ブラッド




ユウと一緒に暮らし初めて1か月、直ぐに俺たちの家は動物とモノで溢れかえった。

もちろん全部ユウが拾ってくるのだ。犬や猫だけでなく良く分からないモノが家の中に溢れかえる。まるでユウに吸い寄せられるように。


「一生片付かねえな。」


「ちゃんと大切にしてよ。全部私の大切なものなんだから。」


「大切ねえ…こんなガラクタがか?。」


「モノの価値はお金じゃありません!愛情です!」


「そうっすかー。」


この家の中もユウと同じで不思議な感覚があった。

ごちゃごちゃして全く綺麗じゃ無い、むしろ汚いのに、何故かここにずっといたくなってしまうような、そんな不思議な感覚があった。

そんなある日、またユウがとんでもないものを拾ってきた。


「紹介するね、ブラッドだよ!近所の空き地で倒れてたから拾ってきたの!」


「………。」


またとんでもないもの拾ってきやがったと、溜息をつく。


仰向けになって寝ている少年。

おれは彼を知っていた。最近よく外で見かけるようになったとっつきの悪そうなガキだ。まだ10歳にも満たないであろう幼い顔立ちにも関わらず、その氷のような眼差しから近所で気味悪がられ、誰も近づこうとはしなかった。


「連れて帰ってきたって…どうすんだ?」


「…飼う?」


「犬や猫じゃないんだぞ!そんな簡単に飼えるか!」


「だってこの子身寄りが無いみたいだし…


「…そんな金どこにある。」


「何とかするよ!」


「ちょっと…勝手に話を飛躍させないでください。さっきから人を飼うとか飼わない

 とか失礼なことを…」


気づくとブラッドは意識を戻していた。


「あ!起きたよ!アイネ、ご飯!ご飯持ってきて!」


「ったく、ホントにお前は…」


おれはしぶしぶキッチンから残っていたものを適当に見繕い、

プレートに乗せてブラッドの前にガタンと無造作に置いた。


「ほら、食べろ。」


「…いらないです。」


「お腹空いてないの?」


ユウが心配そうに見つめる。


「もらう理由がありません。」


「私が君にご飯を食べさせたいと思ったから。理由はそれで十分。」


「そんなの理由になっていません。」


「いいから食え―――!」


ブラッドの口めがけてスプーンを突っ込むユウ。


びっくりして思わず目を丸くするブラッド、反射で口が開いた。


「どう、おいしい?」


おれたちの方をジーっと見つめてから口に突っ込まれたものをようやく噛み始める。

その瞬間、雷が落ちたような衝撃を受けたかのように、

そのままガツガツと残りの食事を泣きながら食べ始めた。


「どうだ?うまいだろー。」


ユウはニシシッと子供のような笑顔でブラッドを見つめている。

つられておれも少し笑ってしまい、ユウにつっこんでしまった。


「この飯はおれが作ったんだぞ。」


「えー、細かいことは気にしない!ここに好きなだけいていいからねブラッド。

 ね?アイネ。」


おれの方に視線を移してニコッと笑うユウ。


「…好きにしろ。」


モグモグとご飯を掻っ込みながら、こっちをジーっと見ているブラッド。


「…しょうがないんで、飼われてあげます。」


また、飛び切りやっかいなのがボロ家に増えた。




数年しておれとユウは結婚した、もちろんブラッドも一緒だ。血はつながっていないが、いつの間にか本物の兄弟みたいになっていた。今思えばそれもユウがつなげてくれたものの一つだろう。

確認したことは無いが…多分ブラッドも同じように思っていてくれたと思う。同じ場所で同じ空気を吸って、笑って、怒って、泣いて…おれにとって、ブラッドにとって、いつの間にかこのボロ家とユウが世界の全てになっていた。




「アイネ!ユウが…ユウが……」


おれたちの世界の終わりは突然だった。

町が隣国の兵士に襲われ、その時1人家に残っていたユウは無残な姿で発見された。

何度後悔したか分からない。何度死のうとしか分からない。


「あの時ユウを1人にしなければ、おれが外に出ていなければ、あんなところに住ま

 なければ―」


ブラッドはしばらく家から離れようとしなかった。なんとなくその理由がおれには分かった。おれにとって、ブラッドにとって、ユウの存在は大きすぎた。ここから離れてしまったら、ユウの生きた証が、存在が、すっぽりそのまま消えて無くなってしまうような、そんな気がしてたんだ。


「ブラッド…お前ももう一人前の兵士だ。いつまでもここにいてはいけない。

 自分の住処を探して自分の人生を生きろ。」


「…そうか。」


ブラッドはそれ以上何も言わなかった。

二人でこのボロ家にいるとどうしてもユウのことが頭を過ぎってしまう。

きっとここにいる限り、彼女の面影を追い続けてしまうだろう。

忘れてほしくは無い…

だが、ブラッドにはちゃんと自分の人生を生きてほしい、大切な兄弟だから。

いつかのユウの言葉を思い出す。


―私が愛したものを、同じように愛してほしいの―


いつかの記憶がフラッシュバックする―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る