幸せな負け

夕日ゆうや

負けたくない!

 俺は負けるのが大っ嫌いだ。

 だって負けるってかっこ悪いだろ?

 今もゲームをやっている。

 レースゲームだ。

 幼馴染みの莉子りこがカーブでドリフトを噛ましているが、その程度では追いつけない。



 私は負けるのが大っ嫌いだ。

 だって、負けるとかっこ悪いじゃん?

 今も幼馴染みの遙人はるととレースゲームをやっている。お菓子を食べながら。

 カーブで速度を上げると、アイテムを使う。

 真っ直ぐに突き進み、攻撃するミサイルのような甲羅アイテムだ。



 俺はそれを回避して、すぐに体勢を整える。

「ははは。俺に勝とうなんて百年早いんだよ」

「く。最初のサンダーさえなければ!」

「そういうのを負け惜しみって言うんだよ。莉子」

「ふん。そういう遙人はまぐれでその地位にいるだけじゃない」


 その後も俺と莉子はゲームをした。

 それが終わると、「つまんない」と言って全敗した莉子がコントローラを床に置く。

「そうだ!」

 莉子が何かを思いついたらしい。

 嫌な予感がする。

 莉子はお菓子の中にあったポッキーを手にする。

 棒状のスナック菓子にチョコを塗っただけのお菓子を、口にくわえる。

「ポッキーゲーム、しよ?」

「は? そんなことをしてなんの意味がある」

 負けるのは嫌いだが、間接キスとか、下手をすればキスとか。

 色々とマズい気がする。

 いや莉子が嫌いと言っているわけじゃない。

 ただ、幼馴染みの彼女はもう家族の一部。妹や姉のように感じるのだ。

 だから、今更間接キス程度で驚きはしない。

 しないが――。

「そういうのは彼氏とやってくれ」

「へぇ~。逃げるんだ?」

 挑発するような笑みを浮かべる莉子。

「今なんて?」

「いやいや遙人のことだから、尻込みしてゲームから降りるのかと?」

「は。上等だ。俺がお前に負けることなんてないって証明してやるよ」

 売り言葉に買い言葉だった。

 ポッキーの端を咥える俺と莉子。

 か、顔が近い!

 ポッキーという食べ物自体が、そんなに長くないので、自然と顔は近くなる。

 ポリポリと食べ出す、両者。

 速度は同じくらい。

 やがて鼻息がかかるくらいには近づく。

((そろそろ、降りて!!))

 と二人は心の中で叫ぶ。

「い、いくわよ」

 そう言っているような気がする。

 唇と唇が触れあう。

 と雷にでも撃たれたかのような衝撃がはしる。

 なんだか心地良かった。

 食べ終えるとまっ赤になった莉子は視線を外す。

「これってどっちが勝ちなのかな?」

「赤い顔をしているお前が負けだな」

「はぁ!? それを言うなら遙人も、じゃん!」

 言われて気がつく俺も顔が赤くなっている。

 心臓がバクバクいっている。熱っぽい。

 なるほど。

 これは俺の負けかもしれない。

「まあ、今回は引き分けだな」

「何を言っているのかな? 私の勝ちに決まっているでしょう?」

「あー。そうだな。負けでいいよ、負けで」

「な、何よ! そんな投げやりな態度!」

 莉子はぷんすかと怒り出す。

「そんな顔も可愛い、な……」

「え!」

 朱色に染まる頬、カチカチと歯を鳴らす莉子。

「もう! 遙人のバカ!」

 照れているのが丸分かりな声で応じる幼馴染み。

「意識したなら、負けなんだからね!」

「そうだよ。意識したよ。だから負けたんだよ。俺」

 パクパクと金魚のように口を何度も開ける莉子。

「好きだ。結婚しよう」

「……はい。え……?」

 小さな声で呟く莉子。

 何段階も飛ばした告白をしたことで莉子の頭はバグったらしい。

 これが莉子に負けた最初で最後のゲームだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸せな負け 夕日ゆうや @PT03wing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