第63話 「以後お見知りおきを」

 放課後になり、荒木と織陣はいつもと同じく二人で帰ろうと校門を出ようとしていた。その時、後ろから声をかけられたため振り向くと、昼休みの女子生徒がくしゃくしゃになった紙を片手に立っていた。


「ん? あ、いじめられっ子じゃん。どうしたの?」

「いや、覚え方。酷いなそれ」


 荒木の失礼極まりない発言に、織陣が呆れながらつっこむ。ため息を吐きつつ、女子生徒に顔を向け「どうした?」と問いかけた。


「これ、どこに行けばいいんですか」


 ぐしゃぐしゃになったメモを見せながら女子生徒は二人に訊ねる。織陣は、口元に手を当て笑みを隠し、荒木は何も言わずに歩き出した。


「あの、これは──」

「ついてくればわかる。気になるのならついてくればいい。でも、その後何があっても僕は一切責任を取らないから。それでも、今の状況を変えたければ、来なよ」


 肩越しに伝えたい事だけ伝え、荒木は再度歩き出した。その様子を横で見ていた織陣は、強気な表情を浮かべながら女子生徒の肩に手を置いた。


「今のあんたには必要だろうから、付いていった方がいいと思うよ」


 それだけを伝え、荒木の隣に急いで追いついた。


 最初は少し悩んだ様子を見せた彼女だったが、すぐに覚悟を決め、荒木達の後ろ姿を目に歩き出した。


 ☆


 女子生徒が荒木達二人の後ろを歩き始めてから数分後、少し怪しげな林に辿り着いた。


「ここは……」


 女子生徒が立ち止まり林を見上げていると、二人はさっさと中に入ってしまい、慌てながら追いかけた。

 一列にならないと通れないほど道は狭いため、三人は荒木、織陣、女子生徒の順でゆっくり歩みを進める。


 小鳥が広い青空を自由に飛び交い、カサカサと草の音が鳴る。風が吹くと、三人に自然の音を運んできてくれ心地よい。

 他に気を取られていると、はみ出している蔓などに引っかかってしまう為、油断すると躓き転んでしまう。


「ここ、いつも歩きにくいよね。もっと歩きやすくしてってあんたのに言ってよ」

「僕より面倒くさがりな男がやると思う? 言うだけ無駄だよ」

「だよねぇ〜」


 織陣と荒木がそのような話をしていると、どんどん道が開いてきた。

 もっと進むと、ポツンと、一つの古い小屋が三人の前に現れる。


「ここが、例の?」

「うん。ちなみに、ここは荒木の家だから遠慮はいらない。入っていいよ」


 織陣の言葉に目を開き、彼女は再度小屋を見た。


 小屋はもう古く、今にも崩れてしまうんじゃないかと不安を煽るような見た目。

 近寄るのすら躊躇ってしまう小屋が、まさかの荒木の家だとは想像もしておらず言葉を詰まらせた。


 小屋の前で見上げていると、荒木が忠告と言うように彼女の肩を掴み言った。


「このドアを開ければ、君はもう後戻りが出来なくなる。変わりたいと本気で思うのなら、自分で開けて」


 前髪から覗き見える漆黒の瞳に見られ、彼女は体をこわばらせる。足がすくみ、その場から動けなくなってしまった。

 彼の隣にいた織陣が浅くため息を吐き、彼女の震える手を掴む。


「安心して。大丈夫、このドアの奥には、あんたのを外に出すお手伝いをしてくれる人がいるだけ。だから、安心して開けてみて」


 織陣に優しく微笑みを向けられ、彼女の中に浮上していた恐怖が落ち着く。

 小屋を再度見上げるが、もう怖いという感情はない。逆に、今の自分を変えてくれるのならと、気持ちが高鳴り、織陣から離れドアノブを掴んだ。


 織陣の隣に荒木が来ると、小さな声でぼそりと呟く。


「変われるといいな、あの子」

「それは父さんが何とかするでしょ」

「確かにね。あのね」

「あれは本当に気持ち悪い」


 二人がそのような会話をしていると、彼女の覚悟が決まったらしく、静かにドアが開かれた。


 彼女が中に一歩、足を踏み入れると中から優しくも妖しい声が聞こえた。


「こんにちは、依頼人で間違いありませんね」


 声の主は藍色の前髪で顔の右半分を隠し、優しく微笑んでいる

 ポロシャツにジーンズとシンプルな格好だが、顔がモデル並みに整っているため、どんな服装でもかっこよく見えてしまう。


 彼女を安心させるように、青年はソファーへと促す。

 戸惑いながらも素直に彼女がソファーに座ると、ドアから荒木と織陣も入ってきた。


「相変わらず気持ち悪いな、父さん」

「酷いじゃないか想安しあん。私は、元々このような性格だろう?」


 荒木は父さんと呼んだ人からの言葉にイラつき、深い溜息を吐く。深く被っていたフードを取り、耳が隠れるほど長い茶髪を見せた。


 前髪は目元が隠れてしまうくらい長く、右側に流している。それでも半分は隠れているため、やはり表情は分かりにくい。

 苛立ちが込められた漆黒の瞳は、父さんと呼んだ人に注がれていた。


「さて、話が脱線しないうちに、本題に入りましょうか」


 落ち着いた口調が温かく穏やか小屋の中に響く。


 辺りを見回して見ると、外観とは違い、小屋の中は綺麗に整理整頓されていた。

 中心にはテーブル、ソファー、小さな木製の椅子。壁側には本棚があり、部屋の奥にはドアもある。


「お話を聞く前に、先に自己紹介させて頂きますね。私の名前は筺鍵明人きょうがいあきとと言います。以後お見知りおきを」


 名前を名乗った青年、筐鍵明人は頭を下げお辞儀をしたのと同時に、口元には怪しげな笑みを浮かべ、笑った。







「さぁ、今回の匣は何色かねぇ」






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貴方の匣、開けてみませんか? 桜桃 @sakurannbo

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