君は放課後のファンタジスタ
鏡の中の自分を見るたび思ってた。世間一般の「かわいい女の子」に私は含まれないんだって。ありとあらゆる「かわいい」は私の真横をすり抜けていくんだって。絶対「かわいい」にはなれないんだって。
でも。
私は勢いよくセーラー服の袖に腕を通す。夏はもうすぐ終わる。そして文化祭の季節がやってくる。
「おはようございます」
登校途中。杏里が自転車から降りて、私の隣を歩き始める。杏里は歩くのが早いほうらしいのだけど、私のゆっくりした歩みに合わせてくれている。
「今日のエチュード、どうします?」
「そういう打ち合わせは本来だめなんだけど」
私はその場でくるんと回り、セーラー服のスカートを翻した。
「昨日見せてもらった男役の演技をちょっと参考にしようかなと思ってる。それだけ教えておこうかな」
「それじゃあ、その時の楽しみにとっておきますね」
「そう、楽しみにしてて」
杏里ははにかむ。彼はかわいくて、綺麗だ。きっともう少し大きくなったら、この可愛さは影も形もなくなってしまうのだろう。きっと。
「――先輩、いい顔してますね」
「そう?」
「はい。何か吹っ切れたみたいな顔」
私は言わなかった。それはあなたのおかげだよ、って。その代わり、手を伸ばして、杏里の耳に触った。
「髪、校則に合わせて切ったんだね」
杏里は顔を赤くして、ばっと飛びのいた。私は笑いながらスキップを始める。
私は杏里が好きだ。多分。
「さぁー、見せてもらおうか、実力派コンビの『姫と騎士』!」
奈々未さんが腕を組んだ。私と杏里は見つめあって、頷きあった。
それだけで十分だった。
『姫、ここは危険です。お早く』
私――騎士は肩を押さえながら血を吐くような声で言う。
『ここは私にお任せください。姫は裏の通路を回って、……早く』
『貴方を残してはいけない』
杏里――姫君はそれでも騎士を連れていこうとする。
『嫌よ、嫌。貴方を犠牲にして、わたくしだけ生き残るなんて嫌よ』
『姫様』
それでも騎士は笑う。今にも死にそうな声音で、笑う。
『ふふ、姫様。お慕いしております。……生きてください。私の分まで、長く長く、生き続けてください。それが私の最後の望み』
『……!』
そこまで来て、姫役の杏里は目に涙をためた。そして、倒れ伏そうとしている私を抱き起して――。
女子部員たちの悲鳴が上がった。奈々未さんの眼鏡が静かに割れる音さえ聞こえる気がした。私は目を見開いて、唇の端にふれたものが何だったのかを一生懸命考えないようにしていた。
『ならば、あなたに祝福を』
『ひ、め……』
騎士を置いて姫は走る、生きるために……。
そこでエチュードは終わった。しんと静まり返った部室の中で、奈々未さんががたっと立ち上がった。
「おいいいいいいい!!」
「ちょっとおおおおおおおおおおおお!」
「ええええええええええ!!」
大量の突っ込みを受けながら杏里は「気づいたら」と言い訳をしていた。私はばかみたいに「だいじょうぶだから」と繰り返していたし、そんな私たちを見て奈々未さんがタックルしてきた。主に杏里に向かって。
「うわああっ」
「悔しいけど感動しちゃったじゃないのさ!!悔しいけど!悔しいけど!」
私と杏里は顔を見合わせて、お互いに「仕方ないな」みたいに笑った。あとで二人きりで話そうと思う。さっきのことについて。それから、これからのことについて――。
「本気出しちゃった」
「俺も」
君は放課後のファンタジスタ 紫陽_凛 @syw_rin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます