フーリー・タイガーズ

※今回からフーリー・タイガーズの視点になります。


 ここまでの人生、碌なことをしてこなかった。

 俺はどうしようもない人間だ。


 でも、やり直すんだ。


 悪名を捨てて、冒険者として再出発しよう。


「……そう思っていたんだけどな。結局、俺の本質は変わらないか」


 周りを見渡す。


 どうやら俺の背中の刺青を見た観客たちにも正体がバレたらしい。


 さっきから『フーリー・タイガーズ』という懐かしい名前が聞こえてくる。


「さて、あいつはどこだ?」


 俺はランズベルク侯爵を探した。


 目立つ椅子に座っていたので、すぐに見つかる。


「まさか、お前がフーリー・タイガーズだったとはな!」


 声を拡張する魔具を使って、ランズベルク侯爵が話しかけて来た。


「一年ほど前に姿を消した大怪盗『フーリー・タイガーズ』がこの闘技場に現れるとは最高のショーだ!」


「俺はこんな悪趣味なショーに付き合うつもりは無い!」


 双剣を振った。


 俺の攻撃には風の魔法が付与されている。


 斬撃は飛び、ランズベルク侯爵に襲い掛かる……はずだった。


「なるほど、自分たちの安全は確保しているわけか」


 俺の攻撃は見えない壁に遮られた。


 この闘技場には観客席へ魔物が侵入しないように魔法防壁が張られているらしい。


「お前はショーの主役だ! おい、あの魔物を連れてこい!」


 ランズベルク侯爵が指示すると従者たちは驚きながらも従った。


 やがて、巨大な檻が運ばれて来る。


 俺がここへ来るまでに確認したのは小型の魔物ばかりだったが……


「こんな魔物までいたのか」


 目前に運ばれて来た檻の中にはドラゴンが入っていた。


 といっても小型のドラゴンだ。


 それに翼が不自然に切断され、飛行能力を奪われている。


「ドラゴンは第一種危険生物。捕獲や飼育は禁止されているはずだが?」


「そんな決まり、私には関係ない。いくら、フーリー・タイガーズが強かろうとドラゴンには勝てないだろう?」


 ランズベルク侯爵はあくどい笑みを浮かべた。


「ブラックさん、ううん、フーリーさん?」


 アステルは俺のズボンを引っ張った。


「君の呼びやすい方で良い」


「じゃあ、ブラックさん、逃げて。あなただけなら逃げられるんでしょ? 私はもういいよ。最後にブラックさんに会えたしさ……」


「ガタガタ震える君を残して逃げるなら、俺はここに来ていない。それに……に俺は負けない」


「え? この程度って、相手はドラゴンだよ」


 アステルは驚いていた。


 俺は笑う。


「金貨五百枚の賞金首の力を見せてやるよ」


 俺は久しぶりに可能な限りの魔力を双剣に込めた。


 この双剣はハンナさんに希望を出して用意してもらった特注品で、俺の膨大な魔力に耐えられるほど強靭な造りになっている。


「お前に恨みはないが、すまないな」


 襲い掛かって来る小竜に対し、斬撃を放つ。


 俺の斬撃をまともに受けた小竜は真っ二つになった。


「嘘…………。ドラゴンの鱗は鋼鉄みたいに固いはずじゃ……」


 アステルは呆然としていた。


 観客席も騒然となっている。


 俺はランズベルク侯爵に剣を向けた。


「次はお前だ」と宣言するとランズベルク侯爵は恐怖で顔を引きつらせる。


「お、おい、あの賊を捕えろ! 外に配置している近衛隊を呼べ! そもそも、なぜ近衛隊はこいつの侵入を許した!?」


 ランズベルク侯爵は大声で怒鳴る。


「残念だが、お前の私兵は来ない。いいや、もういない」


「どういうことだ?」


「全員殺した」と宣言するとランズベルク侯爵は腰を抜かす。


「ば、馬鹿な私の近衛は百人もいるのだぞ!?」


「俺と喧嘩がしたかったら、せめて一個師団くらいは連れてこい。…………さて、無駄話はこれくらいで良いだろう」


 俺は小竜を真っ二つにした時と同じ威力の斬撃を魔法防壁へ放った。


 目に見えない魔法防壁は一瞬だけ割れたガラスのように可視化され、消滅する。


