第7話 真なる名
夜が明けた。長い長い夜が明けた。
レノと交代とはいえ、一晩中太鼓を叩いて歌を歌い続けたのだからたまらない。やっているうちは何故か平気だったのだが。
起きだした子供たちに夜空絹の回収を任せ、俺はレノと二人並んで熱く黒い茶をすする。
「うっすら苦いけど、なんだこの茶は」
「タンポポの根を炒ったやつ」
「何の意味が?」
「ほんとは貧血防止とか色々。今は気つけになるなら何でもよかった」
二日酔いと睡眠不足だ。レノも酷い頭痛を共有しているに違いない。
夜空絹がちゃんと出来た事だけが救いだ。遠目で見ても、白かった練絹が夜闇の色に染まっているのが分かる。
「なんで出来たんだ、アレ。丸一日夜じゃないとダメなんだろ?」
「時間を長く感じる魔法、だと思う」
「なるほど」
夜の時間を引き延ばして丸一日以上に感じられるようにした、という事だろう。俺達がやたら眠いのは、一夜分ではなくて丸一日分の徹夜状態だからだ。
「つーかお前、良く知らないまま儀式を手伝ってたのか?」
「一言で分かるって、やっぱりあんたも魔女なんだね」
会話が噛み合わない。魔女扱いされたことを怒るべき気もしたが、なぜかあまり気にならなかった。
不思議に思う俺を尻目に、レノはしかめ面のまま言いたいことを言う。
「あんたの取り分、四枚でいいよ」
「いいのか?」
「あたし一人じゃ途中でぶっ倒れてたに違いないし。それに」
子供の一人が夜空絹の一枚を広げてこちらに駆けてくる。先導するのは、一晩中踊り明かした割には元気な兎だ。
「あれは、あんたの分でしょ」
絹には星空の下で太鼓を叩いて歌う男が映っていた。なるほど、確かに俺の分だ
「売れない在庫だな」
子供の頭をひとしきり撫で、片角に絡んだ毛をほどいてやってから、絹を受け取る。
「もらうのはこれ含めて三枚で良い。一枚分で、お前から買いたいものがある」
「何?」
「家を一軒。余ってるって言ってたろ」
反応は子供の方が速かった。
「レオン、この村に残るの?」
「拠点の一つにするだけだ。時々旅して、時々戻る」
ちゃんと説明したのに、子供は目を輝かせ、レオンが村に残るって、と他の子供たちに報告に行く。
レノはしかめ面をやめて神妙な表情を作る。その奥にニヤニヤ笑いがちょっと透けているが。
「村の安全を預かるシャーマンとして、本名を知らないような奴は置いとけないね」
「俺の本名か」
周囲に広がる黄色い花畑に向けて顎をしゃくる。
「そこらにやたらと咲いてるだろう」
兎が二回足踏みをする。
どこからか風にのってきた白い綿毛が、ふんわり花畑に着地した。
レノが笑う。野に咲く花のような、心のどこかが少し温まる笑みだ。
「中々いい名前じゃないか」
今は俺も、そう思う。
兎とタンポポ ただのネコ @zeroyancat
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