群鳥は死者の魂を救う

このめだい

序章

 人類が誕生してからおよそ二十万年。

 数多の人間が死んでは生まれ、また死んでは生まれ現代に至る。

 その間に血なまぐさい争いや悲しい事件を繰り返し、一人また一人と天へ上がれない死者の魂が出始めた。


 長い歴史の中で成仏出来ない死者は年々増え続け、今やその存在は霊界を悩ます一大時となっていた。


 成仏とは、現し世に未練を残さずあの世にいくこと。

 不成仏霊とは、現し世に未練がありまだ成仏できていない霊のこと。

 地縛霊とは、自分が死んだことを受け入れられなかったり理解していない霊が、その場所から離れられなくなっていること。

 悪霊とは、人に障りを起こす物の怪や霊のこと。


 天使とは、神様と人とを繋ぐ仲介的な存在のこと。

 守護的な役割を担う者もあれば、彷徨う魂を昇天させる役割を担う者もいる。


「成仏課」とは、遺恨を残して昇天出来ない魂を救い出す任務を担う天界の部署の一つ。

 成仏課「群鳥むらどり」とは、成仏課の中でも特に多くの天使が所属する成仏のエキスパート集団。



 ――これは、そんな彷徨う死者の魂を成仏させる成仏課「群鳥」の天使の話である。






「君も晴れて一人前の天使だよ。ここまでよく頑張ったね! 君の新しい名前は『鳥左近』だ! それじゃあお役目頑張ってね!」


 軽い口調で手短に話した格上の天使は、そう言うと手をヒラヒラさせながら去って行った。



「鳥左近…」


 もうどれくらいぶりか分からない名前というものを与えられ、感慨深いものを感じていると、去って行った上司が慌てた様子で戻って来た。


「ごめんごめんっ! 鳥左近くん、君は成仏課の『群鳥むらどり』配属だからね!」


 それだけ言うと、上司はまた足早に去って行った。





 死後の世界と一口に言っても、現し世と同様に広く複雑に構成されているので、ここでは詳しくは割愛する。


『鳥左近』という名と共に新たな役割を拝命することになった新米の天使は、天界の数ある組織の中の一つである成仏課の「群鳥」に配属になったのだった。





 天界だからと言って雲の上にいる訳ではないこの世界は、大昔のような建物もあれば、近未来のような建物もある。

 過去と未来がごちゃ混ぜになったような、不思議な雰囲気の場所だった。


 行き交う天使たちの服装も、それぞれが現し世にいた頃に馴染みのあるものを着ている者が多いため、国や文化、年代など実に多種多様な装いだ。




 建物の一室のドア壁に「成仏課 群鳥」の札を見つけ、恐る恐る扉を開けた。


「すみません、今日からここに配属になった鳥左近と言いま……す」


 広めのエントランス程の大きさの部屋は騒然としていて、多くの天使たちが慌ただしそうに動いていた。

 鳥左近の存在に気付く者がいない中、呆然と立ち尽くしていると突然背後から声をかけられた。



「そこの君、何か用?」


 振り向くと、黄味がかった淡い赤髪色の女性が立っていた。


「今日からこちらに配属になった鳥左近と言います!」


「あー、君が新米天使の! 騒がし過ぎて誰も気付いてないみたい……このオフィス、普段はほとんど人がいないんだけどね」


「そうなんですか!? 人が多くて驚きました。 すごい数の天使が職務に当たってるんですね」


「そうね、だから群鳥なんだけど……」


「ちょっと夕告鳥ゆうつげどり! あなたまた遅刻ですよ!」



 手を二回叩く音とともに聞こえてきた声の方向を振り向くと、少し藍色の混ざった暗い鼠色の髪の女性が呆れたような顔で立っていた。


「ヤバッ! ……急いで来たんだけど、そしたら入口に新人がいたからー」


「言い訳は結構!」


「だってー……」


「騒がしくしてごめんなさいね」


「い、いえ大丈夫です」


わたくし小夜啼鳥さよなきどり、どうぞよろしく」


 そう言うと、藍色の混ざった暗い鼠色の髪の女性が、手を差し出し軽く握手を交わした。

 続いて黄味がかった淡い赤髪の女性も手を差し出した。


「あたしは夕告鳥ゆうつげどり、よろしく」


 二人は髪色と前髪の雰囲気こそ違ったが、共に日本の着物のような服を纏い、髪型も腰までありそうな長い髪をしていた。


「僕は鳥左近と言います。 よろしくお願いします」

 


