Happy Losers

大隅 スミヲ

HAPPY LOSERS

 剣技に優れた者たちが年に一度集められて、その頂点を目指す大会が開かれていた。

 毎年、その優勝者は皇帝陛下直属の近衛隊に所属されることとなるため、国中から腕に自信ありといった者たちが集まってきている。

 今年も例外ではなく、見るからに強そうな剣士たちが集まっていていた。


「おい、聞いたか。今年は皇帝陛下だけではなく、皇女様も観戦に来れるとのことだぞ」

「え、本当か。じゃあ、リリアーナ様のご尊顔を拝めるということか」

「そうだ。ただし、皇女様たちが観戦されるのは、準決勝からだけどな」

「じゃあ、準決勝まで勝ち上がるしかないな」


 笑いながらそんな話で盛り上がる男たちを尻目に、アナスタシアは模擬戦用の剣を振りながら自分の出番に備えていた。


「おい、アナスタシア。本当に出るのか」

「当たり前だろ。何をしにここまで来たと思っているんだ」

「しかし、周りを見てみろよ。どの男たちも身体は大きくて、強そうだぞ」

「なんだ臆病風に吹かれたのか、セシル」

「いや、そんなことはないが」

「じゃあ、なんだよ。わたしが女だから、出るなっていいたいのか」

「違うって。アナスタシアの実力は俺が一番わかっている」


 アナスタシアは苛立った様子で舌打ちをすると、セシルに背を向けて剣の素振りに戻った。


 セシルとアナスタシアは同郷で、同じ剣術学校に通っていた。

 剣術学校の双璧。そう呼ばれる二人は実力も同じくらいであった。

 この剣術大会で優勝して皇帝陛下の近衛隊に入る。それが二人の夢である。

 しかし、優勝できるのは一人だけだ。

 どこかでぶつかっても、恨みっこなし。二人はそう心に決めていた。


 剣術大会がはじまり、トーナメントが発表された。順当に勝っていけば、セシルとアナスタシアは準決勝でぶつかる。

 そして勝ったほうが決勝に進み、優勝すれば皇帝陛下の近衛隊という栄誉が待っていた。


 一回戦、二回戦と順当に二人は勝ち進んだ。

 地方の剣術学校といえども、二人が通っていた剣術学校には100人を超える生徒が在席している。その中で双璧と呼ばれる二人なのだ。弱いわけがない。


「あの女剣士、なかなかやるな」

「いや、それよりもあっちの男の方だ。見た目よりもかなり強いぞ」


 セシルとアナスタシアは観衆からも注目される剣士となっていた。


 そして迎えた準決勝。

 もちろん、戦うのはセシルとアナスタシアであった。


 お互いに礼をして剣を構える。

 並々ならぬ殺気がお互いの剣先からほとばしり出ていた。


 先に仕掛けたのは、アナスタシアの方からだった。

 剣先を振り上げて一気に踏み込んでくる。

 セシルはその剣を自分の剣で受け流す。

 剣を受け流されたアナスタシアの体勢が崩れる。

 そこへセシルの剣が襲いかかるが、アナスタシアもそれは予測できていたため、セシルの剣は空を斬るだけだった。


 この二人の攻防を観衆たちは固唾を飲んで見守っていた。


「父上、あの剣士たちすごいですわ」

「そうだな。どちらもかなりの腕前のようだ」


 皇帝陛下と皇女がそんな会話を交わしている間も、セシルとアナスタシアの攻防は続いていた。


 勝負というのは、一瞬の気の緩みによって決着がつく。


 お互いの剣同士がぶつかり、鍔迫り合いのような形となっていた。

 セシルもアナスタシアも、お互いに一歩も引かない。

 顔が近い。お互いの表情がよく見える。


「なあ、負けた方が、勝った方の言うことを一つだけ聞くっていうのはどうだ?」

「面白いわね、やろうじゃない」


 準決勝がはじまる前、控室で二人はそんな約束を交わしていた。


 二人が離れる。

 次の瞬間、アナスタシアの剣がセシルの腕に襲いかかった。

 鈍い音がした。

 それは、骨が砕ける音だった。

 セシルの顔が歪んでいた。

 やってしまった。

 アナスタシアは、剣をその場で落としてしまった。


「勝負あり。勝者、セシル」


 観衆がスタンディングオベーションで拍手喝采を二人に送る。

 勝ったのはセシルだった。

 アナスタシアの剣先は、セシルに届かなかった。

 それよりも先に、セシルの剣がアナスタシアの肩を叩いていたのだ。

 勢いを殺せなかった剣はアナスタシアの鎖骨の骨を砕いていた。

 セシルの苦悶の表情は、アナスタシアの骨を砕いてしまったことに対する罪悪感からだった。


「すまない、アナスタシア」

「いいのよ。負けは負けだから」


 片手を三角巾で吊ったアナスタシアは、どこか晴れ晴れしい表情をしながら言った。


「それであなたの要求は何かしら、セシル」

「そうだったな。俺と結婚してほしい」

「え?」

「俺の妻になってくれ、アナスタシア」

「わ、わたしが?」

「ああ。なんでも言うことを聞くって約束だったよな」


 意地悪そうな顔でセシルはいう。

 アナスタシアは無言でうなずいた。


 この敗北は、アナスタシアにとって幸せな負けだった。


 おしまい


 って、決勝戦はどうした、セシル。

 セシルは、決勝戦を欠場した。

 準決勝ですべてを出し尽くしてしまったというのが、セシルの言い訳のだったが、本当の理由を知る者は誰もいなかった。



 おしまい

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