畳め!タタミちゃん!!!

夜摘

畳め!タタミちゃん!!!

 "タタミちゃん"は都市伝説である。

いわゆる現代怪異の一種であると考えられている。

要するにオカルトやホラー、ミステリーと言ったカテゴリに含まれる空想の産物である。そしてそれは人々の噂の中に住んでいて、信じるか信じないかはその人次第…というやつだ。

 その名の通り、タタミちゃんはなんだって畳んでくれる。

 敷きっぱなしの黴臭い布団だろうが、干したは良いが畳むのが面倒くさくて取り込んだ後に放置した洗濯物の山だろうが、風呂敷を広げ過ぎて着地点を失った小説だろうが――――――――――。


「風呂敷を広げ過ぎて畳めなくなった小説を畳んでくれるだって!!?」


 その都市伝説の話に、びっくりするくらいの勢いで食いついたのはアマチュア作家である青年だ。

 アマチュア…と言うのは要するにそれで食べていけている訳ではなく、某小説投稿サイトに作品を投稿したり、アルバイトで生活費を稼いで暮らしているということだ。

 体型こそ標準よりやや太っている程度だが、服にも体型にも見るからに無頓着で、洗濯のし過ぎで襟がへろへろになったシャツを着て、無精ひげも生えている。

 彼は今、苦悩していた。

そう、自作の長編連載小説のオチを書くことが出来ないでいたのだ。

 自分で始めた物語だ。その終わりを描くことが出来るのは自分だけ。そう口にするのは簡単だが、現実はそんなに簡単な話ではない。少しでも物を書こうとしたことがある者なら誰しも少なからず理解を示してくれると思うが、書き始めることよりも、完結させることの方がずっとずっと難しい。そのくらい、一つの作品を"仕上げる"ことは難しく、高度なことなのである。

 …ともあれ、そうした訳で彼もまた、自身で始めた物語をどう終わらせるかでここのところずっとずっと悩んでいるのだ。

 正直もう考えるのも嫌になってきていて、このままフェードアウトしてしまおうか…とか、適当に無理やり終わらせてしまおうか…とか考えなかったわけでもない。しかし、ほんの少しでも自分の作品を読んでくれている読者のことを考えるとそんな不誠実なことをしたくない…そんな最後のプライドが彼を踏みとどまらせた。

 けれどもそのせいで、彼はずっと完結出来ない己の作品の存在に頭を悩まされることになっていたし、新作を書こうにも未完結の小説を読んでくれている読者ががっかりしてしまうかも…という恐れでそれにも取り掛かれなくなっていた。

 そんな状態だったからこそ、彼は藁にも縋る思いで都市伝説"タタミちゃん"にただならぬ興味を抱くことになったのである。

(都市伝説に頼って完結させるのは不誠実ではないのか?という問いからは目を逸らしている)


「タタミちゃん!タタミさん!タタミさま!!!どうか!どうか僕の前にお姿をお見せください!!!!!どうか!どうかそのお力をお貸しください!!!!」


 狭いワンルームの借り家の中で、狂ったように部屋の中をぐるぐると歩き回りながら、男は呪文のように彼女の名前を呼び続けた。

 お隣さん、上の階の住人などがもし在宅であれば、さぞかし恐ろしい思いをしたことだろう。とうとうイカレてしまった…と思われたかも知れない。

 しかし、そんな捨て身の心からの願いが彼の元に都市伝説を顕現させてしまった。


 いつの間にか男の部屋には一人の少女が佇んでいる。

日本人形を思わせる黒髪を、綺麗なおかっぱに切りそろえた…着物姿の美少女だ。


「私を呼んだのはあなたですね。こうしてやってきたからには、畳んでみせましょう。あなたが望むどんなものでも」


 タタミちゃんは壮大な感じでそう言いながら自分の両手をふわりと広げて、包容力がありそうなポーズをとった。

 男は歓喜した。願いが叶ったのだ。これで物語を畳んで貰える!!!


「ああ、タタミちゃん!タタミさん!タタミさま!よくきてくれました!!!僕は今困っているんです。ぜひ畳んで貰いたいものがあってー……」

「皆まで言わずともわかっています。この大量の洗濯ものですね?」

「いいえ、その洗濯物ではありません。それは必要な時にすぐに着られるよう、わざと床に置いているのです」

「では、こちらの黴臭くなった敷きっぱなしの布団ですね? 布団を畳むことで退路を断ち、この部屋から飛び出す勇気を得ようというのでしょう?」

「いいえ、僕はこの部屋での暮らしに満足しています。本当だったら一歩も出ないで暮らせるのなら、そうしたいくらいなのです」

「では、—————」

 タタミちゃんは、部屋を見回し 首を傾げた。他に畳めるものがあるだろうか?と探しているようである。

「自分が畳んで貰いたいものと言うのはですね…。自分が作った物語で広げた風呂敷というやつなんです」

「………」

 タタミちゃんは一瞬だけ動きを止めた。瞬き一つしなかった。

男は(まさかダメなのか!!?)と戦慄したが、すぐに彼女の言葉が返ってきた。


「わかりました。その風呂敷、必ず畳んでみせましょう」


「やったー!!!!」


男は握り拳を握りしめてガッツポーズを取った。

タタミちゃんは、無言でテーブル上のデスクトップパソコンの前に座ると、片手をマウスの上に置いてカチカチと小説投稿サイトのマイページに勝手にログインし出した。

さすがは最近の都市伝説である。パソコンの扱い方にも精通しているようだ。


「……これはー… これはー… なるほど」

「ど、どうですか?面白いですか?」

「わかりません」

「……そうですか…」

「しかし、たくさんの伏線らしきものが散りばめられているのはわかります。ただの思わせぶりな発言・設定の匂わせに過ぎないかもしれませんが、これらの謎をすべて回収してから完結させる…というのでしたら、なかなかに文章量や技量を必要としそうですね」

