第四話 初恋のこころ




 そう、彼女はこっちの世界でうっかりと――初めての恋を、していた。




『ぼでーたっちとは、青春じゃのぅ』


 王城での勉強が終わりお屋敷へと馬車で帰る途中、神様からのちゃちゃが入る。


(黙っててくれない?! 不毛だから)


『うぐ』


 ――以前一度、勉強にどん詰まりしたことがあった。

 万里は誰にも言えなかった。弱音をはいたら立っていられなくなりそうで。


 気づいたのはマルクだった。


 それは、ちょうど彼女がマルクの勉強範囲に追いついた後、一緒に勉強するようになって少し経ってからのこと。


「マリー、どうかした?」


 その日は王城での勉強会の日。来賓室に勉強の間だけ搬入される机を並べ、二人仲良く、家庭教師であるニケから政治について教えてもらっていた。


「ううん、なんでもないよ」


 万里は答えたが、それは嘘だった。目の前の問題や資料を見ると目眩を覚えるようになっていた。


(内容が、頭に入っていかない)


 そんなこと、これまでの人生で一度もなかった。教育に熱心な母親のもと、良い成績が取れるように、それも短時間でと縛りがあったためその辺の方法論だけはしっかり確立している。

 なのに。

 今万里には、文字の羅列がまるで怪物のように感じられていた。それでも目の前の問題に取り組み、教師の話に耳を傾ける。

 これは約束だから、と、彼女は守るためにただ必死になっていた。


「マリー、今度町に出てみませんか?」

「町に?」

「ええ。そういえば、まだ万里にこの国を紹介していなかったなと思いまして。ダメでしょうか?」


 勉強終わりに突然、マルクが万里を城下町に誘った。少し億劫にも感じたけれど、たまには良いかと了承した。


 後日、二人は城下を訪れていた。ちょうどその日はちょっとした市場のお祭りだったらしい。一緒に屋台をひやかしながら、日本でいうところのかき氷のような氷に蜜と果物がのったおやつを食べる。それと同時にきちんとこの町の風習や文化を、わかりやすく説明してくれた。


 そうして、万里を気遣う風でもなく。


(王子様なのに気さくなんだな)


 なのに、なんだかあったかく感じた。

 ただそばにいて、町を散策しながら自身のことを彼女に話してくれる。


「私は小さい時、とてもダメな王太子だったんです。兄妹の中で一番お兄ちゃんなのに、いつか全てを背負うのだと聞かされてから、怖くて怖くて」

「今は立派な王子様に見えるよ?」

「気づいたんですよ。私には弟も妹もいて、教えを乞えば丁寧に説明してくれる父がいる。慌てず、見守ってくれる人の大切さ。その相手が大事と思い、私も知ったこの国を、今は本当に大事にしたいと思っているんです」

「大事にしたい……」

「はい。マリーにもきっと、大事があるんだろうなと、見てると思います。大丈夫ですよ」


(なんか、男の子っていうより男の人みたいだ)


 そう言って微笑むマルクを、万里はとても綺麗だと思った。


 帰りたい、そばに居たい。

 この二つは、どうしたって叶わないのは幼稚園児にだってわかる。


 けど今は。


 頼まれごとを消化するまで考えたくないと万里は思った。




 ※




 魔法少女としては、神様が魔法の使い方を教えてくれたので、実践へと移っていった。

 歌って踊れる魔法少女になる為の練習(これが一番意味わかんない)は大変だった。万里があるといえば盆踊りくらいだ。こればかりは、通して踊りきった時には自身を褒めたくなった。


 王子様と勉強する度、神様にレクチャーを受ける度、段々とイレギュラーが日常に溶け込んで、紅茶がミルクティーになるみたいに、混ざって当たり前になっていく。

 そうして下準備の半年があっという間に過ぎ、万里は十三歳になっていた。




『そろそろ一仕事してもらうかのぅ』

「ちょ?! 人の入浴中に突然話しかけてこないでよ、えっち!!」

『あっ、すまん!』


 今は夜、もう寝支度をする時間のこと。万里は神様に突然声をかけられた。彼女が手を交差し前を隠しながら抗議こうぎすると、神様は慌てて謝った後沈黙する。後は湯船から出るのみだったため、もう少しつかっていたかった気持ちを我慢し、彼女は湯から上がった。


 ちゃぷんという水音がしたお風呂場は、どこかヒリヒリとした空気をまとっていた。



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