第5話

 ベラと再開してから半月ほどたったころにジンとスイの二人はヴァーブルクの街へと辿り着いていた。

 ヴァーブルクはベルンとはまた違った活気にあふれておりどこもかしこも人で溢れておりジンはそれを少し鬱陶しそうに眺めていた。

 「人が多いな」

 「それだけ街が豊かなんだよ」

 「それでここからどうする?」

 「うーん、まずはギルドで色々見てみようか」

 「そうだな」

 討伐されたモンスターを持ち込むことも考えて街の入り口近くに置かれているのがセオリーで二人は大通りにそってギルドの看板を探した。

 探し始めてすぐに剣と杖があしらわれた看板を目にして二人はギルドの中へと入り、足を踏み入れてすぐにジンはベルンの街とはまた違った雰囲気を感じ取った。

 「ベルンの街とは少し違うな」

 「そうだね、こっちは高位の冒険者が少ないね」

 「そうなのか?」

 「うん、多分ここら辺の冒険者は大物の討伐よりも低級の討伐が主なんだろうね」

 「なるほど、街によっても違いがあるんだな」

 ジンは目だけを動かしながらギルド全体を興味深そうに眺めていると壁に掲げられた依頼張り出し用のボードを見つけた。

 「少し依頼見てきてもいいか?」

 「なら私は領主の館聞いてくるね」

 ジンはスイを見送りながらボードに貼られた依頼を一枚一枚丁寧に眺める。

 スイが言った通り依頼の大半は定期的なモンスターの間引きや護衛が大半を占めていたが報酬はジン達がいたベルンより少し高く初心者にとってはうってつけの依頼ばかりでジン達にとっては簡単すぎると言ってもいい依頼ばかりだった。

