脱出

 アステルは自分の両親へ視線を向ける。


 数秒の間にアステルの表情は三回変化した。


 最初は悲しみ、次に怒り、そして、最後は無関心。


 アステルが冷たいほど無表情になった時、俺は彼女の言葉が予想できた。


「その人たちは私の親なんかじゃないよ。だって、子を助けるのは親として当然でしょ? その人たちは私を助けてくれなかった。だから、親じゃないよ」


「なんていうことを言うんだ!?」と二人は怒鳴ったが、アステルは何も言い返さなかった。


「……もうこんなところに用はないな。行こう」


「……うん」


 俺たちは出口へ進む。


「待ってくれ!」

「待ちなさい!」


 アステルの両親だった奴らは叫ぶが、途中で悲鳴に変わり、最後には何も聞こえなくなった。


「大丈夫か?」


 震えるアステルに声を掛ける。


「平気……じゃないね」


 アステルはぎこちなく笑ってみせた。


「すぐにこんな場所からは逃げよう。近くに馬車を用意してある」


 俺とアステルは闘技場から脱出した。


「こんな場所だったんだね」


 アステルは闘技場の外を見渡して、呟く。


 闘技場の周りには何もない。


 大量の魔物を街の付近に待ち込むことは出来ないので、人のいない地域にこの闘技場を作ったようだ。


 とはいっても、これだけの規模の建物を国が認知していないはずはない。


 ここで行われていることを含めて、国は黙認、いや、もしかしたら、加担しているのかもしれない。


 本当にこの国は腐り切っている。


「そろそろ、待ち合わせ場所のはずだ」


 少し進むと二頭の馬が見えて来た。


「あの馬で逃げるの?」とアステルが尋ねる。


「ああ……」


 俺は周りを確認する。


「どうしたの?」


「ハンナさんがここで待機しているはずなんだが、いない」


「ハンナさんも来ていたの!?」


 まさか、魔物に襲われたか?


 だが、探しに行く時間も、連絡手段もない。


 どうするか、と考えていたら、


「そっちも上手く行ったようですね」


 そう言いながら、ハンナさんが現われた。


「どこに行っていたんだ?」


 俺が尋ねるとハンナさんはバックをポン、と叩いた。


「これは私の自慢の魔具です。バックの口に入れば、何でも収納できるんですよ。こんな風にね」


 ハンナさんは明らかに鞄のサイズよりも大きな金塊の像を取り出した。


「他にもこんなものもありますよ」


 今度は高価そうな宝石を取り出した。


「あの闘技場には闇オークション会場も隣接していたんですよ」


 ハンナさんはすました顔で俺の知らなかった情報を公開する。


「要は俺が騒ぎを起こしている間に火事場泥棒をしていたんだな?」


「ええ、その通りです。ただ働きは商人に流儀に反しますからね」


「俺への恩で動いていたんじゃないのか?」


「それはそれ、これはこれ、です」


 ハンナさんは不敵に笑った。


 まったくこの人は…………。


「フーリーさんとの分け前は半々で良いですか?」


「勝手にしてくれ」


 そもそも、この金塊や宝石を盗むことは予定になかった。


「えっと、なんか、二人とも距離が近くなってない?」


 置き去りにされていたアステルが質問する。

 少しだけ不機嫌そうだった。


「実は昔の知り合いだったことを知ったんだよ」


「昔の知り合い? どこで知り合ったの?」


「今はそんなこと、どうでも良いだろう。早く脱出するぞ」


「いいから、教えて」


 アステルの追及は止まらなかった。


「…………昔、同じ貴族の奴隷だったんだ」


「それって、ブラックさんが殺したっていう貴族?」


「そうだ」


「本当にそれだけ?」


 アステルは真っ直ぐに俺を見た。


 俺は思わず、視線を逸らす。


「それだけじゃない気がする」


 アステルは視線をハンナさんに移した。


「そうね、私のフーリーはそれだけじゃないわ。男女の関係。私がフーリーさんの筆おろしをしたのよ?」


 ハンナさんは面白そうに言う。


「ふ~~~~ん」


「男女の関係といっても、一晩だけだ」


 俺はアステルと視線を合わせずに言った。


 別に何も問題は無いはずなのに、言い訳をしているような気分になる。


「男女の関係があったことは否定しないんだね?」


「…………もう行くぞ」


 俺は馬に乗る。


「逃げた」とアステル。

「逃げたわね」とハンナさん。


「いい加減にしろ! 早く逃げるぞ!」


 俺が焦りながら言うとアステルとハンナさんは笑った。


「私は一人で乗るわ。アステルはフーリーさんに乗せてもらいなさい」


 ハンナさんが言うとアステルは複雑な表情になる。


「でも私、汚れているし、血だって……」


「俺は気にしない。その怪我では一人で馬を操らせたくない。いいから、乗れ」


「うん……」


 アステルは少し申し訳なさそうに俺の馬に乗った。


「もう少ししっかり腰に手を回せ。落とされるぞ」


「わ、分かったよ」


 アステルがしっかりと掴まったのを確認し、俺たちは出発した。


「ねぇ、あの闘技場、あのままで大丈夫? 魔物が外に出たら、大騒ぎにならないかな」


 少し馬を走らせてからアステルが尋ねる。


「ああ、それなら心配いらない。……そろそろだな」


「え? 何がそろそろ…………」


 直後、闘技場の方向から爆発音が響いた。


「な、なに!?」


「闘技場の各所に時限式の爆弾を仕掛けたんだ」


「じゃあ、あそこにいた人は……」


「死んだ。そもそも、大半は魔物に殺されていただろうがな」


 俺が冷徹に言うとアステルは体を震わせた。


「俺のことが怖いか?」


「怖くない…………って、言ったら、嘘になる。でも、私はブラックさんに惹かれる」


「そうか」


「……あのね、ブラックさん、私、あの貴族たちにみっともなく、私を買ってください! 命乞いをしたの。そんな私を軽蔑する?」


 アステルは言わなくても良いことを言う。


「死にたくないというのは当然だ」


「それにボロボロになっちゃった。こんな傷だらけの私、見苦しい?」


「どこが見苦しいのか分からない。君の何かが変わったのか?」


 俺が言うとアステルはホッとしたように息を漏らした。


「ねぇ、ブラックさん」


「なんだ?」


 アステルは一層、強く俺に抱きついてから、

「今度こそ、私を買ってくれますか?」

と言った。

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