二つの種類の涙

※引き続き、アステル視点になっています。




 私が絶望している中、檻が開き、トロールが出て来る。


 これから死ぬんだ、と思い、身体から力が抜けた。


 私はその場に座り込む。


 観客たちは溜息を漏らした。


 そして、「ふざけるな、戦え!」「奴隷が藻掻く姿が見たいんだ!」「大金を賭けているんだぞ!」などと罵声が飛んできた。


 この人たち狂ってる。


 どうして人間が殺されるところを見て楽しめるの?


 もう嫌だ。


「おい、立て」


 ランズベルク侯爵の声がし、俯いていた顔をあげる。


 どうせ死ぬ。

 だったら、この男のご機嫌を取る必要ない。


 私はランズベルク侯爵を思いっきり睨みつけた。


「そんな眼をしても怖くもなんともない。それよりも戦え。あの男の元へ行きたいのだろう?」


 ランズベルク侯爵の言葉でブラックさんのことを思い出す。


 もう一度だけ会いたい、という感情が湧き、私は落としてしまった剣をまた手に取り、立ち上がった。


 トロールの動きはとても遅い。


 でも、学校の魔物生態学の授業で、皮膚がとても硬いことは知っている。


 皮膚は剣を通さない。


 ダメージを与えられるとしたら…………。


 私はトロールの動きに合わせて、ジャンプした。


 そして、トロールの丸太のような腕に着地し、肩まで移動する。


「ここ!」


 私はトロールの右目に剣を突き立てた。


「ウォォォォォォォ!」というトロールの叫び声で、私の体は硬直してしまった。


「…………!」


 そして、トロールは暴れ、私は振り落とされ、地面に落ちる。


 激痛に耐え、体を起こし、トロールを確認した。


「あ…………あぁ…………!」


 トロールは倒せなかった。


 右目に刺さった剣を抜いて握り潰し、鉄屑に変えてしまう。


 もう私には武器も体力も魔力も残っていなかった。


 観客たちは落胆したり、歓喜している。


「え……?」


 観客たちの中に知っている顔があった。


「お父様に、お母様?」


 私をこんな状況に追いやった両親が観客席に座っている。


 見間違いで無いことを確認する為、私は二人に近づく。


 トロールは潰れた目を気にしているようでまだ襲ってこない。


「お父様! お母様!」


 私が叫ぶと周囲の人たちの視線が二人に集まる。


 お父様とお母様は気まずそうだったが、立ち上がって私と視線を合わせた。


「助けてください! このままだと私は死んでしまいます!」


 私は必死に訴えたが、無駄だった。


「お前のような奴隷は知らない!」


 お父様はそう吐き捨てる。


「そうよ、いくら死にたくないからって、私たちを親と呼ぶなんて卑しい奴隷ね!」


 お母様もそう言う。


「そんな……」


「早く戦え! 私たちはお前がトロール勝つと思って、全財産を賭けたんだ!」


 もう絶望はし尽くしたと思ったけど、まだあったらしい。


 両親に「知らない」と言われたこともショックだったが、それ以上にお父様が「トロール勝つ」つまり、私が五回戦で死ぬことに賭けていることを知り、涙が溢れて来た。


 そんな私を見て、観客たちは笑った。


 本当に狂ってる…………


 振り向くとトロールは私の方へ向かってきた。


「もういいよ…………」


 私は目の前に迫るトロールから逃げなかった。


 逃げれば、もう少しだけ生きられるかもしれない。


 でも、それはさらに観客を楽しませるだけ。


 もう見世物になるのはうんざり。


「せめて、楽に死なせて……。苦しいのは嫌だよ……」


 トロールに私の言葉なんて通用しないだろうけど、そう願った。


 トロールの太い腕が目前に迫る。


 もう少しでトロールに捕まり、私は殺される。


 私は覚悟を決め、目を閉じた。




「まったくこんなギリギリになるとは冒険者家業で腕が落ちたか」




「…………え?」


 聞き慣れた声がし、目を開けるとトロールの首が斬り落とされ、地面に落ちた。


 一瞬でトロールが死んだことにも驚いたけど、それ以上の衝撃を目撃する。


「遅くなってすまない。アステル」


 双剣を手に持ったブラックさんが立っていた。


 ブラックさんは一度、双剣を鞘にしまう。


 そして、自分の上着を私に渡した。


「アステル、これを着ていろ。今の恰好はその……目のやり場に困る」


 言われて、やっと自分が裸同然の恰好になっていたことに気付く。


 顔が熱くなった。


 ううん、そんなことで恥ずかしがっている場合じゃない!


「どうやってここへ来たの? ううん、どうして、ここへ来たの!? こんな事したら、ブラックさんは……!」


 私の頭をブラックさんは優しく撫でてくれる。


「心配するな。今更、貴族に喧嘩を売った回数が一回増えたところで大したことじゃない。いいから、服を着ろ。そんな姿をここにいるに見せたくない」


「うん…………」


 さっきとは違う種類の涙が溢れてきた。


 私はブラックさんから受け取った上着を着る。


「傷も酷いな。すぐに帰ろうか」


 ブラックさんは振り向き、再び双剣を抜いた。


「!?」


 上半身裸になったブラックさんの背中には刺青が入っていた。

 それだけなら驚かなかったと思う。


 だけど、ブラックさんの背中にあった刺青は〝トーチ〟。


 双剣とトーチの刺青の組み合わせは有名で〝大怪盗フーリー・タイガーズ〟の特徴と一緒だった。


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