 ジンが大半の依頼を確認し終わったころを見計らったかのようにスイが戻ってきた。

 「どう?面白そうなのあった?」

 「うーん、悪くはないって感じだな」

 「そっか、場所聞いてきたけど行く?」

 「…そうだな」

 ジンは少しだけ葛藤してからそう答えて二人はゆっくりとした足取りで領主の館へと向かう。


 アルディス伯爵の館は街の中心地よりやや北西に位置しており周りの建物より一回りも二回りも大きな建物で見ただけですぐに分かった。

 ベラにアポを取りたいがどうしたらいいかも分からずに二人は門の前を少し困ったようにうろうろしていると巡回している衛兵の一人が陽気に話しかけてきた。

 「おーい、なんか用か?」

 「すまないがここにベラという騎士はいるか?」

 「ベラ?ベラビスタ様のことか?」

 「近衛騎士のまとめ役している女性の騎士なら多分そいつだ」

 「それだったらベラビスタ様だな、それで君たちはどちら様かな?」

 衛兵はジンの態度に気を害することなく気軽に二人の格好を眺めながら尋ねた。

 高級住宅地に置いて少し浮いている二人の格好はお世辞にも伯爵家に用事があるようには見えなかった。

 「黒い翡翠という冒険者パーティーで活動しているジンとスイだ」

 「ああ!君たちが…分かった直ぐに呼んでこよう」

 ジンがパーティー名を伝えると衛兵はすぐに得心がいったのかすぐに門の中へと入って行った。

 「思ったよりあっさり入れそうだな」

 「確かにそうかもね、でも大体北東部はこんなもんだよ」

 「そうなのか?」

 「うん、ここらへんは大体どこも東へ東へと開墾していっているから貴族も領民の力が無いと大きくなれないことを分かっているんだよ」

 スイは城壁の外を指さしながらジンに教える。ジンはその指が指し示す方角を見渡すと城壁の外に遠く広がる麦畑を想像した。

 「逆に西部は隣の帝国からの守りが主だから戦争があると徴収とかあるから少し溝がある感じだね」

 「同じ国の中でも色々あるんだな」

 「そうだね、それでも王国はまだマシな方だよ。帝国なんかは貴族には青い血が流れているなんて言われるくらい差別意識が強いからね」

 「何だ、そのバカな考えは」

 ジンは少し呆れたようにスイが教えた隣国の貴族の考えをなじるとスイの目がどこか暗くなったように感じた。

 「本当にね、そんなのこの世界にいらないのにね…」

 スイは消え入りそうだがどこまでも深く暗い声で呟いた。ジンはその言葉を深く尋ねることはせずにさきほどスイが指さした城壁の外を飛ぶ鳥をただ眺める。


 「来たみたいだよ」

 スイの言葉にジンが目線を下げてみるとそこには急ぎ足でこちらに向かってくるベラがいた。

 「いやーすまない、待たせてしまったかな」

 「俺たちの方こそアポなしで来て悪かったな」

 「何を言っている、君たちが来てくれたんだ迷惑なことあるもんか」

 急いで来たのかベラは肩を少し上下させてはいたが二人を出迎える表情はとても明るく二人を歓迎していることがよく分かった。

 「それで二人は今日はこの後時間あるか?」

 「ああ、何もないがどうした?」

 ジンがそう尋ねるとベラは少し言いづらそうにしながら口を開いた。

 「実は二人がここに来ていることが伯爵に聞かれてしまって、二人に会いたいと言われてな…」

 自分が伯爵に伝えておくと言った手前言いづらいのかベラは困り顔で頭を搔きながら二人に伝えた。

 ジンはそんなベラの姿におかしさと同時にわずかばかりの感謝を抱いた。

 「あっもちろん君たちが会いたくないと言えば会わなくてもいいんだが、はぁ…」

 ベラはジンが会いたくないと言った後の主の対処を考えてか少し疲れたようにため息をつく、その姿に日頃からいかにベラが自らの主に振り回されているかが見て取れた。

 「うーん、折角だから会ってみる?」

 「……そうだな、折角だしな」

 スイの提案にジンは少しばかり時間をかけて答えた。

 「そうか、ありがとう」

 ベラに招かれるままに門をくぐる。伯爵の館は荘厳な作りだがどこか質素な雰囲気を持った人を押しのけるような嫌な圧を持っておらず、想像していた貴族の邸宅とはかけ離れて光景にジンは少し驚いた。


