変わらぬ想いと引き継がれる記憶

第62話 「待ってるよ」

 真陽留と音禰が記憶を取り戻し、明人と合流してから長い年月が経った。


 学校では教室に一人、机に突っ伏している男子生徒が居た。

 その人は、ワイシャツの上に紫色の大きなパーカーを着て、フードを深く被っている。顔をさらしたくないのか、マスクまでしてしており顔がほとんど見えない。


 そんな男子生徒に、長い茶髪を後ろで一つにまとめている一人の女子生徒が近づいて行く。


「ちょっと。お前、また寝てんのか?」

「…………ん。寝てねぇ、起きてる。半分だけ」

「なら、もう半分もしっかり起こしてやるよ!!!」


 口調が男っぽい女子生徒が、藍色の瞳で荒木と呼んだ男子生徒を見下ろし、机をガタガタと揺らす。

 意地でも寝続けようとしている荒木だったが、女子生徒も諦めず揺らし続ける。そのため、荒木は顔を上げざるをえなかった。


「…………はぁ、うるさいよ。頭が痛い」

「二日酔いのクソじじぃかよ。ほら、早く起きな。次の授業は体育なんだから」

「いや待って。引っ張らないでよ……」


 織陣は今だ動こうとしない荒木の腕を引っ張り、無理やり教室から引っ張った。


「めんどくさいって言ってんのに……」

「まったく。親に似てなんでも出来る天才なのに、なんでやる気を出さないのさ。勿体なさすぎでしょ」

「別に天才じゃねぇし。それに僕は──」


 荒木が何かを口にしようとした時、女子生徒の笑い声が聞こえ足を止めた。

 その声は楽しげに聞こえるが、ただ遊んでいる訳ではない。あざ笑っているような声に二人は顔を見合せ、声の聞こえた方にゆっくりと足音を立てないように近付いて行く。


 そこには、人通りの少ない廊下でいじめをしている女子生徒三人と、いじめられ、何も出来ないでいる女子生徒が一人居た。


 織陣は呆れたようにため息を吐き、頭を抱える。


「あいつら……あ、まったく。めんどくさいって言っといて、自分から突っ込みに行くし。本当、訳わかんない奴」


 織陣が行く前に、荒木が三人に向かって歩き出し、声をかけた。


「なにつまんない事してんの」


 その声に、さっきまで笑い声を上げていた女子生徒三人が一斉に、荒木を鬱陶しそうな目で見た。


「何あんた、関係ないでしょ。邪魔しないでくれる?」

「確かに関係ないな。ただ、こんなつまらなくて面倒臭い事をしているお前らの心情を知りたくてさ。こんな事して何が楽しいの? 人を見下す事によって自分が有利に立っているという感覚が良いの? でも、それって自分の実力じゃないよね。そうやって人より前に立ちたいからって、人を引きずり落とすのやめておいた方がいいよ。ものすごく無駄な事だから」


 抑揚のない冷たい声で荒木は言い放ち、いじめていた女子生徒は頭に血が上り、顔を赤くし声を荒らげた。


「意味わかんねぇ事言ってんじゃないわよ!! こんなドブス陰キャが一人にならないのは、私達がトモダチになっているおかげだよ、それに感謝して欲しいだけ。一人で学校生活過ごしたくないじゃん? だから、トモダチ料を貰ってるだーけ」


 女子生徒の手には、二千円札が握られていた。今廊下に座り黙り込んでいる生徒から脅して奪ったんだと簡単に予想が出来る。


 荒木はそれを虫けらを見るような目で見下ろし、面倒くさそうに頭を掻いた。


「これだからはめんどくさい」

「はぁ? 何言ってんのあんた」

「とりあえず、次の授業始まるみたいだけど、行かなくていいの? 先生達には良い生徒を演じないといけないんじゃない?」


 荒木の皮肉めいた言葉に、女子生徒はまた文句をぶつけようとした。だが、腕時計を見て時間が無い事が分かり、彼とすれ違う際に舌打ちをし「覚えていろよ、この陰キャブス」と捨て台詞を放ちながら、その場からいなくなった。


「ほんと、めんどくさいな」


 振り返り、去っていく彼女達の背中を見送り息を吐く。後ろで眺めていた織陣がゆっくりと近付いている事に気付き、目を合わせた。


「一人で行くなって何回言えばわかるわけ?」

「お前が遅いのが悪い」

「あんたが早いんだよ。まぁ、そんな事どうでもいいわ。貴方、大丈夫?」


 織陣は、いじめられていた女子生徒の前でしゃがみ、顔を覗き込む。

 顔に傷などはない。おそらく、周りから怪しまれないように見えないと所を殴っていたのだろう。


 女子生徒はゆっくりと顔を上げた。その顔は、もう何もかも諦めてしまったように感じてしまうほど暗く、今にも消えてしまいそう。


「ありがとうございます。では、私はこれで──」


 お礼を言ったあと、女子生徒はその場を去ろうと立ち上がる。それを荒木は腕を掴み、止めた。


「なんですか」

「もし、このままが嫌だったらここに行くといいよ。少しは手伝ってくれると思うから」


 荒木は一枚のメモ紙を女子生徒に渡し、その場を後にした。

 織陣も立ち上がり、荒木野後ろを付いて行こうとする。その時、横目で笑みを浮かべ、彼女を見て言った。


「興味があればでいいからな。分からなかったら私か荒木に聞いて。貴方が来るのを待ってるよ」


 その言葉だけを残し、織陣もその場から走り去る。


 彼女が受け取ったメモ紙には【貴方の閉じ込めてしまった想い。その想いを出すお手伝いを致します】と書かれていた。


 女子生徒はそれを見て歯を食いしばり、「馬鹿じゃないの」と零す。もらった紙を乱暴にポケットの中に入れ、廊下を歩き始めた。

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