黒い薔薇のある永遠

鹽夜亮

黒い薔薇のある永遠

 私は、私のもっとも愛する歌手の歌声を聴くべく、友人とそこへと向かっていた。会場は何階だろう。長い階段を登る。途中のフロアで、私はトイレを見つけた。

「あートイレ寄ってくる」

「さき行ってるよ」

 その会話の後、私が友人を見ることはなかった。

 また階段を登る。会場に着いた。

「彼女」の歌声を聴いた。それは素晴らしかったに違いない。だが、私にとってどうやらそれは大した意味を持たなかったらしい

 黒と紅の入り混じったドレスを纏う彼女が、舞台袖から私に手招きをした。私はそれに誘われるように、彼女に近づいてゆく。

 彼女の行く先には、扉が一つあった。それは屋上へ続く唯一の階段に違いなかった。彼女は、何も話さずに、ただ私の半歩前を進んでいく。私は、それに続いた。

 彼女から発せられる体温が、甘い香りが、私を包み込む。何という幸福だろう?何と幸せな刹那であろう?

 彼女はついに屋上へと続く扉へとたどり着いた。そこで彼女は、私に背を向けたまま崩れ落ちるように座り込む。

「あの人たちがいたらダメ」

 その言葉の意味するところを察した私は、横にある窓から、地上でこちらを見守る両親へと、何処か他の場所へ行ってとジェスチャーを送る。両親はそれを見て、消えた。

 彼女は立ち上がった。扉に手をかける。

 扉の先には、無機質な、何の用途もない屋上があった。彼女は歩いてゆく。私は、それに続く。

 やがて屋上の端に辿り着いた。柵はない。人が来るような場所ではないのだろう。

 彼女が、屋上の、まさに際に立ち、くるりとこちらを振り向く。その微笑みとふわりと漂う甘い香りに、私は吸い寄せられた。

 彼女が落ちてゆく。そのままの、表情と体勢で、私に手を伸ばしたまま。まるで抱き締めようとするかのように。

 私は当然、それに続いた。

 

 落ちてゆく。

 落ちてゆく。


 永遠に思える時の中で、私は彼女だけを見ていた。空に舞う黒と紅のドレスが、まるで翼を広げるかのように彼女の背中から生えている。甘い香りと、微笑みと、その翼に、私は包まれる。


 落ちてゆく。

 落ちてゆく。

 落ちてゆく。


 全ての幸福を、彼女に包まれながら。

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黒い薔薇のある永遠 鹽夜亮 @yuu1201

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