初夜に「あなたを愛せない」と言われるのを察したので、先回りしました

アソビのココロ

第1話

 結婚初日の夜に言われる、『あなたを愛せない』の一言。

 悲劇の一類型だと思います。

 私ミカエラにも似たようなことがありました。

 

          ◇


「すまない。ミカエラに言っておかねばならないことがあるんだ」

「はい」


 ここは寝室、時は晩。

 所謂初めての夜の直前です。

 今日夫となりましたハロルド・イーストウッド侯爵令息が、真剣な顔をしています。


 子供っぽいと言われることの多い私も、少し頑張ってオトナなネグリジェにしてみました。

 侍女も親指を上げて応援してくれたのですが、色気が足りなかったでしょうか?

 ハロルド様が顔を伏せておられます。


 スコット子爵家の出である私ミカエラが、遥か格上のイーストウッド侯爵家の嫡男であるハロルド様に輿入れするのは理由があります。

 ハロルド様は前の奥様との間に御子が生まれず、離縁されて再婚なのです。

 それで本来であれば身分違いの私のところに話が回ってきました。


 ハロルド様は私より七つ年上で、大柄の逞しい殿方です。

 とても頼りがいがありそうで、この縁談が来た時は私も両親も大喜びしました。


「……オレはクレアを愛していてな」

「……そうでしたか」


 クレア様はハロルド様の前の奥様です。

 オルムステッド公爵家の御令嬢で、社交界の花と呼ばれたお美しい方です。

 ハロルド様が何を言いたいかわかってしまった気がします。

 思い切って口にしてみました。


「ハロルド様が仰りたいのは、『あなたを愛せない』とかいう方向性でしょうか?」


 ハロルド様が驚いたような顔をなさっています。


「……オレの言いたいことの一部を切り取るとそうなる」

「ああ、やはり……」


 夜の営みを否定されてしまう悲劇。

 話には聞いたことがありますが、我が身に降りかかると堪えます。

 しかし実は予想していないではありませんでした。

 お母様に言われていたのです。


『ハロルド様が愛妻家であったことは、社交界では割と知られた事実なのです』

『そうなのですか?』

『ええ、クレア様を忘れられず、ミカエラを相手にしないという可能性も考えねばなりません』

『そ、そんな……』

『一途な男性ということですよ? それ自体は悪いことではありません』

『お母様の言う通りですね』

『既にクレア様も他家に嫁がれました。チャンスです。ハロルド様を一度振り向かせればあなたのものです』

『そうかもしれませんが、どうすればいいのでしょう?』

『正攻法で難しければこれを使いなさい』

『何でしょうか?』

『精力剤です。それはそれはよく効きます。おほほ』


 お母様はどこで精力剤の効果を確かめたのでしょうね?

 私に年の離れた弟がいることと関係があるでしょうか?


 ともかく結婚式の時からハロルド様は難しい顔をしていらっしゃいましたので、これはとピンときました。

 屋敷に到着した後、すぐさまコックと侍女に協力を求めました。


『えっ? 精力剤ですか?』

『はい、どうもハロルド様はクレア様を忘れられないように思えます』

『それは……確かに』

『ハロルド様は潔癖なところがございますよ。ミカエラ様の御指摘も的外れなことはありません』

『残念ながら私はクレア様のような美貌は持ち合わせておりませんので、申し訳ないなあという気持ちはあります』

『いえ、そんなことは。ミカエラ様は大変可憐でございます』

『ありがとうございます。しかし私を真の意味で妻にしていただけないならば、イーストウッド侯爵家のお世継ぎの問題にも関わります』


 コックと侍女が大いに賛同し、味方になってくれました。

 クレア様でお世継ぎが得られなかったこともありますからね。

 ハロルド様のお夕食には精力剤が入っていたのですが……。

 効果が薄いのかそれとも私の魅力が足りないのか、どうやら私は抱いていただけないようです。

 悲しくなってしまいます。


 俯いたまま、ハロルド様がポツリとこぼします。


「……あなたを愛せない、とクレアに言われたんだ」

「クレア……様に?」


 えっ? どういうことでしょう。

 おしどり夫婦ではなかったのでしょうか。

 あっ、ハロルド様の一方通行?

 それでクレア様の再婚が早かった?


「クレアはオレのような大男は受け付けないようで」

「もしかして白い結婚でいらしたのですか?」

「ああ、そうだ」


 知りませんでした。

 白い結婚では御子などできるはずがないではありませんか。

 でもどうして今そのことを私に話すのでしょうか?


「クレアの分までミカエラを愛そうと思うのだ」


 あっ、私がお飾りの妻になってしまうというのは早とちりだったようです。

 よかった!

 

「ありがとうございます! 私は実直で逞しいハロルド様が大好きです!」

「そこで言っておかねばならぬことがあるのだ」

「えっ?」


 まだ何か障害がありますか?

 これは見当が付きません。


「オレは、その、女性としたことがなくてな」


 意外でした。

 いえ、クレア様一筋だったのなら当然なのかもしれません。

 何と一途で可愛らしいことでしょう!

 キュンキュンしてしまいます。


「優しくミカエラをリードできるとは思えん。先に謝らせてくれ」

「いえ、初めてなのは私も同じでございます。閨教育は一応受けておりますので、ともに……」

「それがどういうわけか、下半身がいきり立っておるのだ」


 おお、ハロルド様のハロルド様が大変なことに!

 あっ、精力剤の効果ですね?


「すまん、ミカエラ。もう我慢できん!」

「あっ、ハロルド様……」


 ハロルド様の大きなお身体が荒々しく覆い被さります。

 嬉しい、私を求めてくださるのですね。

 私の心配は杞憂でした。


 ドアの外で聞き耳を立てていた侍女がサムズアップしていたことを、二人は知らない。

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