そして、再び。

※三人称視点から始まります。


 人間と魔物を戦わせる闇の闘技場の事件を王国はもみ消そうとしたが、どこからか情報や証拠が流出し、王国へ対する不信感は増加していった。


 この事件にフーリー・タイガーズが関与したことで、世間は大怪盗の復活に沸く。


 しかし、その後、フーリー・タイガーズが再び悪事を働くことはなく、事件の際に死亡したのでは、という噂が流れた。




 闇の闘技場の事件から一年後。


 王国への不信感が高まり、各地で反乱を発生し、亡国の機運が高まっていく。


 それと同時に王国を支えていた貴族の不審死が続いた。


 やがて、一人の女怪盗が賞金首になる。


 素性は不明、顔や体型、しゃべり方や性格まで変えて、貴族に気に入れるように立ち振る舞い、夜伽に誘って殺す。


 しかし、必ず暗殺を成功させるわけではなく、何度かは失敗した。


 その際に背中の〝トーチの刺青〟が目撃されており、貴族たちは憎しみを込めて、女怪盗を〝トーチの娼婦〟またはトーチの刺青の共通点から〝フーリー・タイガーズの愛人〟と蔑んだ。


 一方で王国を憎む者たちはこの女怪盗を〝英雄娼婦〟と称えた。


 反乱と暗殺が続き、王国は弱体化の一途を辿っていく。


 


