第4話



 私、高坂こうさか和希かずきは今、好きな人とデートしている。


 何を言っているのか分かるかもしれないが、私には分からない。

 どうしてこうなった……?


「オレ、女子と二人で遊園地に来るなんて初めてだけど、精一杯エスコートするから!」


 なんだかガチガチの宮永くんを見て、逆に落ち着いた。

 私の何がいいんだろ?

 宮永くんは学年内どころではなく、校内で有名なイケメンだ。先輩から告白された事もあるらしい。まだ中学生になって半年と経ってないのに。

 今は夏休み。人気者の宮永くんは色々な人から遊びの誘いを受けていた。

 それを私のために使ってもらうなんて……。


「今日は、めいいっぱい楽しむぞー!」


 急に拳を突き上げて声を上げる宮永くんに、入場待ちだった人々の視線が集まる。

 流石に彼にとっても恥ずかしかったらしい。赤い顔で縮こまっていた。

 可愛くなってクスリと笑う。まだ私の方が身長は高いが、いずれ抜かされるのだろうな、なんて思いながら笑っていると、いきなり彼が私の頭に手を置いた。


「そうやって笑ってるのもいいけど、オレはかず……高坂を心の底から笑わせたい」

「……笑ってるよ?」

「もっと、おっきく? ええっと、盛大、に?」

「私に聞かれても困るよ」


 またしてもクスクスと笑う私に、宮永くんは照れたようにソッポを向いていた。


 遊園地で過ごした時間は、まさしく夢の時だった。

 宮永くんは、まるで私をお姫様のようにしてくれた。


「かず……高坂! アレ、好きなアトラクションだったよな!? ファストパス取ってくる!」

「え、宮永くん!?」


 なんて、置いていかれる事もあったけれど。

 でも、彼と楽しんだ事や見たパレード、花火。すべて楽しかった。嬉しかった。

 これが幸せなのかな?

 まだ十数年しか生きていない私が言うと、なんだか薄っぺらく感じるかもだけど、ただそう思ったんだ。

 彼に大事にされているという実感が、とてもとても嬉しかったんだ。



 夏休みなんてあっという間に過ぎて、中学生の秋が来る。

 私の学校では、メインイベントにあるのが文化祭だ。

 もちろんと言ってはあれだけど、宮永くんと回るつもり。

 彼から直接、「かず……高坂! 一緒に文化祭を回らないか!?」って緊張気味に聞かれたし。「うん」なんて言った自分に恥ずかしくてもだえるくらいだ。


 浮かれ気分だったのだ、私は。


 だから、他の子の目線なんて気にしていなかった。

 いや、気にする余裕がないほど、私は宮永くんから溺愛されていたのだ。


「高坂さんってさ、最近調子のってない?」

「え?」


 ある日、同学年の友達に呼び出されたと思ったら上級生の女性たちがいた。

 そこで始めに言われたのがさっきの言葉。

 この年代だと、数年違うだけで大人のように見える。化粧も知らない私からすれば、中学3年生なんて大人だ。

 読書が好きだから時々大人向けの本を読むこともあるけれど、そこで描かれる女性の心理を、私はよく分からずにいた。

 それでも、この向けられる感情は知っているーー『嫉妬』だ。


「なんで宮永くんに付きまとってるわけ?」

「彼も迷惑してるって分かんないかなぁ」

「アンタみたいな子、釣り合ってないって理解できる頭ある?」


 ああ、”あれ”だ。

 小学校の記憶が戻ってくる。こういうのを『フラッシュバック』って言うんだっけ。


「宮永くんが地味で目立たない子なんか好きになる訳ないっての」

「あれ? もしかして、自分の事を好きになったとか勘違いしてる?」

「マジウケるんですけどーw」


 私は縮こまって、先輩たちの刃から身を守る。

 でも、それはいつも思っていた事だ。

 宮永くんは、私の事は「いい」と言ってくれた。決して「好き」とは言っていない。

 前にも考えた事じゃないか。

 子猫のように『可愛がって』くれているだけ。『可愛そう』なだけ。


「だらっしゃああああああああ!!!!!!」


 そんな私の、下を向いていく気持ちを。元気100倍の声で持ち上げてくれたのは、間違いなく親友だった。

 短距離走を走るような勢いで現場へと割り込み、周囲が驚きで固まっている中、まどかちゃん親友は告げた。


「先輩方! 勇也はそういったイジメっぽいの、好きじゃないですよ!」

「だ、誰だよ」

「私は伊吹まどか! 勇也の従兄弟で幼なじみで、一番大事な和希の親友です!!」


 そう断言して割り込む彼女の勇気に、私は救われ続けている。

 いつもそうだ。私は救われてばかりで、誰にとってもお荷物で。


「和希は、男っぽい私を『可愛い、カッコイイ』って言ってくれた! 一人の”私”として見てくれた! そんな私以上に和希をイジメるってんなら、先生にチクってでもヨシ!」

「せ、先生とか、大人を頼るのってダサいな!?」

「ダサい? 和希をイジメてる方がダサいと思いますけど?」

「……っち」


 ポカンとした。


「ほら、行こ。和希!」


 そうやって、私に手を差し伸べるまどかちゃんの方がスゴイのに。


「和希は”和希かずき”のままでいいの。それが、私が好きな和希だからね!」


 私は泣きながら、まどかちゃんの手を取った。


「んで、そんな和希を好きなのは勇也もなんだって。いいかげん、かんにんしろー」

「……好きって、言われたこと、ないもん」

「マジか」

「マジ」


 お互いに顔を見合わせてプッと吹き出す。

 なぜか面白い。

 なぜか、すごい、清々しい気持ちだった。


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