第4話 アナトリア帝国

帝暦520年5月17日 アナトリア帝国 帝都アカラ


 アナトリア帝国。ダーキア王国の東隣に位置する亜大陸に存在するこの国は、17年前にヘレニジア王国の大敗を機に、ナローシア侵略のために軍事行動を起こしたのであるが、陸上自衛隊とアメリカ海兵隊の迎撃を受けて侵略軍は壊滅。賠償と西部地域の資源開発権譲渡で講和していた。


 それから17年の歳月が経ち、アナトリア帝国は日本やアメリカより投じられる資本によって経済成長を遂げ、膨大な石油や金属資源の輸出で栄える事となった。帝都アカラの街並みも一変し、建物は鉄筋コンクリート造りのビルが建つ様になり、道路には何十台もの自動車が走る。都市間をつなぐ鉄道の敷設も進み、医療技術の向上による出生率向上と死亡率低下によって、人口は3000万にまで増えていた。


 そしてこの日、アカラ中心部にある巨大な宮殿の一室では、アナトリア大王のデリウス3世が閣僚たちを集め、会議を執り行っていた。


「我が国の経済成長の具合について報告を頼む」


 大王の問いに対し、最初に答えたのは第三大蔵卿であった。第三大蔵省は日本における通商産業省に当たる省庁で、財務省の役割を担う第一大蔵省、国土交通省の役割を担う第二大蔵省とともに、自国の産業発展に真摯に取り組んでいた。


「陛下、現在我が国は石油や金属資源の輸出によって得た利益を、一部貴族や領主に独占させず、大蔵省の管轄下で臣民に還元した事により、識字率及び出生率、死亡率、生活水準の全てにおいて改善が見られております。また農業及び工業の近代化によって、生産量の増加も見られ、我が国はこれまで以上に栄えております」


 膨大な石油の輸出によって莫大な富を得たという点ではサウジアラビアと同様であるが、アナトリア帝国の場合、肥沃な穀倉地帯や森林地帯も十分にあり、鉄鉱石や銅鉱石などの金属資源も存在していた。それらの輸出や、加工に必要な工業地帯の整備はただ資源を輸出した時よりも多くの利益を発生させ、戦争によって喪失した分の費用を回復させた。


 政府は大蔵省の下で利益を管理し、教育施設や公共インフラの整備に投資。奴隷も解放されて市民権を与えられ、貴族や領主を形式上の代表とした労働組合に加入。低コスト・省労働で大量の農作物を生産する事が出来る様になり、元奴隷の農民や下級平民は自分の子供たちを学校へ送る余裕を得たのである。


 帝国にとって識字率の向上は早急の課題であった。日本より購入した乗り物や製品を使いこなすためには、説明書を読めるだけの知識が必要となる。軍においても、東方の騎馬民族国家に対抗するための自動車化や、山岳戦に欠かせぬヘリコプターの保有のために科学技術に理解のある者を増やさなければならず、旧来の支配体制を崩す事になっても近代化を急激に進める必要があった。


「近年は、特権や税収を制限されたと考える貴族や領主が南方へ逃亡したり、叛乱を企てて逮捕されておりますが、直ぐに我らの脅威となる事はないでしょう。彼らの放棄した土地は平民に平等に分配し、場所によっては官僚として我が国に貢献している貴族にも譲渡。貴族の中には新たな事業を起こして産業発展に貢献しようとする者もおります。私からは以上です」


 第三大蔵卿が答え終わると、次に答え始めたのは軍務卿であった。


「また、それらの成果は安全保障政策にも大きく影響しております。まず東部や南部の地域における治安維持任務では、パルシア帝国やイギプティア王国に対して十分な圧力を掛ける事に成功しております」


 今のところ、アナトリア帝国は地球世界の庇護下にあるダーキア王国に対して侵攻の動きは見せておらず、代わりに東方や南方に対して進出を進めていた。そして同時並行で帝国軍の近代化改革も進められており、現代戦にもある程度適応した軍隊へと生まれ変わろうとしていた。


「まず既存の兵士に対しては、教育機関である程度の教育を施しつつ再訓練を実施。新たに志願入隊してくる者も同様に行い、現代兵器が使える水準にまで引き上げております。今年入隊してくる者は義務教育を終えて、高等教育も受けてきた者たちですので、新たに組まれた訓練プログラムに沿って教練を施す事となります」


「兵士の近代化は進んでいる様だな。して、現在の帝国軍の規模はどうか?」


「はっ。現在、旧来編制の歩兵軍団は北部と南部に1個ずつ。新たな編制で組まれた歩兵師団はダーキア王国に接する西部と、パルシア帝国に面する東部に3個ずつ配置。内陸の主要都市7か所には歩兵師団を1個ずつ配置しており、計24万人が配置されている事となります」


 日本がヘレニジア王国と戦争を始める以前、2万人の将兵を基幹とする歩兵軍団が帝国陸軍の基本戦力となっていたが、現代地球の軍事戦術を取り入れた現在では、1万2千人の将兵で構成される歩兵師団へと置き換えられていた。


 装備に関しても近代化が進められており、帝国軍の力の象徴であった騎馬戦車はアメリカ製のM113装甲兵員輸送車や、UH-1〈イロコイ〉汎用ヘリコプターへと置き換え。槍と鎧はアサルトライフルと防弾チョッキへと変わっていき、現代戦に十分に通用するレベルとなっていた。いずれは海軍の近代化や空軍の創設も視野に入っており、そのために大王は重工業の育成に力を入れていた。


「とはいえ、近年はイギプティア王国が急激な成長を遂げていると聞く。国務卿、何か情報は得ていないのか?」


「はっ…現在彼の国はいわゆる鎖国政策を取っており、貿易や外交は常に北東のガザスで行われている状況です。日本やアメリカも情報収集のためにより内陸へ踏み込もうとしておりますが、警戒が厳しく断念しているそうです」


 外交を司る国務卿曰く、ヘレニジア王国と積極的に貿易を行っており、技術水準はガザスの発展ぶりに鉄道の敷設状況も鑑みると自国と同等であると予測されているが、それだけに何故に鎖国政策を取っているのか不思議でならなかった。


「ともあれ、イギプティアの動向には常に目を光らせておく様に。我が国とは未だに国境線で揉めている国なのだからな」


「御意…」


 デリウス3世は臣下に指示を出しつつ、不気味な様子を隠そうともしない南の隣国に不信感を抱くのだった。

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ダーキア王国史 広瀬妟子 @hm80

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