「…さ、さすがタタミちゃんさん…。ちょっと読んだだけでそこまで、理解わかってしまうのか…」

「とはいえ、別に物語の伏線をすべて回収しなければいけないというルールがあるわけでもありません。謎の一つ二つ残す方が想像の余地が生まれるという意味では良いことかもしれないまであります」

「タタミちゃんさん…」

「とはいえ、あなたの望みはこの物語に広げられたこの大風呂敷を畳むこと…と言いましたね」

「はい!」

「では、まず最初の案は古来よりの古典的な手段である"夢オチ"です」

「ヒエッ」

「すべてが夢だったエンドは勿論、どの地点から夢だったのかを読者に想像させるようにわざと曖昧な表現を用いることや、結局それが夢か現実だかわからない 読者に判断を委ねるような手法など、そのパターンも様々です」

「え、えぇ…」

「曖昧にすることの利点は、どうしても解釈の仕方が多くなるため、作者が後になってあれにはこういう意味があったんだよとか後付けや言い訳がしやすくなることでしょうね」

「…いやいや、でもそれじゃあ、そこまでの展開や主人公たちの頑張りは一体何だったんだよとかなっちゃう気がするんですよね…。後味が悪くなりがちなのはちょっと抵抗があって―……」

「…そうですか?例え直前までがバトルシーンであろうと、恋人とのラブシーンであろうと、唐突にシーンをぶった切って、結末へとたどり着ける…なかなか優秀な畳み方だと思ったのですが」

「いやいや確かに畳み方としたらかなり大胆かつやってしまうと決めたら簡単な手段かも知れないけどさ…。少なくない落とし方である故に禁忌とされてる気もするね…最近だとね…」

「なるほどなるほど…では別の畳み方を考えましょう」

「お願いします」

「これは派手さとインパクトでは他の追随を許さない畳テクニックです。爆発させましょう。爆発オチなんてサイテーと言わせたら勝ちです」

「…さすが現代怪異と言うべきか…」

「宇宙の衛星から放たれたレーザー砲で吹き飛ばされると言うのもありですね」

(風呂敷本当に畳んでる!?吹き飛ばしちゃってるだけじゃない?????)

男が思わず首を傾けて唸り始める。

「…できれば…できれば…もう少し、もう少しだけ丁寧に畳みたいです…せめて風呂敷の原型は残す感じで…」

「なるほどなるほど……。では、あなたの望む物語の畳み方と言うのは、"全員が死ぬ"とか、"地球大爆発"などではなく、もう少し繊細な畳み方ということですね」

「…そ、そうですね!出来ればもう少しそれまでの流れを汲んで欲しいというか…」

「なるほどなるほど」

「大事に広げた風呂敷だから大事に畳みたい。その気持ちはわかります」

「…ありがとうございます。タタミちゃんさん…。」

「ですが、あなたに伝えなければいけないことがあります」

「え?」

「……私は何でも畳んでしまう。そういう存在です。このままでは、あなたが望む望まざるに関わらず、あなたの物語を強引に畳んでしまうでしょう」

「ええ?!」

「私は私の習性に従い、あなたがこだわりを詰め込んだ世界観も、愛着を持った登場人物たちの裏設定も、本当は特に理由を考えていないけど後で使えるかも…と思って思わせぶり言わせた意味深なセリフも…そのすべてを無視して、強引に物語を畳み、完結済のボタンを押してしまいます」

「…そ、そんな………」

「それを防ぐ方法は、もう一つしかありません」

「…!?それはどうしたら…!?」

「創造主であるあなたが、あなた自身の手で物語の終わりを書ききることです。それも、今からすぐに!」

「!!?」

「さぁ、一刻の猶予もありません。パソコンの前に座って、すぐに書き始めなさい。手を止めている暇は有りませんよ!!」


 こうして男は強引にパソコン前のゲーミングチェアに座らされ、キーボードの上で指を絶え間なく叩き続けることになった。

 全ての伏線を回収したいなんて言ってる場合ではなかった。

とにかく今は出来る限り、自分の書きたいシーンを、言わせたかったセリフを、表現したい文章を強引にでもねじ込んで、物語を終わりへと向かわせる。

 ゴールはわざと漠然とさせていた主人公の夢を叶えるというものにする。そして、達成感で幸せそうな主人公や仲間たちを描いた後、新しい目標や夢を見つけるまでの休息だ…という感じに〆るのだ。

 これで万が一続編を書きたくなった時にも安心だ!!!!

そんな風に男は必死になってキーボードを叩き、自らの生み出した物語を終わりへと向かわせている。

 これまで自分が愛情深く育ててきた物語を、他人にめちゃくちゃにされてなるものか…という思いが、とにかく自分の手で少しでも満足な形で畳まなくては…という使命感に繋がったのだろう。


 そう、今は未だ上手になんて畳めなくてもいい。

 例え、他人から見て不格好であっても。

 自分から見て満足が行くものでなかったとしても。

 何度も何度も諦めずに続けていくことで、きっといつか。

 納得がいくくらい上手に畳めるようになる。


 既にタタミちゃんの存在のことすら忘れて執筆に没頭する男の背中を優しい微笑みで見守りつつ、タタミちゃんは少しずつ透明になって消えていく。



 私たちの戦いは、まだ始まったばかりだ―――――――――!!!!


そんな風に言わんばかりの満足そうな表情を浮かべて。














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