第3話 産業発展史

王国暦17年5月 ダーキア王国首都ウラキア ウラキア公立魔法学園


 ダーキア王国の公立教育機関は、大きく分けて三つに分かれている。一つは、魔法能力の低い者を対象に、官僚や民間の商人としての能力を養う事を目的とした一般学校、一つは、軍人としての正規の訓練や学習を施す事を目的とした士官学校、そして最後が、魔法能力が高く、かつ優秀な国家公務員たる国家魔導師を目指す場所である公立魔導学園である。


 ウラキア公立魔法学園は、その名の通り魔法を中心に学習する場所であるが、同時に地球由来の技術である科学技術についても研鑽を磨く場所となっている。建国から17年が経ち、人口も50万人から4倍の200万人に急増した現在、王国のあらゆる分野にて国家公務員として活躍する事が求められる国家魔導師は、国内のあらゆる産業で活躍していた。


「では今回は、我が国の産業に関する歴史の授業だ。といっても半分ぐらいは私のささやかな武勇伝みたいなものだが…」


 校舎内の教室にて、宮川は教壇に立ちながら言い、多くの生徒が笑い声をあげる。


「まず、我が国の基幹産業は農業と鉱業である。広大な穀倉地帯では小麦やトウモロコシなどの穀物を中心に、ニホン経由で伝来した野菜が生産され、牧畜も盛んに行われている。これらの生産と管理には、魔法具のみならず日本由来の科学技術も用いられているのは諸君も知る通りだ。鉱業も同様にな」


 ダーキア王国の主要産業は、日本に対する農作物や畜産品、そして金属や石油の輸出である。輸出される品々は地上の『門』や、戦後に転移魔法の研究によって開発され、洋上に築かれた『次元転移ポイント』によって地球世界へ輸出し、それを対価に日本製の工業製品を輸入していた。


「とはいえ、ずっと輸入に依存している訳にもいかない。そこで農機具や輸送機器を中心に、我が国は技術育成と国産化を押し進める事とした。そして王国暦7年に、国立産業研究所にて開発されたのが、モデル007トラックだ」


 宮川はそう言いながら、教科書の指定ページをめくる様に指示する。一同がめくると、そこには1枚の自動車の写真があった。


「だが、本格的な輸送手段とするには性能が低すぎた。何せ食料の需要が、地球世界やアナトリア、ヘレニジアからの移民に、医療環境の向上による出生率上昇で急激に上がっていたからな。開発と国営工場における量産が始まっても尚、その状態は続いた。それは何故か?」


 その問いに答えたのは、宮川の預かる生徒の一人であるヨセフ・クラップであった。彼は北部の国からやってきた移民の一人で、父親は優秀な技術と弟子を持つ鍛冶屋であったため、王国北部のカルパチア地方に工房を構え、金属製品の生産で生計を立てていた。


「それは、自動車が基本的に手作りで生産されていたからです。生産ペースが日本に対して圧倒的に劣っており、価格も割高となっていたからだと思います」


「正解だ、ヨセフ。当時の工房では、部品の製造から組み立て、そして試験まで1週間の期間を要した。対して日本は、我が国に対して1日に10台程度を輸出する事が出来た。つまりこちらが1台作っている間に、日本は70台も売ってくるという訳だ。当然ながら値段も変わってくる」


 モデル007の値段は、現行のモデルで15万バンス。日本円に換算すると1500万円になる。対する日本製の小型トラックは高くても3万バンスに留まるという。それに性能の事も踏まえると、果たして顧客はどちらを買いたいか、明白だろう。


「だが、開発自体は無駄にはならなかった。トラックは日本車のみが扱われる様になったが、バスやタクシーは基本的に国産となった。技術流出防止条約や貿易関税といった法的な問題もあるが、運転席の構造に馬車のそれを用いた事で、馬車の御者を再雇用する事が出来たからだ」


 独立以前より、市民の公共交通手段として馬車がバスやタクシーの要領で用いられていたが、独立後は日本から多くの自動車が輸入される様になったため、御者らが抗議デモを実施。産業・技術保護の観点も考慮して、彼らに適した自動車の開発が行われたのである。


「それに自動車の輸出先は我が国だけではない。ヘレニジア王国やアナトリア帝国にも大量の製品を輸出している以上、足りぬ需要を埋める形で供給する事で、技術水準を向上させつつ利益と経験を得られるという訳だ。日本にとっても我が国の発展は喜ばしい事だからな」


 宮川はそう言って、次にこのように締めた。


「そして君たちは、科学とともに魔法を学んでいるが、素材強化や既存の科学技術では難しい分野での発展に魔法が有用であると私は考える。君たちには課題として、科学と魔法はどの様に共存できるのか、レポートにまとめてほしい」

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