極東の帝国

橋立

WW3

『ヂリヂリヂリ』

 けたたましい音が、部屋の中に響き渡り、その音は、部屋で眠っていた男の意識を、覚醒させた。


『バンっ』

 少しだけ音を、響かせながら、けたたましい音を発する、丸い、目覚まし時計を止めた。


「・・・・・」

 男は、何も言葉を漏らすことなく、目を擦り、 ベッドから立ち上がり、ラヂオを付け、洗面台に歩いて行き、顔を洗った。


『本日は、大東亜戦争に勝利して以来、20回目の戦勝記念日です。──────────』

 付けていたラヂオからは、そんな事を、声高々に叫ぶ、女の声が聞こえてきた。


 男は、顔を洗い、歯を磨くと、白く艶やかなシャツに袖を通し、昨晩、脱ぎ捨てたスーツに身を包み、忌々しそうに、

「何が記念日だ」

 小さく呟き、未だに、嬉しそうな声音を漏らすラヂオを叩くように切り、会社に向かう為に、家の扉を開いた。


 空は、忌々しい程に、曇天であり、先程から悪かった気分は、更に悪くなり、サボろうか、そんな事を、考えてしまう程になってしまった。


「あぁ、忌々しい」

 小さく、また声を漏らし、男は、サボりたい気分を我慢しながら、少し前に買った車に、体を入れ、エンジンを始動させ、職場に向かって進めていった。


 ガヤガヤ、ガヤガヤと、祭り気分なのか、職場に着くと、独特な、気持ちの悪い雰囲気を感じとった。


「やぁ、ワタナベ君、君もどうだ、遊ばないか」

 名前を呼ばれた男は、名前を呼んだ物の方を見た。


 名前を呼んだ男の机の上には、本来、植民地の資料などが載っているはずだというのに、悪趣味なボードゲームが載っていた。


「何ですか、それ」

 こう、分っていながらも、問いかけると、

「あぁ、これか。これは、ただのボードゲームだよ」

 男は、さも、当然かの様に、言い放ち、再度、薄ら寒い、笑顔を浮かべ、

「どうだ、遊ばないか、ワタナベ君」

 こう言ってきた。


「遠慮しておきます。仕事を、進めなければならないので」

 こう言いながらも、男の視線は、目の前の男が、『ただのボードゲーム』だと言った。兵隊の駒を動かし、白豚を追いかけ回す、イカレタ、ボードゲームに向かっていた。


「楽しむのもいいですけど、あとで、ちゃんと仕事もしてくださいよ」

 男は、そう言いながら、自分の席に座り、昨日から放置していた、資料を意味もなく手にとった。


 その後、昨日も、そのまた前も、何度も、何度も、意味もなく熟読した資料を開き、閉じを繰り返し続けた。


「早く、本国・・・家に帰りたい」

 この、意味もなく、座っておるだけで、殆どやる事のない、そんな現状に、嫌気がさし、そう呟きながらも、資料をめくる手は、止まる事がなく、ページをめくり続けた。


『大東亜沿岸米特別保護区』

 資料には、その名前が仰々しく載っていた。


 いつからだろうか、いつから世界を回す歯車は、狂ってしまったのだろうか?

 旧同盟国のナチどものせいか?それとも、歪な、資本主義を掲げた、者たちのせいか?それとも、平等を掲げる、アカどものせいか?それとも、大東亜の安寧を願い、全てを破壊した我らのせいか?─────


 くだらないことを、考え続けていると、いつの間にやら、昼休憩になった様で、先ほどより、更に喧騒はましていた。


「昼飯でも食べるか」

 男はそう呟くと、椅子から立ち上がり、仕事場の建物を出て、適当に、そこらにある、店に入店をし、飯を食べ、席に座った。


 こんなことをしていても良いのだろうか?

