先生

神澤直子

第1話

 私の高校の数学の先生は歳を取っている。

 私の学校の先生達の平均年齢はおそらく30代くらいで若いのだけど、その先生一人で平均年齢を上げている。

 背が高くて、金縁眼鏡の下の彫りの深い顔立ち。おそらく若い頃はイケメンだったのだと思う。シルバーグレイの頭髪をぴっちりと撫で付け、ピシッとした姿勢で歩く姿は几帳面な性格を物語っている。

 髪の色で私はこの先生を老人と思っているのだけど、でも顔に刻まれた皺はそこまで深いわけでもなくお肌のハリツヤもそこそこ。もしかしたら私が思っているよりもずっと若いのかもしれない。

 この先生、何を考えているのか全くわからない。

 いつも授業は淡々と板書をして、そのあとに教科書にある例題を解くと言うスタイルなのだが、例題の答えも私たちに答えさせるとかいうわけではなく、次の授業の頭で自らひたすら板書をする。

 わかりやすいかわかりづらいか、と言われるとわかりやすいとは思うのだが、それでもわからないところを授業中に質問できる空気ではないので、後々職員室までわざわざ聞きに行かないといけない。だから職員室に行くといつもこの先生の周りには数人の生徒が列をなしている。きっと勉強が嫌いな子はそんな面倒なことしないのだろうし、わからないままなんだろうなとも思う。

 職員室で教えてくれる時も、丁寧ではあるものの余計なことは一切話さない。淡々と説明だけして終わる。

 以前体育の先生とこの先生の話になったことがあるのだが、やっぱり体育の先生も「変な人だよ」と苦笑いをしていた。

 私はこの先生が笑っているところを見たことがない。


 でも、私はこの先生が妙に気になる。

 プライベートが一切見えないから余計気になっているのかもしれない。

 だから私は必要以上に難しく作られたテストの答案用紙(テスト自体は難しいけれどもなんだかんだで赤点以上は取れるような問題を作ってくれる)の端っこに『先生は動物は好きですか?』と書いてみた。

 どうせあの先生のことだ、そんなものは無視して--もしかしたら余計なことを書いた事で減点すらされるかもしれない。

 ドキドキしながらテストの返却を待った。正直、テストの点数よりも、あのメモに対する反応の方が気になった。

 当日になって、先生の低い声が静かな調子で私の名前を呼ぶ。私は少し緊張した面持ちでテストを受け取った。

 点数は45点。赤点は30点。

 けしていい点数とは言えないけど、それでもテストの難易度といつもの赤点ギリギリに比べればとても良い。

 私はテストの隅へ目を滑らせた。そう、それこそが本題なのだ。

 そこには赤いペンで


『最近白い子猫を飼いはじめました』


 と書いてあった。

 あまりに予想外の人間らしい可愛らしい回答に、私は脳内にシルバーグレイと同じ色の猫を抱き抱えて顔を綻ばせている先生の姿が思い浮かんで、思わず微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

先生 神澤直子 @kena0928

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