河童をお東さん広場に連れて行って
藤泉都理
河童をお東さん広場に連れて行って
我が家の母の母、つまりは私のおばあちゃんの家には井戸があった。
遥か昔には飲み水、料理、洗濯、お風呂、庭の水まきなどの生活用水として重宝していたらしいが、今は元より百年前からまったく利用してないらしい。
何か病原菌が見つかったわけでもなく、枯れたわけでもない。
棲みついてしまったからだ。
河童が。
「お~い。何代目かの孫」
「だから。はあ。もういいや。で、何?」
基本的に井戸の中で過ごしている河童は、時々ひたりひたりと井戸から這い上がってきて地上に降り立つ。
大抵は情報を得た時だ。
そして、なんとなく何の情報を得たかはわかっていた。
きっと、京都市の新しく生まれ変わったお東さん広場だ。東本願寺の御影堂門お膝元。新しく整備されたばかりか、色々とイベントが行われて、キッチンカーやお土産屋さんなども新しく開店したらしい。
新しいことに滅法弱いのだ、この河童は。
「お東さん広場に連れてってくれ~」
「やだ」
「何で?」
「私今年受験生なの。勉強しないといけないの。だから連れて行く時間はないの。学校で勉強勉強勉強漬けなの」
「じゃあ、学校がない日でお願いします」
「学校がない日は家で勉強します」
「じゃあ、GWでお願いします」
「GWも家で勉強します」
「え~。おめえの母ちゃんが言ってたぞ~。GWは勉強しちゃだめだって~」
「はいそこ嘘をつかない身体をくねらせない」
「いいじゃんいいじゃん一日くらいいいじゃん」
「その一日が命取りなんだよ」
「ひっ」
平安時代に闊歩した鬼にも勝るとも劣らない殺気と強面に思わず井戸に舞い戻りそうになった河童であったが、グッと、それはもうググっと堪えて、その場に立ち続けた。
「じゃあ~。う~ん。ほら。水占いしてやんよ。わしの占い、結構当たるって評判よ」
「いえ私占いとか信じないんでまじで」
「え~。恋とか~。気にならない~?」
「大学に進学できたら恋を含めて色々満喫しますのであしからず」
「え~。じゃあ~あ~。ほらあ~。うん。あの。占いで稼いだ金で。ほら。好きな物を一個買ってあげるから」
「大学に行ったらアルバイトをして自分で買うんであしからず」
「冷たい!冷たいよ!何代目かの孫!井戸の水より冷たい!」
「やったねクール女子になれたぜやっほい」
「うわああああん!何代目かの孫のおばか!お東さん広場に連れて行ってくれたら色々買ってあげようと思ったのに!」
「一匹で行けばいいじゃん」
「一匹じゃ寂しいでしょうが!」
「じゃあお母さんかお父さんかおばあちゃんかおじいちゃんか」
「もういい!何代目かの孫のおばか!もうどこにも連れてってあげないんだから!」
「わーいやったー」
「うええええん!」
「よし。河童を一匹退治した」「じゃないでしょ」
不意に頭に手を置かれて横を見れば母が立っていた。
「もう。河童をいじめちゃだめでしょ」
「いじめてないよ」
「いいじゃない。連れて行ってもらえば」
「やだ。そんな暇があったら勉強する」
「勉強も大切だけど、息抜きも大切よ」
「そんな貴重な息抜きを河童と過ごしたくない」
「もう。昔はあんなに遊んで。ないわね。うん。怖いって言ってボールを投げまくっていたわね」
「そうそう。ってことで、じゃあ。先におばあちゃんちに戻ってるね。さあ、環境を変えての勉強はいっそう捗るぞー」
「あっ。もう。あんなに勉強してたら頭が爆発しちゃう。何とか息抜きをしないと。いいわね、河童」
井戸の中に戻ったと見せかけて機会を伺っていた河童は、受験生の少女の母の横に立った。
「いやあの。何代目かの孫の母。わし、嫌われているみたいだし」
「本当に嫌っていたら井戸に近づきはしないわよ。徹底的に避けるわ。おばあちゃんの家にこもりきりよ。でも違ったでしょう。あの子、近づいたでしょう。いい息抜きになっていると思うのよね。あなたと話していると。だから。諦めないで。ね?」
「はあ。じゃあ。また明日にでも誘ってみようかな」
「うん。ありがとう。ごめんね。大変なことを頼んで」
「いえ。あの井戸に棲まわせてもらっているんで。わしにできることは、まあ、可能な限り」
「うん。ありがとう」
少女の母のお願いに応えるべく。
次の日も次の日も河童は、井戸に近づいて来た少女に連れて行ってくれと頼んでは断られるを繰り返したが。とうとうその日が来た。
「友達も一緒ならいい」
あれ友達と一緒に行けるなら、自分はいらなくね。
そう思った河童であったが、やっぱり一匹では寂しかったのでお願いしますと頭を下げたのであった。
(2023.4.28)
河童をお東さん広場に連れて行って 藤泉都理 @fujitori
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