第五話 初めての魔法

 そうして寝巻ねまきを着て、あてがわれた部屋へと出るとベッドに腰掛け神様を呼んだ。


「もういいわよ。ひと仕事って、何?」

『いや、すまんかった。ごほん……王子の協力もいるんじゃが、小手調べで城下町のリーダーを一人改心させてみてもらおうと思っての』

「町のリーダー? 何か悪いことしたの?」

『人身売買で裏金を貯め込んでおる。売られていくのは子供達ぢゃ』

「なっ?!」


 万里はびっくりした。日本にもさらわれる人はいるが、大抵は個人の欲望だ。改めて大変な世界に来たのだ、と実感する。背筋にひやりとしたものがつたって、彼女は思わず自分の二の腕をさすった。

余計な考えを吐き出すように二、三息を吸って吐いた後、神様にたずねる。


「マルクには、なにを協力して貰えばいいの。てかさ、神様が直接マルクに話せば良いんじゃない?」

『ほ! そうじゃった。話すくらいは問題ないの忘れとった』

「はぁ。忘れないでよね、そういう大事なこと」

『めんごめんご』


神様はそう言うと話しに行ったのか沈黙した。




 翌日。

 お世話になっているお屋敷に使いの者が来た。情報を集めたのでお城の方で話がしたいとのことだった。万里はさっそく、用意された馬車に乗り、マルクの待つ王城へと向かうことにした。

 通された部屋で、マルクは何かの書類をまじまじと確認しており。気配だけで万里とわかったのか、視線はそのままに話しかけてきた。


「朝からすまないね」

「いえ、必要なことなので屁でもないです」

「へ?」

「あ、いえ。えっとそれで、私は何をどうすればいいですか?」


 彼女がたずねるとマルクは紙の束を出してくる。


「ざっと調べたところ、神とやらの言う通り、ある商店を束ねる店のオーナーが浮浪孤児をさらって売買しているようです」

「ひどい……」

『じゃろじゃろ? 人類皆ワシの子なんに、ひどいんじゃよ』


 神様が二人に語りかけた。


「町の自警団じけいだん(警察)に突き出したいところですが、現場を押さえることができていないのと、何分なにぶん孤児のことなので腰が重たいようです。そこでマリーには店のオーナーに魔法を使っていただいて、自首させられたら、と思うのですが……どうでしょうか」


 万里は聞かれて少したじろいだ。まだ誰にも魔法をかけたことがなかったからだ。

 けれど、見ればマルクの瞳は真剣だ。


「わかった、やってみる」


 彼女はゴクリと生唾なまつばを飲み込むと、返事をしたのだった。




 ※




 決行は割と早くやってきた。居場所がわかっているのとこれまでの犠牲者ぎせいしゃが多すぎたためだ。

 なので今万里は、その事件の首謀者しゅぼうしゃとみられる男の家の前に来ている。


「ね、ほんとにこれって安全なのよね?」

『もちのろんじゃて。王子が護衛騎士と近くにひそんでおくと言っとったぢゃろ?』


 今日は神様がついて来ているらしく、心配げな声にちょっとおちゃらけて答えている。彼女は神様の声に少しホッとしながらも、緊張したままの面持ちで物陰から出ることにした。


「確認するけど、今奥さんと娘さんは出払っていて、この家の中にはそのリーダーだけ、なのね?」

『そのはずぢゃ』

「じゃあ、いくわ!!」


 家の路地裏側に回って、大きめの窓の、鍵に近いところのガラスを割る。


(何が悲しくて、こんな泥棒みたいな真似……)


 彼女は思うがしょうがない。何せ、鍵を開ける魔法だの瞬間移動や転移だのの魔法はないのだ、物理で対応しなくてはいけないことを、万里はちょっとだけ悔しく思った。


 窓ガラスの割れる音で気づいたらしく、「誰だっ!」という声と共にバタバタとした足音がだんだんこちらに近づいてくる。

 万里はガラスの破片で少し傷つきながらも急いで鍵を開け、中へと侵入した。そして部屋へ入ったと同時に、部屋のドアが開き住人が入ってくる。


(この男で間違いないの?!)


『うむ、あっておるぞ』


 神様の返事を聞いて、万里は覚悟を決めた。


 私の、歌を聞けぇぇぃぃぃい!!


 ♪〜


 あなたに出会うため 私は生まれた

 そう ディステニーなの ドボン

 あなた 首ったけ

 私に フォーリンラブ


 〜♪


 ドボン、の歌詞の部分でありったけの熱を込めて対象を見つめる。入って来たリーダーの男は、それを聞いた瞬間に目をこれでもかと開き、やがてまぶたが半分降りてとろりとした表情になった。

 どうやら、魔法が効いたらしい。万里は相手に近寄り、そしてたずねる。


「さらった子供たちはどこ?」

「ヒャイ! あるじ様、子供たちはお店にある地下におりましゅ」

「そう。神様、聞いたとおりよ。王子に合流して助けに行こ」

「誰だぁ〜!!?」


 ドアに背を向けて侵入した窓の方へと向かっていた万里に、もう一人男が手に剣を持ち襲いかかってきた。仲間がまだ一人いたらしい。


(もう一人いたの?!)


 万里はびっくりするのと諸刃もろはの剣でりかかられているという現実に、腰を抜かしてへたり込んだ。


『万里!』

「マリー!!」


 その目の前に相手と同じく剣を手にたずさえた王子が躍り出る。王子の動きが、まるでスローモーションのようだ。甲高かんだかい金属音が響いたその後に、剣が弾け飛んで床に落ちるのが万里の目の端に映った。

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