第5話


 私達の文化祭は2日間に渡って行われる。

 1日目は父母などの関係者のみ。2日目が招待客を含めて入れる日。

 そのため、文化祭と銘打ってはいても、どこか身内ノリである。

 昔は全く関係のない人も入れる一般開放をされるのが普通だと聞いた事があり、少し見てみたいとも思った。

 そんな文化祭だが、目玉とも言えるイベントがある。


 『学生の主張』、というイベントだ。


 内容はとてもシンプル。

 普段は入れない屋上を使って、校庭にいる人へ向けて思いを吐き出すだけ。監視として先生方が側にいるが、何を話すかは自由。

 そのため、「宿題少なくしろー!」といった文句だったり、「○○さん好きです、付き合ってください!」といった告白まで。とても色んな意見が飛び出すビックリ箱みたいな企画だ。

 地域のテレビや新聞でも特集されるので注目度も高く、私達の文化祭は「招待客で行きたい!」という人が大勢いる。

 そう。

 この『学生の主張』は2日目の昼過ぎに行われるメインイベントなのだ。


「ほら、勇也の主張、聞いてあげて」

「うん」


 あの、上級生からのも、今ではまどかちゃんのおかげで怖くない。

 助けてくれるから、だけじゃない。

 もちろん、それもあるけれど。私は宮永くんーーいや、の言葉と行動を真正面から受け止めなくちゃいけない。


 彼は私を褒めてくれた。

『高坂はすごいな、こんな絵はオレには描けないよ』

 彼は私を助けてくれた。

『高坂にイライラをぶつけんなよ! オレが話を聞いてやるからさ」

 彼は私をなぐさめてくれた。

『高坂よりもオレが助かってるんだ。マジで。うん、オレは高坂がいたから”オレ”になった』

 彼は私をはげましてくれた。

『高坂の絵が落選? それはスゲェやつがいたんだな……。負けんな! お前の絵がすごいのはオレが知ってる!』

 彼は私を怒ってくれた。

『高坂! なんであの絵を捨てたんだよ!? オレ、すげぇ好きだったのに……いや、オレの話はどうでもいいけど。でも、オレはすげぇ悲しい』

 彼は私をねたんでくれた。

『高坂って、やっぱすげぇよなぁ。なんつうか、才能? みたいなもんをシロウトのオレでも思うし』

 彼は、私を、誰よりも愛してくれた。

『かず……高坂。明日、デートに行かないか!?』





「1年2組ーーーーーーー! 宮永勇也ーーーーー!!!」





 彼の主張が始まる。

 周囲は有名人の登場に盛り上がり、拍手をこれでもかと送っていた。





「オレにはーーーー、好きなーーーーー、人がーーーーー、いまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーす!!!」




 これには周囲の反応も分かれた。

 テンションを上げる男子と、悲鳴を上げる女子だ。




「1年ーーーーーー、1組のーーーーーー、『高坂こうさか和希かずき』さんーーーーーーーーー!!!!!!」




 息が詰まる。

 こんなに愛されていいのだろうか。

 なぜ、私はこんな王子様のような、お星さまのような人に溺愛されているのだろうか。




「あなたの、笑顔、が”好き”でーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーす!!!!!」



 初めて言われた『好き』の言葉は、驚くほどに単純な思いだった。



「あなたの、絵に表れた世界を素敵だと思いました! それはキッカケですが、あなたが色々なものにたびに笑顔になる姿を素敵だと思っていました! 花に会って『可愛いね』、文章に会って『素敵だね』、絵画に会って『キレイだね』、料理に会って『美味しいね』。でも、”人”にだけは怖がってましたね。そんな”あなた”の側にいたいと、オレはそう思った時に、好きだと心から思いましたーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」



 顔から火が出そう。

 横にいるまどかちゃんがニヤニヤとした顔を浮かべている。


「で、こたえは?」

「うぅ……決まってるじゃん……」

「言ったげな」


 そっと背を押され、私は群衆の中にいるにも関わらず、ポッカリと空いた場所へと躍り出た。

 こうなりゃ踊るしかないよね、うん。



「私、高坂こうさか和希かずきは、名前にコンプレックスを持ってましたーー」



 いささか、か弱い声が響く。



「しかし、それを救ってくれたのは宮永くんです。私に自信を持たせてくれた。何かをしてもいいって教えてくれた!」



 自分なりに、精一杯の声量と虚勢きょせいを貼り付ける。



 私は校庭にいて、宮永くんは屋上にいる。

 わたしから見上げる姿は、そうだ、前から思っている。届かない”あこがれの人ヒーロー”との距離だ。そう思っていた。



「オレはかず……高坂を、誰よりも尊敬している! 自分には持ってないものを持っているから!」

「私は、ゆう……宮永くんを尊敬している! 自分にはないものを持っているから!」


「ええい、まどろっこしい!」


 まどかちゃんが頭を一度クシャっとひっかいた。


「テメェらの言葉は何を言いたいんだよ、何を伝えたいんだよ!」


 誰もが言葉を出せぬまま、まどかちゃんの声が響く。


「勇也の”勇”はなんの字だ? 和希の”希”はなんの字だ? 残った字を足して”和也わとなり”だ! 誰にも文句は言わせねぇ。テメェらの気持ちを言えやボケェども!!」


 そんな粗雑な言葉でも、本当に思ってくれいると分かるから。










『好きです、あなたが!』






「和希!」

「勇也!」





『好きです!!!』





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名前の意味 橘 ミコト @mikoto_tachibana

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