「さぁ、これでお前と俺の間には何も無くなったな」


「ひ!」とランズベルク侯爵は悲鳴を上げる。


 他の貴族たちも大混乱に陥り、逃げ出した。


 しかし、その直後、出口の方へ逃げた貴族が悲鳴を上げて、闘技場内へ引き返して来る。


 その貴族の首元には魔狼が噛み付いており、すぐに絶命した。


 一人の貴族が魔狼に殺されると混乱はさらに拡大する。


 そして、各出入り口から魔物が殺到した。


「ブラックさん、何が起きているの!?」


「手当たり次第、魔物の檻を壊しながら、ここまで来た。俺一人でここのゴミを掃除するのは大変だから、魔物に手伝ってもらうことにしたんだ」


 闘技場、観客席へ放たれた魔物は次々に貴族を襲った。


「ここの魔物はほとんど食べ物を与えられていなかったようだ。食える物なら何でも喰うだろうさ」


「それって私たちも危ないんじゃ……」


「心配ない。魔物っていうのは自分よりも強い相手には逆らわないものだ。俺に襲い掛かるより、簡単に狩れる獲物がいれば、尚更だ」


 俺の言葉通り、魔物は俺たちを避けていく。


「さぁ、俺たちは堂々を正面から出て行こうか」


「え? あっ、ちょ…………!」


 俺はアステルを抱きかかえ、観客席まで飛んだ。


「も、もう大丈夫! 自分で歩けるから!」


「そうか。無理はするなよ」



 俺たちが闘技場を後にしようとした時、「ま、待て!」とランズベルク侯爵が叫んだ。


 声のした方向を見るとランズベルク侯爵は巨大な蛇の魔物に飲み込まれている途中だった。


 すでに体の七割ほどは飲み込めれている。


 ランズベルク侯爵の姿を見て、アステルは驚く。


「た、助けてくれ! 金ならいくらでもくれてやるから!」


「金なら奪えばいい。お前から与えられる必要は無い。だが、俺の気紛れで慈悲をくれてやる」


 ランズベルク侯爵の表情が緩む。。


 俺は傍に落ちていた小剣をランズベルク侯爵に投げつけた。


 小剣はランズベルク侯爵の手に刺さり、悲鳴を上げる。


「何をする!?」


「何って、自決用の剣を投げてやったのさ」


「!?」


 ランズベルク侯爵の表情が絶望で真っ青になった。


「早くした方が良いぞ。蛇の魔物に丸飲みにされたら、しばらく死ねず、苦しむらしい。それに比べれば、喉を切り裂くのは一瞬の苦痛だ」


「…………」


 ランズベルク侯爵の自分の手から小剣を引き抜き、見つめていた。


 その間にも蛇の魔物はランズベルク伯爵を徐々に飲み込んでいく。


「ふ、ふざけるなよ! 私は大貴族! 侯爵だぞ!」


 ランズベルク侯爵は俺に小剣を投げつけた。


 その小剣は俺に届かず、遥か手前に落ちる。


「だから、俺はあんたを助けないんだよ」


「嫌だ! こんな死に方は絶対に嫌だ! 嫌だぁぁぁぁぁ…………」


 ランズベルク侯爵の断末魔は途中で聞こえなくなり、蛇の魔物に飲み込まれた。


「…………うっ!」


 衝撃的な光景を見たアステルは嘔吐する。


「見るのが辛いなら目を閉じていろ。俺が手を引っ張ってやる」


「だ、大丈夫。これ以上、迷惑はかけたくないよ……」


 アステルは真っ青な顔で言う。


 精神的にも肉体的にも限界だ。


 早くこの場を立ち去ろう。


 そう思って、闘技場の出口に辿り着いた時だ。


「アステル!」と呼ぶ声がした。


 俺が視線を向けると肥えた貴族の夫婦が魔狼に囲まれていた。


「お父様……お母様……」


「なんだって?」


 アステルの言葉に驚く。


 じゃあ、こいつら、アステルを売ったのか。


「た、助けてくれ! アステル! 親を助けるのは子として当然だろう!?」


 男の貴族が叫ぶ。


「そうよ!」と女の貴族が続いた。


 こいつらに助ける価値はない。


 しかし、それでもアステルの両親だ。


 だから……


「アステル、君はどうしたい?」


 俺は決断をアステルに委ねた。

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