第3話 鍛冶

 ここが縄文時代の日本であるならば、鉄器はまだ存在しない。鉄器が使われだすのは弥生時代に入ってからだ……と言われている。ただ、縄文時代でも布を赤く染めるのに鉄が使われたとも聞いている。縄文時代と弥生時代を区分するのは、イネの伝播と土器の造りが薄くなり凝ったデザインがなくなった事だと授業で習った記憶がある。このあたりに関しては結構いい加減な情報を元にしていたらしく、例えばイネは大陸から朝鮮半島を経由して伝わったと教わったが、DNAの解析で朝鮮半島のイネは逆に日本由来のものであると判明している。そもそも、当時の品種では朝鮮半島南部以外の気候ではイネを育てる事ができなかったとも言われているらしい。実際に、九州では三千年前の遺跡から水耕栽培の痕跡が見つかっている。


「なあ委員長、刀は作らねえのか?」

「まずは、鍛冶に使う道具を作らないとね。」

「そんなでかいペンチみたいなものが要るのか?」

「うん。このやっとこは炭の中で焼けた鉄を取り出すときに使うんだ。」

「日本刀って、鉄の棒を叩いて延ばして研ぐだけじゃねえのかよ……」

「叩いて延ばして、それを折り返して叩いて延ばす。それを何回も繰り返して鉄の純度をあげていくらしいんだ。」

「マジかよ……」

「まあ、長い目で見ててよ。どっちみちハクたちが大きくなるまで遠出はできないんだからさ。」

「それもそっか。じゃあ、俺も手の込んだ服作りにチャレンジしてみっかな。こっちの校舎には教室はないけど演劇部の部室とかあるから探せば生地とかありそうだしな。そういえば、富士山の噴火について話してたよな。そのナントカ噴火の他には無かったのか?」

「あったぞ。2300年前に御殿場側で、あとは3000年前に規模のでかいのがあって、それから5000年前と9000年前だったかな。それ以前はもっと寒い時期だからこんなところだろう。ああ、それから九州のアカホヤ噴火っていうのが7300年前に発生してるな。」

「委員長、九州のは影響ないっしょ。」

「ところがだ、偏西風って知ってるだろ?」

「ああ。上空にジェット気流みたいなのが吹いてるって程度だがな。」

「それが常に西から東に向かって吹いてるんだ。時速50kmから100kmの速度でね。コリオリの力っていったかな。地球の自転に関係してるから時代とか関係ないらしい。」

「だけど、溶岩とかが飛んでくるわけじゃないんだろ?」

「溶岩とか岩とかは直近の地域に影響するだけなんだが、厄介なのは火山灰なんだ。アカホヤの噴火で、このあたりでも1cm弱くらい。富士山の宝永噴火だと2・3cmくらい火山灰が降ったらしい。」

「でも、火山灰で直接人が死ぬわけじゃないっすよね?」

「そうだね。まあガラスの砂だから、呼吸器系に影響が出たり目に入って角膜が傷つくことはあるらしいんだが、健康被害はあっても直接の死因にはならない。」

「じゃあ何でだ?」

「植物への影響が大きいらしいんだ。土の性質が変わったり、水を通しにくくしたり、通気性にも影響するっていわれてる。植物が育たなくなれば、それをエサにする動物やプランクトンがいなくなり……」