 さらに三年後。


「おい、今度は英雄娼婦が宰相を殺したぞ!」


 とある酒場で男が叫ぶと他の客たちは拍手をする。


 公共の場でこんなことを言われるまでに王国の権威は失墜していた。


「…………」


 酒場の隅で一人の男が酒場の熱気と壁を作って、酒を飲んでいた。


「失礼するね」


 その男の席の対面に一人の女が座る。


「この酒場の二階は個室になっているらしいね。そこで一緒に飲まない?」


 女は男を誘う。


 とびっきりの美人だったが、周りの男たちは女のことをまったく気にしていなかった。


「認識疎外の魔法か。そんなものを使って、なんで俺を誘う? 君に釣り合う良い男なら、他にいるだろう?」


 しかし、女は首を横に振る。


「私に釣り合う男はあなたしかいないよ」


 それから女は男の耳元に近づき、

「ご主人様って呼んだ方が良い? それともブラックさんかな?」

と囁く。


「!?」


 その瞬間、男は驚き、女を見た。


「…………なるほどな」


「気付いた?」


「顔は変わってもその笑顔は変わらないな、アステル」


 かつてブラックと名乗り、冒険者をしていた男は自分が買った奴隷と再会し、苦い表情をした。




※ここからは一人称になります。


 アステルは二階の個室を借りる際、数本の酒瓶も注文した。


「本当に金はあるんだろうね?」


 酒場の店主はアステルに疑いの視線を向ける。


「これで。おつりは要らないよ」


 アステルは金貨を一枚取り出した。


 途端に店主は笑顔になる。


「ありがとうございます。これもサービスしておきますね」


 店主は干し肉とチーズも付けてくれた。


「どうも」と言い、アステルは部屋の鍵を受け取る。


 俺は酒瓶とグラス、食べ物を持って、アステルの後を追った。


 部屋に入るとアステルは自分の顔に両手を当てる。

 一瞬だけ両手が光り、そして顔を変化した。


 四年の歳月で成長はしているが、俺の知っているアステルの容姿になる。


「今日は全部私が驕るよ。再会を祝して、飲もう!」


 アステルは一番高かった酒瓶の封を切って、二つのグラスに注いだ。


「ほら、乾杯しよう。…………どうしたの?」


「どうしたの? じゃないだろ。なんで俺がこの街にいることが分かった?」


「探したからだよ」


「探して見つかるものでもないだろう」


「うん、だから、探し始めて三年も経っちゃった」


「とんでもない執念だな」


「ねぇ、ブラックさん……えっと今はトマスさんだっけ?」


「ブラックで良い。それが一番呼びやすいんだろ」


 俺が言うとアステルは嬉しそうに笑った。


「ねぇ、ブラックさん、今度は私を連れて行ってよ。ううん、


「何を言っているんだ? それにやっぱり君とは一緒に居られない。あの闘技場の一件で俺が闇の世界の人間だと分かったはずだ」


「うん、分かったよ。あの時のブラックさん、怖かった」


「だったら……」


「でも、今は私だって、闇の世界にいるよ」


「なんだって?」


「これを見て」とアステルは小袋を取り出して逆さにする。


 中からは十数枚の金貨が出て来た。


 しかも、ただの金貨ではない。


 大貴族の家紋が刻まれた金貨だ。


 この金貨は流通せず、一枚しか存在しない。


 王国の貴族が代々、受け継いでいる金貨だ。


 そして、金貨には共通点があった。


「これは……」


 アステルが持っている金貨の所有者だった貴族は全員、噂の女怪盗に殺されていたのだ。


「全員、私が殺したんだよ」


 アステルは冷たい声で言った。


「まだ信じられないなら、これも見てよ」


 アステルは振り向き、服を脱ぎ、背中を見せる。


 そこには俺と同じ〝トーチの刺青〟が刻まれたいた。


 俺が「もういい」と言ったら、アステルは服を着て、向き直る。


「信じてくれた」


「ああ」


「怒ってる?」


「そうだな、怒っている。なんて馬鹿なことをしたんだ。君は折角、陽の当たる場所へ出れたのに……」


「そこに私の望むものは無いんだ」


「貴族を殺して英雄気取りか? それは自己満足だ」


「それって私に言っているの? それともブラックさんが自分自身に言い聞かせているの?」


 アステルはじっと俺を見つめた。


「私ね、ブラックさんがフーリー・タイガーズとしての活動を辞めるきっかけになった事件を調べたよ。解放した農奴たちに襲われたんでしょ?」


「…………ああ、そうだ。貴族を殺して、奴隷を解放した気になっていた。だが、奴隷たちにとって、俺が殺した貴族は『いい奴』だったらしい」


 アステルは力強く首を横に振る。


「そんなはずない。ブラックさんが殺した貴族は奴隷に食べ物だけを与えて、働かせる酷い奴だった。奴隷たちがブラックさんを恨んだのは、働いたら金銭を貰う、そんな当たり前のことを奴隷の人たちが知らなかったからだよ」


「だとしても、奴隷たちはあの生活に満足していたんだ。だから、俺を恨み、襲い掛かってきた。実際、奴隷としての生き方しか知らない奴らはそっちの方が……」


「そんなはずない!」とアステルは声を張った。


「知らないなら、知ることの出来る世界を作ればいいんだよ」


「俺たちに何が出来る? 所詮はお尋ね者、碌な末路が待っていないぞ」


「そうだね。このままじゃ、ブラックさんも私もいつかは捕まって、処刑台行きかも。でも、私はそうならない為に、次のことを考えているんだよ」


「次だって?」


「私わね、国を盗もうと思っているんだ」


「!?」


 アステルがとんでもないことを言ったので、俺は絶句した。


「実はね、各地で起きている反乱も、私がやっている貴族の暗殺も国を盗む為の下準備なんだ」


「反乱も君が扇動しているのか?」


 俺の問いかけに対し、アステルは首を横に振った。


「各地の反乱を扇動しているのはハンナさんだよ」


「なんだって?」


「あの人、ヤバいよ。いやさ、提案したのは私なんだけど、ノリノリで王国を打倒しようしているよ。それでね、各地で反乱は起きてるけど、まとまりが無いんだ。この反乱をまとめて、大きな勢力にする必要があるんだよ」


「君にそれが出来るのか?」


「策はあるよ。それにブラックさんが、フーリー・タイガーズが参加してくれたら、さらに成功確率は上がると思うな。ブラックさん、私と行こう。一緒に国を手に入れようよ」


 アステルは自信に満ちた表情で、酒の入ったグラスを俺の方へ突き出す。


 かつて助けた少女はとんでもない化け物だったのかもしれない。


 彼女なら出来るかもしれない、と思ってしまった。


「国を手に入れる、か。君はとんでもないことを言う」


 俺は笑い、グラスを持ち、乾杯をする。


 そして、一気に酒を飲み干した。


 アステルは俺が承諾したと思って、安心し、笑う。


「断る」


 だから、俺が拒絶したら、アステルはとても驚いた。


「ちょっと今の流れで断るってどうなの!?」


 アステルは子供っぽく、怒ってみせた。


 その表情は貴族を殺す女怪盗でも、国を盗もうとする野心家にも見えない。


 あの街、ハンナさんの店で売れていた頃のアステルと一緒だった。


 俺はそんなアステルに向かって、格好をつけて、悪い笑みを見せた。


「盗むっていうのは良くない」


 俺はいつかアステルに言った言葉を使う。


 するとアステルは俺の意図を察し、笑った。


 そして、持っていたグラスの酒を一気に飲み干してから、

「一緒に国を奪おうよ」

と言い直した。


「よし、話を聞こうか」


 俺は言いながら、空になったアステルと俺のグラスに酒を注ぐ。


「良いよ。でも、その前に別件で、奪って欲しいものが一つあるよ」


「なんだ?」


「私の処女」

「!?」


 酒を口に含んでいた俺は盛大に咽た。


「ちょっと大丈夫?」


「いきなり変なことを言うな。君が処女だって?」


 言った瞬間、アステルは不機嫌になった。


「酷いなぁ。私はブラックさんに操を立てたんだよ。それとも私が世間で言われているような、殺す相手と肉体関係を持つビッチになっちゃったと思った?」


「そこまでは思わないが、四年も経つんだ。君くらいの年頃なら……」


「そう、私くらいの年頃は飢えているんだよ。ブラックさんは酷いよ。買った奴隷を四年も放置してさ。…………だからね、今夜は素敵な夜にしてね」


 アステルは恥ずかしそうに言う。


 俺は二杯目の酒を飲み干し、「努力する」と返事をした。












※ここからは三人称になります。

 完全な蛇足かもしれません。



 少し先の未来、奴隷解放と貴族特権の撤廃を掲げて、反乱軍が発足する。


 その旗印は〝トーチ〟。

 初めはたったの百五十人だったが、三千……九千……と数は膨れ上がっていき、最終的には二十万の大反乱軍となって、王国を滅ぼした。


 そして、新たな国が成立する。


 元奴隷の初代女王、元奴隷の大英雄、元奴隷で元商人の初代宰相。


 そんな経歴を持つ者たちが創った国は繁栄する。




 さらに先の未来、女王は王政を廃した。

 そして、議会を設置し、政治を民衆に委ねる。


「私がやりたいことは全部やったからね。後は新しい時代の人たちに委ねようと思うよ……」


 余命僅かとなったかつての女王は呟く。


「もうすぐ会いに行くよ……だから、また三人で……ね……」

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【中編】冒険者、元貴族令嬢の奴隷少女を取り置きする。 羊光 @hituzihikari

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