君がめざす遠い星

シンカー・ワン

光の星

 ……いらっしゃい。これはこれは、珍しいお客さんだ。

 雑誌の記者さんが、こんな年寄りに何の用ですかな? ……あぁ、その話ですか。

 はい……はい、もちろん知っていますよ、えぇ。たぶん、誰よりも私が一番詳しいでしょうね。

 あなたも、それで私のところへ来られたんでしょう?

 信じるかどうかの判断は、お任せします。 

 それじゃ、私の大切な友達の話をしましょうか。


 

 あれは……もう八十年以上も昔になりますか。

 私の住んでいた町の、外れにある空き家に春先から少年がひとり、住み着いていたのです。

 浮浪児なんか珍しくない時代でしたから、その類だろうと大人たちは口にしておりました。

 当時の私より少し年上の、十歳くらいに見える少年は、見たことのない制服っぽいものを着ていましてね、それでここいらの生まれではないことが知れました

 学校へは通っておらず、日中はいつも町中をリヤカーを引いて回って金物のガラクタを拾い集めてました。

 金属廃品回収で生活しているのだろうと、皆そう思っておりました。

 半分は当たっていました。……本当の目的は違っていたのですが。

 少年……彼は、空き家の狭い庭に、集めた金物で奇妙なものを作っておりました。

 ガラクタをパズルみたいに組み合わせて、立体像……オブジェというのかな? そういう感じのものです。

 浮浪児が珍しくないといっても、子供がひとり、勝手に空き家に住み着いて生活をしているのです。問題にならない訳がありません。

 警察、地区の民生委員やらが彼を訪ねることが何度もあったそうです。

 ですがその度に、警察も民生委員も「なんの問題もない」とうつろな目をして帰って行ったとか。

 彼には不思議な力があり、それを使って追い返していたそうです。

 "なにも問題はない" という暗示をかけた上で。 

 どうしてそんなことが出来るのかと訊いたら、庭のオブジェを指さして、

「あれと一緒に教えてもらった」

 と答えてくれました。

「誰に?」

 と私が尋ねると、黙って上を向いて空を指し示しましたよ。

 彼が居なくなってから、あれは空じゃなくてもっと上を指していたんだと気が付きましたけど。

 町のうわさになっていた彼のところには、子供たちが好奇心に任せてよく覗きに行っていたもので、私もその中のひとりでした。

 ですが彼には私たちなんか目に入ってなくて、無視されていましたよ。

 ボロ屋の庭の朽ちかけた塀越しに、何人もが声をかけるんです、"何してるのか?" って。

 彼は一切答えることなく、ガラクタを手にとってはあーでもないこーでもないって感じに手を動かしていました。

 声をかける、無視。これを何度繰り返したことか。

 そのうちに、年長のガキ大将格と数人の取り巻き達が、無視され続けるのに腹を立てて、庭に入り込んで文句を言いだしたのです、

「なんか言え」

 と。

 けど、彼はそれすら無視し続ける。

 入り込んだ連中は彼の態度にますます腹を立てて、彼ではなくオブジェの方に目を付けました。

「なんだ、こんなもの」

 なんて言いながら、壊してしまったのです。

 いい気味だって顔をしてる連中は、今度こそ何かしらの反応があるだろうと思ったのでしょう。

 私もそう思いました。

 だけども、彼は黙ったまま、庭に散らばったオブジェの残骸を拾い集め、組み立て直し出しました。

 壊した連中も子供なりのプライドを傷つけられたのでしょう。

 それからオブジェがある程度組み上がる度に、連中は庭に入り込んでまた壊すことを繰り返していました。

 私は塀の外からそれをいつも見ていたのです。

 連中の何度目かの破壊行為の後、彼が口を開きました。

 "なんでお前たちは自分の邪魔をするのか?" と。

 ガキ大将格の子は、やっと反応が返ってきたことが誇らしかったのでしょう、胸を張って言いましたよ、 

「お前が生意気だからだ、気に食わない」 

 ってね。

 その言葉に彼は大きなため息を吐いて、それからいつものようにバラバラにされた残骸を拾い始めました。

 相手にしていられないって態度なのが、傍で見ている私にもわかりました。

 そんな態度が頭にきたのでしょう、ガキ大将格が、

「何とか言えよっ」

 って大声出して、彼の背中を蹴ったのです。

 それがきっかけになって、取り巻き達も彼に飛び掛かっていきました。

 塀の外で、年少の子たちと一緒に見ていた私が、大変だって大人を呼びに行こうと塀に背を向けた時です、

「う、わあぁぁぁぁぁっ」