「肉食獣も死に絶える……のか。」

「魚もですね。」

「元の生態系に戻るには、300年から1000年くらいかかるらしい。」

「すると、この状況って……」

「3000年前から4000年前の間。縄文後期の可能性が高いと見ている。あとは、人の生活状況を見ないと何とも言えないね。」

「それで、その九州の噴火で、人間はどうなったんだ?」

「25万人の人口が8万人まで減ったらしいんだけど、食べ物が減っていく中で何もしないで飢えるのを待っていたとは考えにくいと思うんだよね。」

「移動か?」

「北へ行けば影響が少ない。特にこのあたりなら、黒潮に乗れば房総の先までは楽に行けるだろ。」

「丸木舟か。」

「いや、石器で丸太をくり抜くのは大変だろう。葦(アシ)船だったんじゃないかと思っている。」

 葦は水辺に生えるイネ科の植物で、その高さは2~3mになる。

「葦なんかで船作ったって、海に出るのは無理だろ。」

「コンチキ号って知ってるだろ?」

「ああ、何かの教科書に出てたっけ。」

「コンチキ号自体はバルサだかで作られたんだけど、その作者であるハイエルダールが20年後だかに今度は葦船で大西洋を横断してるんだ。」

「た、大西洋!」

「数十万本の葦を使ったらしいんだけど、2ケ月かけて大西洋を横断したそうだ。」

「正気の沙汰じゃねえだろ。」

「それに、葦だけで作る必要もないだろ。丸太を組み合わせて作ればいい。」

「な、なんとなくイメージできたっす。」

「まあ、この世界の人たちがどんな移動手段を持っていたのか、実際にみられるかもしれないしね。」

「船なんて使ってないかもしれないぜ。」

「いや、縄文時代の中期までに、神津島産の黒曜石を大量にとっていたことが分かっているんだ。それが日本の各地から出土しているんだよ。」

「なんで?」

「神津島産の黒曜石は、硬くて使い勝手がよかったみたいなんだ。現代のカッターや包丁よりも切れ味がいいらしいよ。」

「カッターよりもだって、信じられねえよ!」

「俺もこの目で見たわけじゃない。だから、ここが本当に縄文後期だったらってワクワクしてるんだよ。」


 元々渡り廊下だった転移の切れ目から、コンクリートの切れ目にあった15mmほどの鉄筋3本を抜き取り叩く。ふいごで加熱した炭は鋼鉄を真っ赤に染め上げ、叩くたびに火花を散らしていく。時折藁灰を纏わりつかせて叩く。これは炭素を練りこむために行うらしい。

キンキンキン!ハンマーを握る右手から握力が抜けていく。肘から手首までの筋肉が悲鳴をあげる。

「くっ、こんな作業したことないからな……」

「委員長、無理スンナって。」

「そうっすよ、委員長は脳筋タイプじゃないんっすから。」

「おや、後輩君。まるで脳筋タイプが別にいるような言い回しだね?」

「あれっ、そう聞こえました?おかしいな……」

「まあいい。ほらちょっとハンマーをよこせ。」

 限界を迎えた右腕に見兼ねてリュウジがハンマーを振ってくれる。キンキンキンキン!叩いて伸ばして、叩いて伸ばして、折り返し、叩いて伸ばす。そして水減しという作業に入ります。これは、加熱した鉄を水で急冷することで、炭素含有量の多い部分が剥がれるために、硬い鉄と柔らかい鉄を分別するために行います。柔らかい鉄は芯鉄(しんがね)になり刀身の芯にします。また、硬い鉄は再度過熱して融合させ、刀身の表面となる皮鉄(かわがね)にします。それからまた、叩いて伸ばして、叩いて伸ばして、折り返す、単調な作業の連続です。何日も、何日も、何日も。

 動画で見ただけなのでうろ覚えの部分もあり、何をどれくらいやったらいいのか分からないながらもこれを半月続け、芯鉄と皮鉄を合体させる造込みをします。両方の長さをあわせて芯鉄を皮鉄で包み感じです。この次は成形に入ります。刀の長さに打ち延ばし、先の部分を鏨で三角に切り落とし自分のイメージに叩いていきます。これが終わるといよいよ焼き入れになります。水に溶いた粘土と本来は砥石の粉だかを混ぜ合わせて作るらしいのですがそんなものは無いので粘土だけでやってみます。これを峯側に厚く塗り、刃の側には薄く塗ります。刃の側はこれで刃紋が生じ、峯の側に厚く塗ったことで冷える時の時間差が生じ刀身が反るのです。刀身に不均衡な力が加わるため、亀裂が入ったりする失敗の一番多い作業らしいです。

「失敗すれば、この一か月がフイになるって事かよ……」

「そうだね。こればっかりは本職の鍛冶師さんでもやってみないと分からないそうだよ。」

「緊張の一瞬っすね!」

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