地獄億分の一景日帰りツアー

栄三五

枯井戸も地獄の賑わい

「このGWさァ~、地獄見に行かない?」


思わず聞き返した。


「温泉のことかって?地獄めぐりじゃなくて、じ・ご・く!!HELL!!この連休アタシとGo To Hellしようぜ!!あ?、嫌?弟に拒否権なんてあるわけねえだろ行くぞ」


姉に引きずられて外に出た。


「西の3丁目の鈴木さんがモチをのどに詰まらせて死にかけた時にさ。庭の井戸から地獄に行ったんだって」


それは臨死体験じゃないの?


「何でもいいけどさァ、それならアタシたちもその井戸通れば地獄に行けるってスンポーよ」


当てもなく歩いているのかと思いきや、鈴木さんの家に向かっていたらしい。

鈴木さん宅のインターホンを押すが反応なし。

家主の不在を確認すると姉はずかずかと庭に入っていく。

不法侵入である。


「これか、井戸」


古びた井戸だ。限界まで上がったつるべからはロープが垂れている。

井戸の中を覗き込むと水はない様だった。


「ロープで降りれるな。…弟よ、栄えある一番槍はお前に任せた」


お前が行けや、なんて言うと殺されるので黙ってロープを伝って下に降りる。意外と深い。そしてヒンヤリしている。上で待機している暴君に底に着いたことを伝えると、姉もスルスルとロープを伝ってきた。


「お、涼しくてイイね~」

「で、こっからどうやって地獄行くんだろ?端の方に出口とかないの?」


二人してキョロキョロと周囲を見回していると、チーンと音がした。


「ナニ?今の音」


薄暗い井戸の底に光が漏れた。目の前の井戸の石組みが横にスライドし、ドアのように開いたのだ。井戸の外側には灰色のカーペットの空間が続いていた。


姉が自分の家の様にカーペットを踏み荒らしていく。

一人だけ突っ立っていてもしょうがないので、姉に続いて井戸の外に歩を進める。


「………オフィスビル?」


そうとしか思えない空間だ。正面は外の景色が見える全面ガラス張りの窓。

左右に伸びた通路の奥にはこれまたガラス張りのオフィススペースが見える。


チーンと音がして、後ろの扉が閉まった。井戸ではなくエレベーターの扉だ。

枯れ井戸がエレベーターにつながっていたらしい。


「いらっしゃい。観光の人なんて珍しいね」


ジャケットを羽織った穏やかそうな見た目のお兄さんが声をかけてきた。


「おにーさんも井戸から来たの?」


「いや、僕は雇われて地獄で働いてるんだ」


「やっぱココ地獄なんだ。他に人いなそーだけど、おにーさんこのフロア一人でもってんの?ヤバ」


飲食店のバイトみたいな言い方やめろ。


「だいたいの獄卒は元罪人だからね。責苦が嫌とはいえ、働きたいって人は多くないんだよ」


「責苦ってナニされんの?おにーさんも罪人?ナニやらかしたの?」


姉の質問攻めにも動じず、お兄さんは穏やかに答えた。


「責苦は人によって違うんだよ。内容によってあちこちのビルに振り分けられるんだ」


お兄さんは窓の外を指さした。このビル以外にもたくさんのオフィスビルが並んでいる。それぞれが地獄らしい。

お兄さんは困ったように頭をかいた。


「僕は…そうだね。何で地獄に来たかは仕事が忙し過ぎて忘れちゃった」


「ブラックバイトじゃん」


「今風に言うとそうかもしれないね」


「えー、死んだらブラック企業で働かされるとかサイアク…」


お兄さんは、ハハハと笑った。


「それこそ地獄だね」


お兄さんは別のビルに用があるとかで、いくつかの注意点と、このフロアのお店を紹介した後、エレベーターで1階へ降りて行った。


オフィスらしき場所には他には誰もいない。

見るものがないのでお兄さんが教えてくれたお店の場所に行く。

店内が見渡せるガラス窓には見たことのある緑色のカフェのロゴが描かれていた。


「地獄にス〇バあんの!?」


地獄スゲェ!!


喜び勇んで店の中に入ると店員も客もいない。紙ストローの刺さった紙カップや食べ物がカウンターの上に置いてある。


「人いないけど…セルフ?」


ホイップ盛り放題じゃん!!!


二人して欲しいものを取りそろえ、飲み物に口をつけた。


「ちょっと、この紙ストローふにゃふにゃで飲み物飲めないんだけど!?」


なぜかフタが開かないし、ストローも外せない…。ホイップもない…。


「チョコチップクッキーの袋開かないし!?」


開いても端っこのところがちょびっと破れるだけで中身が食べれない…。


「あ~、イライラする~~!!も~~!!!」


怒りが限界に達した姉が紙カップをぶん投げた。


「もう帰る!!駅前のスタバ行くわ!!!やっぱ地獄はダメだな!!!」


勝手に侵入した人の物言いじゃないよ。


「えーっと?もと来たエレベーターで帰ればいいんだっけ?」


お兄さんが言ってたのは、帰るにはもと来たエレベータで最上階に行くこと。

1階のゲートを通るとビル内に戻れなくなるから通らないこと。

万が一ビルの外に出てしまったら、東へ進むこと。


「なんかビルの外に出てしまうフラグみたいなこと言ってたけど、出ねーよ。どうせ他のビルにはサ〇ゼとかがあるけど全部食品サンプルで食べれないんでしょ。帰ってフラペチーノ飲むぞ」


バニラクリームフラペチーノエクストラホイップがいいです。


エレベーターで最上階のボタンを押して、到着を待つ。エレベーターはかなり長い時間動いていたが、来た時同様チーンと音がして扉が開いた。




気が付くと二人とも家の居間で寝転がっていた。


「………弟よ、これから地獄見に行かない?」


ス〇バが偽物だから行かない。


「やっぱ夢じゃないじゃん!!」


ソファで上半身だけ起こした姉が、また力なく倒れた。


「…じーちゃんいなかったな~」


なんでじいちゃん?


「アタシ今度のお盆友達と東京に遊びに行くからさ、お墓参りいけないんだよね。だから鈴木さんの話聞いてさ、地獄行けるんだったらお盆より前に行って直接会っておけばいいじゃん?って」


じいちゃんが地獄にいるの前提で話すのやめろ。


「まあ、そこはほら。地獄にいないってことは天国にいるんでしょ?よかったじゃん」


じいちゃんどころかあのお兄さん以外誰もいなかったけどね。


子供の頃から煩かった姉に質問攻めにされるたび、困ったように頭をかきながら一つ一つ丁寧に答えてくれたじいちゃんを思い出す。

あのじいちゃんが地獄にいるとは思えないけど…、でも仏教だと割と細かい罪でも地獄に落ちるんだっけ……?そもそも仏教に天国ってあるんだっけ?


「あ、そうだ。アンタの分もお金あげるからスタバ行ってメロンフラペチーノ買ってきて」


ソファに寝ころんだままの姉がお札を差し出した。仕方がないので、起き上がってお札を受け取り、外出の準備をする。


でも、地獄が想像よりも現実に近くて少し安心した。それか現世が思ったよりも地獄なのかもしれない。


「あ~、なんかでも地獄って軽い感じだったな~。結局喋ったのバイトのおにーさんだけだったし。閻魔いないし。もう行けないだろうから写真撮りたかったのに」


姉貴ならまた行けるから大丈夫だと思うよ、とは言わずに姉から受け取ったお札を握りしめて家を出る。



今年のお盆はじいちゃんにもフラペチーノ買って行こう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地獄億分の一景日帰りツアー 栄三五 @Satona369

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