とハバキを通し同じく木製の柄をはめて目抜きという固定具をはめる。最後に柄巻きの代わりにテニスラケット用の黒いグリップテープを巻き、同じく黒塗りの鞘に納めて完成である。鞘の塗装はカラースプレーだ。

「ほれ、リュウジ。」

「ああ、サンクス。なあ、何で樋なんて掘るんだ。」

「詳しくは知らないんだけど、音が出るんだよ、振った時に。」

「音?」

「竹の棒でも力強く振るとビュッて音が出るだろ。」

「ああ。」

「刀は空気抵抗が少ないから音が小さいらしいんだ。」

「あえて空気抵抗をおおきくしてるっすね。」

「そういうこと。しかも、正確に振った時とブレた時で音が違うんだって。これはYouTubeの剣術家の動画で言ってた。」

「じゃあ、試してみるか……うん。持った時のバランスがいい。振りやすそうだ。」

 リュウジはそういうと少し離れた場所で上段から振り下ろした。

 ビュッ!続けて三度振り下ろす。ビュッ!ビュウ!ビュウ!

「ああ、確かにブレた時は音が違うな。芯を喰った時には気持ちいい音がする。鍛錬の目安にもなるんだな。」

「そうみたいだね。」


 刀の完成した翌日。俺は久しぶりに罠の確認に同行した。折り畳み式のリヤカーがあるので、大物が獲れていても運搬可能なのだ。と、脇を歩いていたシェンロンが足をとめて茂みに向かって唸りだした。

「どうした?何かいるのか?」

 俺の問いかけと同時だったと思う。茂みからザザッと大きなイノシシが突進してきた。距離1.5m。俺は体の向きを変えるのが精一杯だった。瞬間、世界は音と色を失った。モノクロの視界の中で俺は左手をイノシシの頭にあてがい、その勢いを利用して体を横に押し出す。イノシシの牙が俺の纏った毛皮の表面を掠めていくのを確認すると同時に世界は音と色を取り戻した。

「……丈夫か!」

 リュウジの声が届くと、少しして銀の筋一閃イノシシの首が体からずれた。

「「「……!」」」

「えっと、順番にいきましょう。委員長、今のは何ですか!」

「えっ、俺っ?」

「一瞬、時間が止まりましたよね?」

「いや、厳密にいうと0.5秒くらいスローになった感じだな。」

「……確かに、一瞬音が途絶えて、世界がゆっくりになった感じはあった。だが、今までにこんなことは起きなかったし、俺にも何なのか分からないよ。そんな事よりもリュウジ、今のは何だったんだ?」

「何って……」

「こんな太い首が一撃で切れるもんなのか?」

「確かに、手ごたえが殆どなかったな。刀に傷もついてないし、血の跡もない。ありえねえよな。」

「二人とも変っすよ。まるで異世界転移物で特殊能力がついたみたいっす。」

「そんな馬鹿なことあるわけないよ。多分、集団幻覚でも見たんだろう。」

「いやいや、切れた首が実際にあるっすよ……」


 俺たちはイノシシの血抜きをしてリヤカーに積んで帰った。血抜きの間さっきの状況について確認しあったが解明されたモノはなかった。

 それからの一か月、俺は再度鍛冶に没頭した。軟鉄を作り形を整える。大神と銘を切りワイヤーを張る。

「ミコト、これを試してみてくれ。」

「弓っすか。」

「ああ。スリングショットもゴムが切れたら終わりだろ。この程度のモノならいくらでも作れるんだ。」

「長さ約1mっすか。どちらかといえば洋弓っぽいっすね。」

「鉄製の矢も20本作っておいたんだ。矢羽根はまだつけてないけど試してみてくれよ。」

「……張りが強いっすね。一筋縄じゃいかないっすよ。でも、嬉しいっす。ありがとうございます。」

 最後は自分の番だ。自分用は剣に決めていた。刃長60cm程度の両刃剣だ。日本刀と違い反りのない直刃になる。それと3人分のナイフ。すべてが出来上がった時には裏庭の桜が咲いていた。


「ハクとシェンロンも大きくなったから、少し遠出してみようと思うんだけどどうかな?」

「二匹も”マテ”を覚えたし、いいんじゃねえか。」

「あてはあるんですか?」

「前に屋上から見たとき煙の上っていたあたり。多分泉の森あたりだと思うんだ。」

「どれくらいの距離なんだ?」

「現代で歩いて二時間弱ってところか。だから8km程度かな。」

「じゃあ、乾燥肉を多めに仕込んでおくっす。」

 こっちの校舎には3年生の下駄箱があり、体育館履きや上履きなど靴には不自由しない。テニスシューズやスニーカーなど様々な靴が選び放題だ。

 生徒会室に安そうなコンパスがひとつだけあった。円を書くヤツじゃなく、方位磁石だ。目印が何もないこの状況ではコンパスを頼りにしたほうがいい。下手に迷ったら、帰ってこられない可能性だってある。まあ、西に行き過ぎれば相模川に到達するし、東には境川が流れている。迷ってもこの範囲内だという楽観的な見方もある。服装は、リュウジが暗幕から仕立てた黒の貫頭衣に同じく長ズボンだ。


 いずみの森は、堺川と平衡に流れる引地川の源流である。現代では国道246号線沿いにあるが、この時代には国道どころか道さえも存在しないだろう。したがって目標らしい目標はない。まず、手ごろな川幅のところで目黒川を超え、南西に向かって歩く。当然ハクとシェンロンも一緒だ。4月初めのこの時期は、まだ草の背丈も低い。山といえるほどの高低はないが、適度な丘をいくつか超えていく。

「4月とはいえ暑いよね。」

「ハクとシェンロンにとっては、初めての距離だから適度に休憩をとってやろうぜ。」

 3人とも、カラのペットボトルをリュックに入れており、目黒川で半分ほど給水してある。満タンにしなかったのは単に重たくなるからだ。キジやシカを見かけたが、今は必要ないため無駄な狩りはしない。

「ミコト、その矢はなんだ?」

「これっすか、葦みたいなのが生えてたから試しに使ってみたら結構曲がって面白いんっす。」

「矢が曲がって飛んだら意味ねえだろ。」

「それを計算して撃つっすよ。命中率、結構高いっすよ。矢じりとか付けてないっすから堅いとこは刺さらないっすけど、イノシシでも腹ならいけるっすよ。」

 俺たちは夜が明けてから食事をとって出かけたから、7時ころだろう。残念ながら3人とも時計は持っていない。スマホに頼っていたからだ。そのスマホも電波がなければあまり役にたたない。ソーラー式の充電器があっても、スマホへの充電はしないで、生徒会室に置きっぱなした。

「あれって、煙じゃないっすか?」

「ああ、ホントだ。」

 太陽は結構高い位置に来ている。出発してから3・4時間経っただろうか。俺たちは遂に人と接触することになる。期待と不安の混ざった複雑な気分だった。



【あとがき】

第一章終わりです。

明日から第二章が始まります。

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