第六話 始まりの終わり

「大丈夫ですかっ?! 皆の者、この男たちを引っ捕らえろ!!」


 マルクの掛け声と共に一斉に護衛騎士達が雪崩れ込んでぐる。リーダーも、万里に襲いかかってきた男も、あれよあれよと手首を後ろにぐるぐる巻きにされ、連行されていった。


 万里は、まだ呆然としている。無理もない。この間までただの平和な日本の中学生だったのだ。刃物を持って襲い掛かられるのは、衝撃すぎた。

 見れば、彼女の体はカタカタと小刻みに震えている。その様子を見てとり、マルクが刺激しないよう、ゆっくりと万里のそばへと近づいていく。

 マルクは彼女の傍らに片膝をつくと、頬にそっと手をやった。万里の全身へ確認のため視線をやると、あちこちに切り傷ができている。けれど大きな傷はないようだ。彼は詰めていた息をはいた。


「無事で、よかった……!!」


 マルクは思わず、といった風に彼女の肩に腕を回し抱き締める。

 ぎゅっとされたことで彼の肩に乗った万里の瞳には、みるみるうちに水分が浮かび上がり、そして一粒、二粒と、流れ出ていく。


「こ、怖かった」

「すみません」

「謝ら、ないでっ。私が、決めたのっ」

「はい、そうですね」

「けど……っ」

「うん」

「怖かったよぉぉぉぉぉぉ!」


 怖い気持ちが指先へと宿ったかのように万里の手がマルクの背中にいき、ぎゅっと衣服をつかむ。

 マルクが万里をかきいだいた。


 まだ、十三歳。

 人を殴ったりの荒事あらごとや刃物をちらつかされた事など、もちろんない。

 切られるかもしれない。

 神の力があるといってもそれはとても限定的な力。


 人は、暴力で死ぬかもしれないのだ。


 自分の未来に、死ぬかもしれない、という可能性が追加され万里は混乱していた。そして助かったことに、肩の力が抜け、それと同時に気を失ってしまった。


「マリー? マリー!」

『大丈夫じゃ、気を失っておるだけだからの』

「……神よ、あなたが何者なのかは知らない。けれど。マリーを巻き込まぬわけにはいかないのですか」

『優しい子よの。すまぬ。運命の歯車はもう回り始めた、ワシにももう止めることはできんのじゃ』

「そうですか……」


 マルクは今一度、手の中にある命を抱き締める。

 暖かく、鼓動とその呼気だけが、万里が今ここにいるということを示していた。




 リーダーの店の地下にいた子供達は皆救出され、それぞれどうにか空きのあった孤児院へと引き取られた。それでもまだ、町には親を失い頼る親戚ももなく彷徨さまよう子供達がいる。

 マルクは王子であるという立場を使って、孤児院を増設できるよう、これから父王に掛け合うことにしたようだ。


 万里がそう聞かされたのは、気絶したらしい日から数えて二日目のこと。

 眠り続けたことでだいぶ心配させたらしく、アンナは目覚めた時には号泣し始めてしまったし、家の人から手紙がいったらしく、早馬でマルクが訪ねて来たりした。

 その訪問で、万里に安心してもらいたかったのか、マルクがことの終わりを話してくれたのだ。


 男達の方は後ろに黒幕などがいたわけではなく、私利私欲のために他国の商人に言われるがまま、取引をしていたそうで。彼らはしっかり取り調べを受け、今は裁判を待つ身だ。


「人身売買の件は終わりましたから、しっかり休んでください」


 マルクはそう言うと、花束と、何かの小包を万里に渡した後お城へと帰っていった。




 こうして、ひとまず事件は終わりをむかえ。そして万里にはまた、マルクの婚約者としての日常が戻ってきた。


「あっ、ここマルク違ってるんじゃない?」

「……ほんとですね。ありがとうマリー」


 今日も今日とて、マルクと国についての勉強の日々。


 なぜ自分だったのか、いつ終わるのか、わからないこの冒険みたいな日常だけど。

 終わるまでの少しだけ、この少しを大事にしたい。


 首にかけている、小包の中に入っていたペンダントにそっと手をやり。

 万里は今、心からそう思うのだった。

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ファンまじ☆ 〜マリーと夢見る王子様〜 三屋城衣智子 @katsuji-ichiko

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