「今日は月に一度の定例報告の日なんです。 だからこんなに集まってるんですけど、普段は現場仕事ばかりでオフィスに来ることはほとんどないんです」


「そうなんですね!」


群鳥むらどりって付くのは、ここが天界の部署の中でも在席人数が桁違いに多いからなんだ」


「あー……どうして群れる鳥なんですか?」


「それはここに配属になった天使の名前に全員「鳥」が付くからですよ」


「あそこにいるのが千鳥さん、あっちにいるのが神鳥さん……で、君は鳥左近だろ!」


「なるほど!」


「鳥左近さん、こちらのルールで新人は最初に会った者のチームに入る決まりがあるんです」


「…と言いますと?」


「おめでとう、鳥左近はうちのチームに加入だ!」


 鳥左近の両肩に手を置き含みのある顔で笑った。


「じゃあ行こうか」

「え? どこにですか?」

「仕事に決まってるじゃない」


「月に一度の定例報告は……?」

「もう粗方終わったので大丈夫ですよ。 この人も遅刻していなかったので、わたくし一人でやりましたけど」


「マジでゴメンってー」


 夕告鳥は小夜啼鳥に必死で謝った。


「今から現し世に行くので、見失わないようについてきてねっ!」


「はいっ!」








 どこをどう飛んだかも定かではない中を必死でついていくと、現し世で有名な心霊スポットと呼ばれる場所の程近くに降り立った。


「……ここは……?」


「まぁ現し世で言う心霊スポットだね!」


「不成仏霊がうようよいますから」


 そこは朱い橋で目線の高さまでネットが覆われ、橋の下は暗闇でよく見えない。


 橋のあちこちでは供養の花が手向けられ、遠目で見ても分かる程重苦しく赤黒いオーラを纏ったその場所からは、常時叫び声やうめき声が響いていた。



「成る程……じゃあ今から昇天させるんですね! 天使が魂を救う生の現場が見れるなんて僕ドキドキします!」


 一人興奮気味の鳥左近を冷めた目で見る二人は、やれやれと深い溜め息をついた。


「あのねー鳥左近! 勘違いしてるみたいだから言っとくけど、天使だからといってそう容易く昇天させられる訳じゃないから!」


「え?」


「ウフフ鳥左近さん、わたくしたちがこう手を広げて何か呪文とか祝詞を唱えれば昇天させられると思ってますでしょ?」


「はい……天使ですし、現し世の術者より簡単に上げるんだと……」


「そもそもね、そう簡単にいく魂なら根深くないから、お迎えの存在に気付いて早くに悟って上へ上がれるものなんです」


「こういうところに留まってる魂はそれなりに根が深いから、上級天使でもそれなりに時間がかかるのさ」


「しかも初めは一人、そこからまた一人とどんどん念が溜まって、場所そのものが地獄のようになっていくから大変なのよ。 こうなると全ての遺恨を消し去るのには結構な時間がかかる。 それが溜まりに溜まって今や霊界の大問題よ!」


「……では天使はどうやって上へ上げていくんですか?」


 そう言うと二人はまたニコリと笑った。


「鳥左近さん、わたくしたちは成仏課の『群鳥』の者です。 その名の通り成仏させてあげるんです、手間隙かけて」


「まぁ見ていて! あたしたち天使の仕事を!」


 夕告鳥と小夜啼鳥が近付いて行くと、先程までひっきりなし聞こえていた叫び声やうめき声が急に聞こえなくなり、辺りは不気味に静まり返った。


「…なんか急に静かになりましたね」


「天使が来たことが分かると、抵抗して鳴りを潜めるんです」


「じゃあこの辺で」


 夕告鳥が頭に挿していたかんざしおもむろに抜き取ると、簪は見る間に釣竿の形へと変化した。


「何をするんですか?」


「釣り上げるのよ、本体を」


「??」


「こういう場所にいる霊は、例えると一つ一つのパン生地がくっついて重なったようになってるんです」


 鳥左近は、パン生地がいくつも重なって、一つのボコボコした歪な大きな生地になるのを想像した。


「こうなるともう自分が誰だったのか、どうしてこうなったのかすら分かってない。 取り込まれてひたすらドロドロし続けるんだ」


「夕告鳥のこの釣竿は、そんな塊の霊体である本体を釣り上げるんです」


「大きく塊になったパン生地を、また元の一つ一つに戻していくような感じかな!」


 釣竿は暗闇の中でもハッキリと光っており、夕告鳥はおもむろにそれを宙へと放ったのだった。





 第一話へ続く。




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