別れ

※三人称視点になります。


 ブラックたちは馬を走らせて、闘技場の周辺から離れた。


 そして、野営の準備をしていた時、アステルが気を失ってしまう。


「相当、疲れていたんでしょう。大丈夫、ただ眠っただけですよ」


 ハンナに言われ、ブラックは安堵した。


「ハンナさん、アステルの体の傷、綺麗に治せるか?」


「出来ますけど、傷は気にしないんじゃないんですか?」


「俺は気にしない。――――だが、これから先、アステルが会う奴らは傷だらけの彼女を見て、それだけで避けてしまうかもしれない。偶然から始まった縁だが、アステルには幸せになって欲しい」


 ハンナはブラックの言い方で察し、悲しい表情になった。


「今回も消えるんですね。私を置いていった時のように……」

 

「俺はお尋ね者だ。俺と一緒に居ても幸せになれない」


「幸せの基準は人それぞれだと思いますけど?」


「…………」


 ブラックはハンナの言葉に対し、何も言わなかった。


「あなたは卑怯です」


「すまない」


「本当に卑怯。私だって、連れて行って欲しかった。――――いいでしょう。アステルのことは私が責任を持ちます」


「感謝する」


「その代わり、報酬はしっかり貰いますからね」


「俺の取り分からいくらでも取っていくと良い。それから残った金塊や宝石はアステルに…………!?」


 ブラックは突然、ハンナからキスをされた。


「何を勘違いしているんですか? 金塊や宝石程度で報酬になるわけないでしょう?」


 ハンナは上着を脱ぎ、続いて、ブラックの服を脱がそうとする。


「お、おい。アステルが傍にいるんだぞ!?」


「大丈夫です。あの様子だと朝まで起きませんよ。――それでは報酬を頂きます。良いですよね…………?」


 ハンナは切なそうに言う。


 ブラックは少しだけ間をおいてから、「拒否権が無いだろ」とぼやき、ハンナを抱き寄せた。






「あれ……?」


 アステルが目を醒ますと朝だった


 立ち上がり、周りの様子を確認する。


「そっか、野営の準備をしている途中で私、気を失ったんだ……」


 アステルは首元へ触れた。

 奴隷の首輪が無くなっている。


「起きたのね。朝食は食べられるかしら?」


 アステルの傍にはハンナがいた。


「おはよう、ハンナさん。……なんだか、ハンナさんの肌、ツヤツヤしてない?」


「そうかしらね?」とハンナは素っ気なく言う。


「……まぁ、いいや。それよりもハンナさん、私の首輪はどうしたの?」


「フーリーさんがあなたを買って、その上で、首輪を外してくれ、って言ったのよ」


「そっか。私、ブラックさんに買われたんだ…………」


 アステルの表情を見て、ハンナはクスリと笑った。


「どうしたの?」


「買われたのにそんな嬉しそうな表情をする奴隷、私は見たことが無かったのよ」


 ハンナに言われて、アステルは両手を両頬に当てた。

 顔が熱を帯びている、それをアステルは自覚する。


「そ、そうだ。ブラックさんはどこ? お礼を言いたいよ」


 アステルが聞くとハンナの表情は曇った。


「どうしたの?」


「あの人は出て行ってしまったわ」


「出て行った? 先に街へ帰った、ってこと?」


 ハンナは首を横に振る。


「街にはいないでしょうね。私の時もそうだったわ。あの人は他者を近づけないのよ。別の場所に行って、また名前と顔を変えるでしょうね」


「そんな…………私を買っておいて、もう捨てる気? 私にはもう何もないんだよ? ブラックさんまで居なくなったら……」


 アステルはハンナへ詰め寄った。


「これを置いていったわ」


 ハンナは魔具のバックを取り出し、逆さにした。


 すると中から金塊や宝石が出て来る。


「これはフーリーさんの取り分になるはずだったもの。これをあなたにおいていったわ。私の伝手でどこかの街に移動して、これを元手に何か商売でも初めても良いんじゃないかしら? あなたは頭も良いし、きっと成功するわよ。私がしたように……」


 ハンナは昔を思い出し、寂しそうな表情になった。


 アステルは宝石を鷲掴みにする。


「こんなもの要らないよ…………」


 アステルの声は震えた。


「それなら他の選択肢を考えることね」


「え?」


「あなたは私と違って、戦う術を持っているわ。それに良くも悪くもあなたは一人ぼっち。しがらみは無い。フーリーさんを追うことだって出来るわよ?」


 昔、ハンナがフーリーを追いかけなかったのは、彼女自身に戦う能力が無かったことも理由の一つだったが、最も大きかった理由は貴族から解放した他の奴隷のことを託されていたからだ。


 ハンナは元々、商人の家の娘だったので、生きる術、知識を持っていたが、他の者たちは幼い頃から奴隷だった為、一人で生きていくことが難しい。


 盗賊になるか、また奴隷に堕ちるか、そんな運命からハンナは多くの奴隷を救った。


「あなたがフーリーさんを追うと言うなら、私は止めないわ。それに入口までなら案内をしてあげる」


「入口?」


「フーリーさんが住む闇の世界の入口よ。私も何度かは修羅場を経験したわ。だから、裏にも少し詳しいのよ。でも、慎重に決めなさい。闇に堕ちたら、もう引き返せない。弱ければ、同族の者たちに消されて、強ければ、お尋ね者になる。フーリーさんのいる世界はそんな場所よ。それが嫌なら、堅実に生きることね」


「堅実に生きたって、この国は理不尽に人々を傷付けるよね?」


 アステルは今回のことの以前から王族や貴族の蛮行を耳にしていた。


 アステルの両親だった者たちも、僅かな領土を持っていた時、そこに住む民から異常な税を取り立てていたのを知っている。


「この国で堅実に暮らしても、いつか訪れる理不尽に怯えながら過ごさないといけない。そうだよね?」


「そうかもしれないわね」


「私は嫌だ。もう誰かに運命を決められたくない。私は自分の選択で成功して、失敗したい」


 アステルに迷いはなかった。


「後悔しないわね?」


「しない」とアステルは力強く即答した。


「分かったわ。それじゃ…………」


 ハンナは地面に散乱した宝石類の中から、一番大きいものを手に取った。


「闇の世界への案内料、それからあなたの身体の治療費の分にこれを貰っていくわね」


「ちゃっかりしているね」


「だって、私は商人ですもの。それに傷口の治療は完璧でしょ? 結構、大変だったのよ」


 アステルは自分自身の身体を確認する。


「そうだね。奇麗な身体になってる。これなら……」


 アステルは思わず出そうになった言葉を飲み込んだ。


 それを見たハンナは溜息を漏らし、苦笑する。


「さすが〝大怪盗フーリー・タイガーズ〟ね。あなたもしっかりと大切なものを奪われて、奴隷にされたようだわ」


「奪った? ブラックさんは何も奪ってないよ。私を奴隷にもしなかった。それどころか、自由もお金も与えてくれたし……」


「いいえ、奪っていったわ。あなたは一生、不自由になったのよ? …………だって、それを奪われた者は、奪った相手を一生、追ってしまうもの」


 ハンナは自身の胸に手を当てた。


「そっか……」と呟き、アステルも自分の胸に手を当てる。


「うん、そうだね。私、もう一生、奴隷から抜け出せないかも」


 アステルは恥ずかしそうに笑った。

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