 ガキ大将たちのおびえる声が響きました。

 振り返り、庭を見た私が目にしたのは、逆様になって宙に浮く、ガキ大将と取り巻きたちの姿でした。

 何が起きたのかよくわかりませんでしたが、

「もうここには来るな」

 感情を抑えたその言葉で、彼がやっていることなのが知れました。

「もう邪魔はするなっ」

 抑えた、けれど強い響きのある彼の言葉に、ガキ大将たちは泣きながら言葉にならない声を返すのがやっとの様子でした。

 地面へと戻されたガキ大将たちは後ろを振り返ることなく、泣き声を上げながら走り去って行きました。

 宙吊りにされたことが、よほど怖かったのでしょう。

 それからガキ大将たちは彼へとちょっかいをかけることは無く、近づくことすらしなくなりました。

 年少の子供たちもあの光景が恐ろしかったのでしょう、ガキ大将たちに右に倣えしていましたよ。

 私は違いました。

 あの光景を見て、逆に彼に強い関心を抱いたのです。

 けれど、彼が邪魔をされるのが嫌なことはわかっていましたから、塀越しに見ているだけにしておりました。

 たまに、本当にたまになんですが、自分で拾った金物のガラクタを、こっそりと彼の庭に置いたり。

 毎日毎日、塀越しにただ見ているだけ。

 ガラクタを手に取って、組み上がっているオブジェを見つめ、地面に模様のような記号のような不思議な文字を書いては消し書いては消し、納得してからパーツを慎重に組み込んでいく。

 そんな彼の行動を見ているのがなぜか楽しくて、ずっとずっと彼の庭に通っておりました。

 通い続けてどれくらい経ったでしょうか?

 夏が過ぎ去り、秋も終わろうとしている頃、

「おい」

 と、声をかけられました。

 オブジェ以外に気を向けることのないはずの彼からです。

「おい」

 びっくりして返事が出来ないでいる私に、もう一度声がかけられました。

「なんでお前はいつも見ているんだ?」

 あの抑えた声です。怒らせてしまったかと、

「じゃ、邪魔してた?」

 恐る恐る私が言うと、彼は首を横に振り、

「邪魔じゃない。なんで見ているのかを訊いてる」

 繰り返し問うてきます。

「……面白い、から」

「面白い?」

 何とか口にした私の言葉に、いぶかしげに彼。

「うん、面白い。それが」

 口を利くことが出来たからか、私は庭の中ほどで、家の屋根よりも高く、塔のように組み上げられたオブジェを指さし、

「それが出来上がっていくのを見るの、すごく面白いっ」

 と、溢れてくる思いを抑えることなく告げていました。

 興奮したままの私とオブジェを交互に見て、彼が言ったのは

「変な奴だ」

 の一言。

 それから興味を失ったように私に背を向け、作業に戻っていきました。

 私の方は彼と初めて会話ができたことで、かなり浮かれてましたよ。

 すごく嬉しかったのを、よく覚えています。

 その後、もう来るなとか、そういうことを言われなかったので、また毎日通いました。

 たまに私の存在を思い出した彼が、

「また来てるのか」とか「飽きないな」とか、声をかけてくれるようになったのは、大きな変化でした。

 今日は声をかけてくれるだろうか? 話ができるだろうか?

 彼のところへ通う理由が増えて、毎日楽しかったですね。

 冬の深まる頃には、短いですけど会話ができるようになっていました。

 春が近づいてきたある日、作業を終えた彼が私を呼びこみ、隣に座らせると長い話をしてくれました。

 彼の生い立ちや、不思議な力のこと、オブジェを作る理由を教えてくれたんです。

 ここから遠い、ずっと遠くの北にある小さい村に、彼は住んでいたそうです。

 詳しい理由までは言ってくれませんでしたが、そこに住めなくなって、あっちこっちに流れているうちに家族はバラバラに。

 棄てられたのだと、独りにされたのだと、彼は言ってました。

 ひとりぼっちになってから、今居るここへ流れ、あの空き家に住み着いたのだと。

 この町に居ついてからのある夜、空腹で眠れずにいた時、声が聞こえてきたそうです。

 頭の中に直接響いてきた声は、彼が望むならここから別の星に連れて行ってやる、そう言ってきたと。

 連絡を付けるために必要な物を作る方法、それを邪魔させないための力の使い方も、その時に教えてもらったものだと。 

 彼も空腹で幻聴を聞いたのだと、初めは思ったそうですが、頭の中に見たこともない文字のようなものが浮かび、その意味が解ること、そして不思議な力が本当に授かっているのを知って、迎えを呼ぶことを決めたんだそうです。

