第16話「縁の下の力持ちこそが、世の中を支えとるんやで」

●お悩みの内容


名前:森田浩二

年齢:47歳

性別:男性

職業:下水道管補修作業員


 夜の街を歩いていると、道を避けられることがあります。仕事柄、体に下水の臭いが染み付いているからでしょう。どんなに体を洗っても、完全には消えないんです。


 先日、息子の授業参観に行った時のことです。他の保護者から「臭い」という囁き声が聞こえて、息子が俯いているのが見えました。その夜、息子が「パパの仕事って、何でそんな仕事なの?」と聞いてきて、胸が締め付けられました。


 実は私、大学で土木工学を専攻していました。当時は大手ゼネコンに入社することが夢でした。でも、バブル崩壊で就職が厳しい時期で、縁あってこの仕事に就いたんです。


 最初は「一時的な仕事」のつもりでした。でも、実際に働いてみると、この仕事の重要性を痛感したんです。下水道が詰まれば街は機能しない。誰かがやらなければならない仕事なんです。


 マンホールの中に入って作業をしていると、頭上では人々が普通の生活を送っている。その日常を支えているという自負は確かにあります。でも、この仕事を誇りに思う自分と、社会からの冷ややかな視線に傷つく自分との間で、心が引き裂かれそうになることもあります。


 妻は「大切な仕事よ」と励ましてくれますが、息子に「下水道の仕事は恥ずかしくない」と胸を張って言えない自分が情けないです。


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●トラばあちゃんより


 浩二はん、まずこれだけは言わせてもらいたい。


 あんたの仕事は、この世の中で一番大切な仕事の一つやと、うちは思うで。


 108年生きてきて、戦争も経験して、いろんな苦労も見てきた。でもな、人間の文明を支えとるんは、浩二はんみたいな縁の下の力持ちなんや。


 昔、うちの家の下水が詰まったことがあってな。その時、あんたみたいな作業員さんが真夜中に来てくれて、何時間もかけて直してくれはった。その時の感謝の気持ち、今でも忘れられへんわ。


 息子さんの件やけどな、これはむしろチャンスやと思わへん? パパの仕事を理解してもらうええ機会や。


 例えばな、息子さんにこう説明したらどうや。「マンホールの下には、地下の大きな迷路みたいなものがあって、パパはその迷路を守る仕事をしているんや。この迷路が壊れたら、街中が大変なことになる。パパは、みんなの生活を守るヒーローみたいなもんやで」って。


 うちの若い頃、江戸時代の話を聞いたことがあってな。その頃は下水道なんてなかったから、町中が病気で大変やったらしい。今、日本の街がきれいで、みんなが健康に暮らせるんは、浩二はんみたいな人のおかげなんや。


 臭いのことで悩んでるみたいやけど、それはあんたが一生懸命働いた証やと思わへん? ゼネコンに入った人は、ネクタイ締めてきれいな格好してられるかもしれん。でも、あんたみたいに直接街を支えてる仕事の方が、よっぽど誇りを持てる仕事やと思うで。


 それに、土木工学の知識を活かして働いてるんやろ? そんな専門知識を持った人が、こうして街の下を守ってくれてる。そのことを、もっと誇りに思うてええんやで。


 浩二はん、今度息子さんと二人で、うちに遊びに来いひん? うちから見える川のせせらぎを見ながら、下水道の仕事の大切さについて、ゆっくり話したってもええと思うで。そしたら息子さんも、パパの仕事の本当の価値がわかってくれると思うわ。


 世の中には、人に見えへん所で頑張ってる人がおるからこそ、みんなが普通の暮らしができるんや。浩二はんは、そういう大切な仕事をしてはる。胸張って生きていってや。


 そうそう、昔の言葉に「下水道に携わる者は、文明の守り人なり」っちゅうのがあってな。ほんまその通りやと思うで。


 また何か話したいことあったら、いつでも来てな。今度は息子さんと一緒に来てや。うちも楽しみにしとるから!

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トラばあちゃんは知っている 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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