第63話

 ――後日。

 美里みさとふみは実験室にいる小林こばやしこえに、文化祭で起きた事件の顛末てんまつを話していた。


「そうか。将棋部とパソコン部、両部との間に禍根かこんが残らなかったのなら何よりだ。イベントの盛り上がりとしては微妙だったろうがな」


 小林は慎重な手つきで、紙の束に何やら白い粉末を振りかけている。


「…………」


 おそらくだが、違法に採取した指紋を調べようとしているのだろう。


「……ええと、小林先輩、あのですね、是非ぜひとも小林先輩に助けて貰ったお礼をしたいと考えているのですが、何か私にできることはないでしょうか?」


 すると小林は少し困ったような顔で笑う。


「わざわざ礼を言われる程のことではない。謎を解くことは私のライフワークであり、レゾンデートルだ。むしろ美里みさとには、情報の提供者として感謝しているくらいなのだ」


「いえ、そうではなくて。先日の文化祭での暗号の解読は小林先輩からしたら不本意な仕事だった筈です。それに交流戦で戴いたお知恵も。私、何かお礼がしたいんです」


「……ふッ、真面目だな。そんな性格だと損ばかりするぞ」


「真面目なのは小林先輩も一緒じゃないですか!!」

 ふみ香は顔を赤らめて頬を膨らます。


「悪かった。そうだな、だったらこういうのはどうだ? 今度は私が困っているときに、お前が私を助けるんだ」


「……小林先輩を、私が?」


 ――この世界で、名探偵である小林声が困るような事件が果たして起こるだろうか?


 ――もし仮にそんなことがあったとして、そのとき私に何かできるだろうか?


「……残念ですが、私に小林先輩の窮地を救えるとは思えませんけど」


「そんなことはない。お前の真面目さと自分に正直なところは、何時かきっと私の助けになる。これは予感というより確信だ」


「……そんな、買い被りですよ」


 そう言って首を振りながらも、ふみ香は小林から対等に扱われたことが内心嬉しかった。

 だったら、自分なりに何とか小林の期待に応えたい。


 そこでふみ香は天啓てんけいに打たれる。

 自分一人では無理だが、もう一人いたらどうだ?


 ――白旗しらはた誠士郎せいしろう

 最近将棋部に入部した小林のライバルを名乗るお調子者だが、事件を推理する能力はふみ香より上だ。

 それにやたらと張り合っているのは、小林への好意の裏返しだろう。


 ならば、ふみ香はもしかしたら小林と白旗、両方を助けることができるかもしれない。

 ――そう思うと、自然と笑みが零れた。


「……美里、さっきから何を笑っている?」

 小林が怪訝けげんそうにふみ香の顔を見ている。


「……いえ、何でもないです。それに笑ってませんし」


「いや、笑っているだろうが。何なのだ、気になるじゃないか!!」


「何でもないったら何でもありません!!」


【終劇】

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少女探偵・小林声は渡り廊下を走らない 暗闇坂九死郎 @kurayamizaka

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