 一際大きな扉の前でベラは静かにノックをした。

 「入りたまえ」

 よく通る声と共に扉が開く、部屋の窓際におおよそ四十歳ほどの男が佇んでおり、二人に部屋の中央に置かれているソファーを指した。

 伯爵はくすんだ金髪に整った顔つきで童心を忘れていない目を持っているがその目の中には確かな知性が見て取れた。

 「よく来てくれた、私はアルディス・ラ・ロスキーユだ、気軽にアルディスと呼んでくれ」

 「冒険者をしているスイとジンです」

 アルディスは人懐っこい笑みを浮かべながら二人に自己紹介をした、スイがジンに代わって挨拶をするとアルディスはスイの目を興味深そうに覗き込む。

 「なるほど…ベラが言っていた通りの人物のようだな」

 ソファーに座ったジンがその言葉を不審に思いアルディスの後ろに立っているベラの方を伺うとアルディスは笑いながらジンの視線を遮るように手を振った。

 「ベラが言っていた通り優秀な冒険者だと思っただけだよ」

 「…一目見ただけで分かるのか?」

 「これでも人を見る目には自信がある方でね、優秀な人材には目が無いのだよ」

 アルディスはそこまで言うと手を膝の上に置きなおして真剣な目で二人に尋ねた。

 「それで君たちが今日来てくれたということはこの街で冒険者をしてくれるということでいいのかな?」

 「いえ、まずは街の雰囲気を知ろうと思い街を見に来ただけです」

 アルディスの問いかけにスイがきっぱりと断るとアルディスはほんのわずかに目を見開いたがすぐに笑顔を取り戻した。

 「そうなのか…それで君たちの目にこの街はどう映ったか聞いても?」

 「まだ着いたばかりなので詳しくは見ていませんが活気もあっていい街だと思います」

 「そうだろう、この街はこれからも大きくなっていく。私はそれを見るのが本当に好きなんだ」

 アルディスはスイの言葉に誇らしげにそう言った。傍に控えているベラもその言葉に同意するように頷いた、この街が彼らにとってどれほど誇りに思っているのかがよく分かる。

 ジンはその二人の誇らしげな顔を見て言い表せない羨望の念を抱いた。

 「ところで君たちはもう宿は取ったのかな?」

 「いえ、いつまでいるのか決めてないのでまだ取ってないです」

 「だったらここに泊まらないかい?使用人用の部屋が余っているがどうだろうか」

 「ありがたいお話ですが私たちは大勢の人が苦手なので…」

 「それは残念だが仕方ないか、もし宿が決まったら教えてくれないかな、我が家から幾分か出させてもらいたい」

 スイは申し訳なさそうな表情を作りながら丁寧にアルディスの提案を断った、アルディスも断られることを予期していたのかさほど渋ることも無く流した。


 先程まで穏やかな笑みを浮かべていたアルディスは真剣な顔つきをして二人に頭を下げた。

 「この度は娘の命を救っていただき、誠にありがとうございます。もし私達に出来ることがあれば何でも言ってくれ」

 「…俺たちは依頼をこなしただけだ、礼を言うならベラに言ってあげてくれ」

 それまで静観ジンはアルディスの言葉を聞いて視線をベラへとずらしながら答えた。

 ジンの中ではただ依頼を受けただけで命を救ってやったなど微塵も思っておらずアルディスがそこまで感謝している気持ちがよく分からなかった。

 「もちろんベラビスタにも感謝している」

 「じゃあそれでいいだろ」

 「そういう訳にはいかない」

 「なぜ?」

 「これは貴族としてではなく親として君達にお礼が言いたいんだ、娘を助けてくれてありがとう」

 頑なに礼を受けようとしないジンにアルディスは優しくも強い口調で礼を述べながらもう一度頭を下げた。

 「…どういたしまして、これでいいか?」

 「ああ、お礼と言っては何だがこの街で困ったことがあれば言ってくれ」

 二人の間に弛緩した空気が流れ、話はやがて世間話へと入り少なくない時間が経った頃に一人の執事がアルディスの傍へと寄ってきて何かを伝えた。

 「すまないがそろそろ時間のようだ。君達はこの後街を見ていくつもりなのだろう?」

 「はい、その予定です」

 「そこで提案なのだが、彼女を道案内に連れて行ってはどうかな?」

 「ベラを?」

 「ああ、彼女はこの街に詳しいからどうだろうか?」

 アルディスの後ろに控えているベラの方を伺うとベラも寝耳に水だったのか驚いた顔をしていた。そんなベラの顔を見てジンはいたずらっ子のような表情を浮かべてアルディスの提案を受け入れることにした

