最終話 サルビアの花
―――――――――いつかの記憶がフラッシュバックする。
「私が愛したものを同じように愛してほしいの。」
「…同じように?」
「うん。私が好きだなーって思うものを同じように好きだなーって思ってほしい。」
「ああ、共感しろってことか?女は好きだよな、そういう考え方。」
「ちっがーう!そういうことじゃなーい!」
何か良く分からんが違うらしい。
「だからね、うーんと…例えば、例えば…アイネの大切なものって何?」
まあ、もちろんユウとブラッドだが、そんな小っ恥ずかしいことをここで答える気にもならず、おれは腰に差していた剣を取り出した。
「そうだな…まあこの剣だろ。小さいころから一緒にいた、相棒みたいなもんだ。」
「うん、じゃあ私もそれが大切!」
「は?」
少し迷っているようにも見えたが、恥ずかしそうな様子で…でも真剣におれの目を見て伝えようとしているのが見て分かった。
「アイネの大切なものは私も大切なの!だから…私が大切に思ってるものも、アイネ
にとって大切なものになってほしいなって…」
ああ、なるほど…
だからおれはコイツといると落ち着くんだ。
だから腑とした瞬間、何をするでもなく、ありがとうって言いたくなってしまうんだ。
「…おれの大切なものはお前とブラッド、それにそのお腹にいる子、それだけだ。
おれに大切にしてほしいんなら、お前の大切なものも教えろ。」
ユウはニコッと笑って、
「まずはアイネとブラッドでしょ!それにこの子と、お家と、ワンとニャンと、
後ばあちゃんからもらったお守りと…あと、えーと、家にあるもの全部!」
「多すぎるわ!」
真剣に聞くつもりだったが、思わずツッコんでしまった。
「えー、そう?うーんそうだなー。…あ!この花!」
「花?」
「うん、この赤い花!この花だけは大切にしてほしい!憶えてるでしょ?」
正直に言って憶えていない…おれはその花を見つめ、しばらくしてから
「…ああ。」
と答えると、ユウは少しがっかりした表情を浮かべた。
「えー、憶えてないの?…まあ、アイネらしいっちゃらしいけど。」
なんでおれの嘘はすぐバレるんだ、ユウの嘘は全く分からないのに。
「良く分からんが、お前が大切ならおれも大切にしてやるよ。」
「約束だよ。…そうだ!この子が生まれたらこの花の種を庭先に植えない?」
意味も分からず、おれは何の気なしに返事をする。
「まあ、いいけど。こどもが生まれたらボロ家一面にこの花を咲かせてやる。」
「ちゃんと育てるんだよ!」
「なんでおれだけなんだよ。ユウも一緒にだろ?」
「アイネに育ててほしいの、咲いたら花束にして、また私にプレゼントして!」
いつになく真剣にユウがおれの顔を見る。
何故かその時のユウの顔と言葉を、おれはずっと忘れることができなかった。
約束だよ――――約束だからね。
「ああ、約束だぜ…」
剣を自分の胸に引き寄せ、目を閉じる。
おれの後ろには、風になびく一面の赤い花とオンボロ平屋。
ユウが愛したもの、大切にしたもの、つながり、その魂、
おれの中にはまだユウがいる。…まだいてくれている。
あの時お前を守れなかった。ずっと後悔している、
それは決して他のものでは埋め合わせできない。
だから…だから、だからせめて
「…お前の生きた証を守らせてくれ。」
おれは真っすぐに前を見つめた。
「おーおー、盛大にかっこつけちゃてまあ。1人だからって恥ずかしい奴。」
「………。」
「アイネ、お前の嘘は分かりやすいんだよ。」
「駄目だ、引き返してくれ…
お前を失ったら、おれがここで戦う意味が無くなってしまう!」
「お互い様だぜ、兄弟。ちゃんと殿は送り届けてやったから心配すんな。
…やっとユウを守れる時が来たってのに、お前だけにいい格好はさせねーぜ。」
「駄目だ!戻れ!」
「おれは死なねえよ。アイネ…お前が生きてる限りな、そうだろ?」
「…………。」
「お前の誓いはそんなもんか?ユウとの約束はその程度のものだったのか?
…アイネ、おれは絶対にお前を守り通すぜ。」
真剣な眼差しでおれに訴えかける。
「………おれも一緒に守らせてくれ、一生のお願いだ。」
…ユウ、やっぱりお前が繋いだものは凄いよ。
恰好つけようとしたって、恰好なんかつかないんだ。
まるで初めからそうなることが決まっているように、繋いだ糸が強過ぎて…。
おれの言うことなんて聞きやしないんだ。鬱陶しくて溜まらないよ全く。
…おれはわざとブラッドから視線を外し、返事をする。
「…こんなところで一生のお願いなんて使って良いのか?」
「?」
「玄孫にまで見せるんだろ?お前の泣き顔。」
ブラッドはニヤッと笑う。
「そう来なくっちゃ、兄弟!」
おれは空を見上げる。
…ずっと思っていた。
ユウが死んでからずっと…何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか―
やっとその答えが出たよ。
ユウがいて、ブラッドがいて、おれがいる…それだけだったんだ。
それだけで良かったんだ、それが答えだったんだ…
半世紀近く生きてやっと分かるなんて…やっぱりおれはどうしようもないバカだな…
どうしておれのことなんて好きになったんだ…
お前もお前でよっぽどのバカだ…
おれは再び視線を前に向ける。頭の中は空っぽで妙に心地よかった。
今まで守ってくれてありがとう、ユウ…
「…準備できたか?」
「ああ。ここがおれたちの世界の中心だ。」
ブラッドが茶化す。
「愛でも叫ぶか?」
おれと、ブラッドはゆっくりと歩き始める。
「そんな必要はないさ…もう十分すぎるほど言葉は尽くした。
…今は見せよう…ユウがちゃんと分かるように、
ユウがいるところまで届くように、
俺たちの世界の全てを最後まで守り通す………『大切』をな。」
「…まあ、少しクセーが悪くはないな。」
「ああ…悪くない。」
おれたちは叫び、走り出す。
今思い描いているものが、いつかの君と重なっていたらおれは幸せだ――
10年後―――
「パパー、この花綺麗だね!」
「ああ、なんたって世界で一番きれいな花だからね。」
「このお花が?綺麗だけど、ほかにも綺麗なのはいっぱいあると思うけど?」
「…これは、パパのお父さんがパパの為に、育ててくれた花なんだ。」
「へー?」
父親は娘の頭にポンと手を乗せる。
「そうだ、ママのお腹の子が生まれるまでに、この花を一緒に育ててプレゼントしよ
う。きっとこの花が世界で一番きれいな花になるはずだよ。」
「一緒のお花でしょ?」
「…きっと分かるさ。」
やさしい風と共に、一面に咲いた花が揺れる。
色づくサルビアの赤い花びらが一斉に空へと舞い、オンボロ平屋へと向かっていった―
おしまい
異世界の中心では愛を叫ぶ必要なんて無い。ー君の生きた証を証明する為に必要なたった一つのことー ゆぱ@NieR @894404
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