「この星には、何の未練もない」

 彼は清々しいくらいに言い切っていました。

 彼のこれまでを考えれば、そう言ってしまう気持ちはわかります。

 彼にとって、この地は、この世界は、嫌な思い出しかありませんからね。

 私にはそんなことは言えません。 

 家族もあります。世の中も彼ほど知っていない子供です。

 この先に、まだまだ楽しいことや面白いことがあるかもと思っていましたから。

 私の言葉に、

「お前はそれでいい」

 って、彼は笑って言いました。

 彼の笑顔を見たのは、その時が初めてで、見られたことが何かとても嬉しかったですよ。

 長い打ち明け話を聞いた数日後でした。

「装置はできた。今夜迎えを呼ぶ。お別れだ」

 突然の宣言でしたけれど、なんとなくわかっていました。

 彼が身の上話をしたときに、別れが近いだろうことが。 

 それでも、やっと話ができるようになったのです。

 別れることが寂しかった私は言ってしまいました、"もう会えないのか" と。

 半泣きで言う私に、彼は、

「……お前がこの世をもういいやって思った頃に、その気があるなら迎えに来てやる」

 優しく笑って言いました。

「……約束、だよ?」

 ぐずぐずと返す私に、

「約束だ。お前は友達だからな」

 と、言ってくれました。

 友達だと、彼が、独りなんだと言っていた彼が、私を友達だと言ってくれたのです。 

 流していた涙が、寂しさからか嬉しさからなのか、よくわかりませんでしたよ……。

 その夜、地上から光の柱が空に昇って行ったと、翌日町中の噂になってました。

 彼の家の庭のオブジェは、焼け焦げたわずかなパーツが残るだけで、跡形も無くなっていました。

 彼の姿も、町から消えていました。

 所詮は浮浪児、また別の土地へ流れていったのだろう。

 町の大人たちは、皆そう言ってました。

 彼が迎えを呼び、それと共にこの地を去ったのだと、知っているのは私だけだったでしょう。

 町から彼の姿が見えなくなって、再び空き家となったあの家を、警察が調べたんです。

 わずかな生活用品、数枚の着替え、一組の布団。筆記用具と、模様のような記号のような不可思議な文字がびっしりと書き込まれたノートが数冊、残っていたのはそれだけだったそうです。

 その後、私はごくごく平凡な人生を歩みました。

 学校を出て、仕事に就き、妻をめとり、子に恵まれ、孫、そして曾孫の顔を見ることが出来ました。

 妻には先立たれ、今はこうしてベッドに横たわる身ですが、なにも悔いはありません。

 自分の思うように生きることが出来ました。

 家族にも彼との思い出は話しています。

 いつか彼が迎えに来てくれるだろうってね。

 それを言うと、みんな笑うのを堪えていますけど。

 もう、何も思い残すことはありません。充分生きました。

 あとは、お迎えを、――彼を待つだけです。

 もっとも、来てくれるかは、わかりませんけどね。

 

 ……長々とお喋りをしたせいか、ちょっと疲れました。

 少し休ませてもらいますね。

 ――あぁ、いいんですよ。

 私も久しぶりに彼の話が出来て、嬉しかったですから。

 はい……はい。お仕事頑張って。

 ――ふぅ……。ああ、よく眠れそうだ……。


「……もう、いいのか?」

「――あぁ、君は! ……迎えに来てくれたんだね」

「約束しただろう?」

「うん。――うん、そうだね、約束したね」

「果たしに来たぞ」

「ありがとう……。でも君は、あの頃とあんまり変わらないね」

「光の速さを超えて生きているからな。年の取り方が遅いんだ」

「私はこんなに年寄りになったのに、ずるいなぁ」

「大丈夫。ここを離れれば、年なんて関係なくなる」

「そうなんだ? それはいいな」

「まぁな。――それより、もう一度聞くぞ、もういいのか?」

「――あぁ、いいよ。ここに思い残すことはない、連れて行ってくれ」

「よし、行こう一緒に!」


 幼子が、ベッドで穏やかな顔をしている老人の顔を見つめ言う。

「ひぃじぃじ、ねむってん?」

 その母親だろう、若い女性が我が子を抱きしめたまま、震える声で答える。

「――えぇ、ええ。よく……眠っているわね」

「ひぃじぃじ、わらってる」

 静かに横たわる老人の顔に、モミジのような小さい手のひらで触れながら、幼子が言う。

「そ、うね……。きっと、いつも話してた……お友達に会えたのよ……」

 嗚咽を堪えながらの若い母の言葉に、幼子は朗らかに答えた。

「ひぃじぃじ、うれしそう」 

 老人の顔はとても満足げな表情を浮かべていた。

 思い残すことはなにもない、そんな顔を。


 真昼の蒼天を、遥か高みへと昇っていく光があった。

 それがなんであるかを知る者は、もういない。

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