 男の脳内には、そんな考えが浮かんだ。


 世界は、コミュニズムとナチズムによって翻弄され始めている。

 我らが母国も、静かなる侵攻を受けているのだ。


 そんな状況で、我らは、此処の職員は、現地の住民に仕事を丸投げし、下等種族の様に扱い、まともに仕事をしようとしない。こんなのは、絶対に間違っている。


 男は、考えた。

 だが、結局、その日も、翌日も、如何なる行動も起こすことなどなく。時間は過ぎていった。


 それは、突然だった。

 崩壊の寸前であったナチスは、大きな、大きな轟音と余波を残し崩壊した。

 奴らの総統が、老衰か、暗殺かで死んで以来、揺らいでいた政権は、遂に瓦解したのだ。


 ナチスの崩壊。

 それと、同時に我らが母国は、ナチスと。腐敗した国家との開戦をした事も宣言し、崩壊したソビエト構成国、過激化した英仏。我らが、同盟の国家たちも、対ナチ戦に参戦したことが判明した。


 最初は、順調かと思われた。

 大本営は、勝利を声高々に叫び、勝利を確信した。

 だが、我らの国家。

 大日本帝国は、どうやら、神に愛されていなかったことが、判明した。


 本国の、帝都が、一つ前の大戦で、焼け野原になった帝都が、なくなってしまったのだ。

 それは、ラヂオから届けられた。

 一つ前の大戦。

 それを終わらせる為に、我らがナチスに頼み、撃ち込んだそれが、我らの帝都に落ちてしまったと。


 奴ら。ナチどもは、どちらかが絶滅するまで戦争を続けるつもりだ。

 男は、恐怖した。

 前大戦ですら、悪戦苦闘した国家が、完全に鎖から解き放たれた狂犬相手に、闘い勝てるとは、到底思えなかったからだ。


 大東亜で争った時は、我らの相手は、比較的理性があった。

 だが、今回はどうだ?どこに理性がある。

 何の勧告もなしに、帝都を消し飛ばす国家の何処に理性がある?


 男は、退職届を出し本国に逃げた。

 今や、米の土地が、安全だとは言えないからだ。

 近くには、緩衝地帯。

 前米政権を挟み、ナチの支配地域があるのだ。

 緩衝地帯は、同盟国家として、過去の栄光を取り戻そうと参戦した。してしまったのだ。


 本国に船で渡る。

 途中、怪しげな大きな飛行機が、船を追い越していった。


 港に到着した。

 そこには、焼け野原が広がっている様に見えた。

 爆撃されたのだろう。

 消し飛んでいないことから、焼夷爆弾の類だと思われる。


 そこからは、電車に乗り、実家に向かって歩いた。

 実家は、山奥の農村にある。


 実家についた男は、畑で働く仕事を続けた。

 コンコンコンと扉が叩かれた。


 疑問に思いながらも、扉を開く。

 すると、それは赤紙。徴兵を告げる紙だった。


 先日から、ラヂオは、勝利を誇張する様になった。

 それは、どうやら、劣勢であるからの様だ。


 男は、逃げはせず、大人しく徴兵された。

 そして、中国の所謂、満州と言われる地域に連れていかれ、戦った。


 どうやら、旧ソビエト構成国は、その数の多さから、碌な連携を取れずに前線を突破され、幸福をし続けているらしい。


 旧式装備を持ち、前線で塹壕の中で蹲っていると、

『旧米政権。保護政権両方が倒れた』

 という噂だ。


 敗色濃厚だ。

 噂では、フランスは開戦早々に降伏し、イギリスは、上陸できずに抑え込まれ、アメリカ合衆国は、制約も相まって、ナチの戦車隊に引き潰され、旧ソビエトは、連携できずに幸福を続けている。

 こんな状況で、まともに戦えているのが、我ら、大日本帝国だけとなったら、もう勝ちようがない。

 前線では、自決者も出ている。

 終わりは。帝国の終わりは秒読みだ。


 突撃の指令が、叫ばれた。

 地面は、ゴトゴトと揺れ、奥からは、エンジンの音が響いている。

 遂に、気でも狂ったのかもしれない。


 だが、男達は、声を上げながら走った。

 どうせ死ぬのなら、一矢報いてやろうと思ったからだ。

 機銃掃射が行われた。

 敵の戦車は、吐き出す様に弾を出し続け、殆ど突撃した人間は壊滅した。

 だが、運良く到着した戦車隊に敵戦車が黙らされて以来は、男達の突撃は成功した。


 異様に弱さを感じるナチどもは、撤退していった。

 その後、数週間、対ナチス連合が、何箇所かに強襲上陸し、ベルリンを占拠したことが、噂で分かった。


 更に、数週間、男は、実家で農作業をしていた。

 ナチスに。戦争に勝ったのだ。


 2分されていた世界は、この戦争によって。ナチス・ドイツ第三帝国の凋落、大日本帝国の健在を示したこの戦争によって、一つに。歪で、少しの出来事で、崩れ落ちそうな一つの形に収束していくのだった。

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極東の帝国 橋立 @hasidate

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