幸せな負け (ひーちゃんとパパ)
帆尊歩
第1話 ひーちゃんとパパ
負けることは死だ。
負けることは許されない。
僕はずっとこの言葉に縛られ、子供の時から戦ってきた。
両親は精神の奥底にすり込むようにその言葉を呪文のごとく唱えていた。
おかげで、負けることはなかった。
でも勝つこともなく、世の中間を浮遊するように生きてきた。
中間を浮遊とは言っても、上の下くらいの成績を維持し、上の下の高校に進学して、上の下の成績を取り、上の下の大学に入り、上の下の成績で、上の下の会社に就職して、上の下の営業成績で上の下の収入を得ている。
自己防衛としては御の字だ。
今の世の中何が起こるか分からない。
昔は当たり前だった、普通の人生を維持出来ているのは、負けるこは許さないという両親の教えのおかげで、両親には感謝しないといけない。
負けることは死ぬことだと言う教えがなかったら、全てにおいて上の下の状態で生きてはこれなかった。
そしてそんな中、上の下のくらいの女性と結婚して上の上の娘を授かった。
ちなみにこの上の下というのは、一番ではないが、二番くらいという意味だ。
相当に良い状態。
「ただ今」
「お帰りなさい、あなた」
「あれひーちゃんは?」と言った途端何かが足に触れた。
「わー」と言って僕はオオバーに転がる。
「ひーちゃんずるいぞ、パパが油断しているすきにパパの足を狙うなんて」
「パパお帰りなさい。今日もヒーちゃんが胸を貸してあげる」三歳のヒーちゃんは最近、お相撲にはまっている。
帰ると僕は三歳のひーちゃんの相撲技の餌食になる。
と言うか胸を貸すなんて言葉どこで覚えたんだか。
五回くらい僕はひーちゃんに転がされる。
そして、僕はひーちゃんに。
「もう勘弁してください。もう体が持ちません」と頭を下げる。
体が持たないのは事実だ、なんせ自分から、わざと転がるんだから。
どこかに当たると青たんになる。
「仕方がないな、今日の所は、この辺でかんべんして上げる。もっと修行しなさい」と三歳のひーちゃんは言う。
負けることはなんて幸せなんだろう。
ひーちゃんになら何度負けてもいい。
と言うかひーちゃんに負けることが何でこんなに幸せな気分になるのだろう。
「ちょっといい加減にしなさいよ」と妻が言う。
「何」
「ひーちゃん本気で自分はあなたより強いって思い込んでいる」
「別にそれならそれで。ひーちゃんにお相撲で負けると、とても良い気分。ほら負けは死と教えられてきたから、負けることはなんて気持ちが良いんだろうという発見があって」
「じゃあ。あたしにも負けるか」
「いや君に負けるのは、どんなカテゴリーでも、イヤ」
ひーちゃんをお風呂に入れる。
「パパ、えい。」と言ってひーちゃんは僕に張り手をして来る。
「ワー痛い、痛い、ひーちゃん、勘弁してください。」
「パパ、弱すぎ。この世の中で生きて行かれないぞ」
「はい。ひーちゃん。パパを守ってください。お願いします」
「しかたがないな。じゃあ、パパのことはひーちゃんがずっと面倒見てあげる」
「ほんとう、じゃあパパの体が動かなくなったら、お願いします」
「パパ、体、動かなくなるの?」
「うん、平均寿命よりの健康寿命の方が十年くらい早いからね」
「寿命ってなに?」
「うん、長くなるからまた今度ね」
「パパ。お願いだから。ひーちゃんにお相撲でわざと負けるのやめてね。ひーちゃんパパに負けたことがないから、自分が強いと勘違いしているんだから、この間だって保育園で男の子に勝負を仕掛けそうになったんだから。それに今からガツンと大人の強さを教えないと、反抗期とかになったら、殺されるよ」
「大丈夫だよ。ひーちゃんは弱いパパを一生面倒見てくれるって、約束してくれた」
「三歳児だまくらかして、将来の介護の約束取り付けないでよ」
「ひーちゃん、寝るよ、パパとねんねしよう」
「はーい、パパお歌、歌って」
「良いよ」
ひーちゃんは僕が歌を歌うとすぐ寝るんだよな。
負けるなんて死ぬことだと教わってきたけれど、ひーちゃんに負けることはなんでこんなに幸せなんだろう。
いつまでひーちゃんとお相撲が取れるかな。
いつまでひーちゃんは、パパより自分が強いって、思ってくれるかな。
でもその日まで、僕はひーちゃんい負け続ける。
だってひーちゃんに負けることは僕にとって、とっても幸せなことなんだから。
幸せな負け (ひーちゃんとパパ) 帆尊歩 @hosonayumu
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