 「ではありがたくご厚意に甘えさせてもらいます」

 「ああ、ではこの街での滞在が君達にとっていい思い出になることを祈っておこう」

 三人が腰をソファーから浮かそうとした瞬間に部屋の外からドタバタと大きな音を立てながら一人の少女が部屋に入ってきた。


 「お父様あの冒険者の二人が来ているって本当ですか!」

 勢いよく入ってきた少女は親のアルディスよりも綺麗な金髪に幼さを残しながらも整った顔に浮かべる明るい表情は春先に咲いた小さな花をジンに連想させた。

 いきなりのことに呆然とするジンを横目にベラとアルディスは大きくため息をつきながらアイリスを窘める。

 「お嬢様そんなはしたない行動は慎んでください」

 「小言は後で聞くわ、それでこの方たちが私の命の恩人なのかしら?」

 「はぁ…そうです、この二人が以前言っていたジンとスイです」

 「やっぱり!私はアイリスって言いますよろしくね!」

 「…よ、よろしく」

 ベラはこうなっては何を言っても無駄だと諦めているのか大人しく二人をアイリスに紹介したがジンはアイリスの勢いに圧倒されて引いているのかどもりながら小さく答えた。

 アイリスはそんなジンの様子などお構いなしに二人にどんどん近づきながら質問を投げかけまくる。

 「いつまでこの街におられるのかしら?もう泊るところは決まっているのかしら?紅茶はお好きですか?もし良かったらあなた達の冒険を聞かせてもらえないかしら?」

 アイリスの質問はロックドラコンの最後を彷彿させたがあの時と違ってジンはその口撃を返すこともうまく避けることも出来ずただ圧倒されているとアルディスが助け舟を出す。

 「こらこらそんなに一気に質問したら答えられるものも答えられないよ、それに彼らは用事があるからまた今度時間がある時にゆっくりと聞いたらいいさ、な?」

 「あ、ああ」

 「そうですか、それは残念ですが次はもっとゆっくりしていってくださいね」

 「ぜ、ぜひ次はそうさせてもらいます」

 窘められ落ち着きを取り戻したかのように見えたアイリスだがその瞳にはどこまでも好奇心が覗いておりそれを見たジンはそう言うしかなかった。


 伯爵家を出た三人はベラお勧めのレストランで少し遅めの昼食を取っていた。

 「さっきはお嬢様がすまなかった」

 三人が頼んだ食事を待っているときにベラが疲れた顔でジンに謝った。

 「そうだな、お嬢様はほんの少し好奇心が強いのが困ったものだよ」

 ベラは困ったように笑いながら言うがその声はどこか誇らしそうだった。

 ジンはそう言うベラから二人の絆みたいなものを感じたまらなく羨ましく思ってしまった。

 「そうだ、二人とも泊るところを決めてないなら私の家に来るか?」

 「さっきも言ったが大勢がいるところは好きじゃないんだ」

 「それなら大丈夫だ、私の家は私と使用人が一人だけだからな」

 「…少し考えさせてくれ」

 ジンは角が立たないようにそう答えるとベラもさほど重く考えていなかったのか気にすることなく二人に街のことを教え始めた。

 「さあ来たぞ」

 ベラの話がひと段落したころに三人の前にベラが勧めていた幾つかの料理が置かれる。

 その料理の中からジンはパスタを取って食べようとしたが中に見慣れないものを見つけて手を止めた。

 「どうした?」

 「これはなんだ?」

 ジンは白くてフォークを刺すとほろほろと崩れそうな柔らかい何か観察しながらベラに尋ねた。

 「ああ、それは魚だよ、ロスキーユ領は農産物以外に魚も特産物だからな」

 「そうか…これが魚か」

 ベラの説明に納得がいったジンは恐る恐る魚を口に含めると淡白だが奥底にある魚特有の旨味にすぐに虜になったのか次々と口に放り込んでいく。

 ベラとスイはそんなジンの姿を見てベラは誇らしそうな、スイは優しい笑みを浮かべてから料理を口に運ぶ。

 不意に視線を感じスイへ視線やるとスイがこちらを眺めていた、目があったスイはジンに優しく微笑みかけた。

 「いい街だね、ジン」

 「そうだな」

 ジンは美味しそうにパスタを口いっぱいに頬張るスイを見て微笑みながら答えた。

 街は活気があってギルドの依頼は悪くない、ご飯は美味しいとなれば文句なしでいい街だろう、そう思ったジンはベラに視線を向けた。

 「部屋余っているのか?」

 「え?あっああ、余っているぞ」

 唐突に尋ねられてベラは一瞬の間を開けてパスタを喉に詰まらせかけながらもジンの問いかけに答えた。

 「少しの間厄介になってもいいか?」

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誰も知らない勇者の話 千哉 祐司 @senya_yuji

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