呪われた引きこもり魔女①
結局のところ、図書室に目当ての本はなかった。
仕方がないので次は鍛冶屋に足を運んだが、そこにも目当てのものはなかった。
男手が足りない中、廃業する職人が相次ぎ、この国の日常は危うい均衡の上に成り立っているような感じだ。
仕方がないので人力で穴を掘る覚悟を決めるとするしかなかった。
キャットたち脳筋勢に頑張ってもらって、井戸を掘るしかないだろう。
と、なると穴掘りに従事する専任メンバーを選ばなければならない。
クリス団長とステラさん、ミラの三人に手伝ってもらい、穴掘りメンバーを選出することにした。
三人一組で穴掘りのグループを複数結成した。一人が穴を掘り、もう一人が掘った土や砂や小石といったいわゆる残土を籠に入れる。もう一人は地上に待機して引き揚げた残土を土嚢袋に入れるといった作業を行う。そしてメインの穴掘りに従事していない者たちが残土を詰めた土嚢を保管庫へ運び込む。
単純だが、かなりの重労働になるだろう。
ベルクマン隊を中心に穴掘り要員を募るとそこそこの人数が集まった。
本当なら細いパイプを通して水を引きたかったのだが、既にキャットたちが穴を掘ってしまっていた。女の執念はこえぇ。いや、ライフラインの危機だから男も女も関係ない。キャットたちは純粋に水を引きたがっている。女王が喉を潤すためのコップ一杯の水ではなく、城内に住む人々のための生活水を確保したいと思っているのだ。
もちろんエロース女王だって、自分自身が喉を潤すだけの水を欲しているわけではないはずだ。彼女だって、臣民たちのことを考えないわけがないだろう。
穴掘りは、まずはキャット、ミラ、そしてアルトマン隊の従騎士ドミニク・ボドリエで編成されるキャット組。アイシア、ラウラ、ミルティス隊の壁の花フリーダ・ローデンベルグのアイシア組。最後にベルクマン隊から名乗りを上げたステラ、トゥーリア・ロズモンド、ルネ・ルフォールのステラ組の計三組九名で進めていくことになった。他の騎士たちからも有志を募り、日替わりでサポートしてもらうことにする。
しつこく繰り返すが本当は棒状のもので穴を掘っていく掘抜井戸のほうがよかったのだが、既に手をつけていていいところまできているのだから、このまま完成させてしまったほうがすっきりするだろう。
予定ではもう少しだけ掘り進み、同時に石を積んで井戸の内壁を作っていく。いわゆる掘井戸とか丸井戸とか呼ばれる井戸に仕上がる算段だ。
その一方で、川の水こそを何とかしなければならないだろう。水門を下ろして以来、アデル川の水が城に流れ込むことはなかったが、このままでいいはずがない。何よりも、気まぐれに毒が混入されることがあるため、今もって川の水は危険なのだ。
本当は、できることならこの毒の正体を見極めたいところだった。だけど欲をかいてはいけないと俺の中の第六感が告げている。
慎重に進めなければ。
誰か……そう、禁呪に関して詳しい人間に頼んで調査してもらうのがいいだろう。
禁呪を使って精製した毒なんて物騒なものを何度も流されたら、このエロイ国はそう遠くない将来、本当に滅んでしまいかねない。
クリス団長に禁呪に関する知識が豊富な人はいないのか尋ねると、禁呪ではないが魔法になら詳しい者がいると言われた。歯切れは悪いが、国内に存在するらしい。
「……それで、その魔法に詳しいという人は、いったいどこに?」
クリス団長の様子からすると、どうも城にはいないらしい。
「それが……」
言いよどむクリス団長を見かねてミラが口を挟んできた。
「ピアなら隠れ家にいるわ」
ピア?
「呪われた引きこもり魔女のピア・エルンハルトの隠れ家までユーチを案内してあげる」
うん? エルンハルト?
俺が言葉を探しているうちに、クリス団長とミラの間で話はとんとん拍子に決まってしまう。準備が整い次第、隠れ家とやらまで案内してくれるらしい。
それより、だ。エルンハルトという名に俺は聞き覚えがあった。確かアイシアがエルンハルトの姓だったが……血の繫がりがあるのだろうか。
ステラさんのほうへと視線を向けると、彼女は「大丈夫ですよ」と囁くとニコッと笑いかけてきてくれた。
いや、大丈夫と言われても、ちょっとわけがわからん……。
そんなこんなで俺は今、馬上の人となっている。
恥ずかしながら俺は馬に乗ることができないから、ステラさんの後ろに相乗りさせてもらっている。
「ステラさん、呪われた引きこもり魔女って、いったい……」
どんな人なんだろう。
魔女と言うからには背中の曲がった老女のような、いかにもといった様子の人なんだろうか。世を厭い、人を遠ざけて……気難しそうなお婆さんなんだろうか。
「ピアはね、魔法の知識に長けた高等魔術研究官なんです。詠唱呪文の生成や、禁呪の解読を専門としている……その、ちょっと変わり者の魔女なんです」
変わり者、ねえ。
「ちょっとどころか……かなりの変わり者、よ」
クスクスと笑ってミラが言う。
そんなに変わり者なのか?
だんだん不安になってきたぞ。
馬に揺られて小一時間ほど。そろそろお尻が痛くなってきたところでようやく蔦の絡まる古びた塔が見えてきた。
「あの塔にピアは引きこもっているんです」
今にも崩れ落ちそうな塔の最上階から、一羽の鳥が飛び立つ姿が見えた。
小さな……青い翼に、胸のあたりが山吹色の小鳥がふわりと飛び上がり、こちらへと向かって降下してくる。
「あいしあ、あいしあ……イナイ?」
片言ではあるが、小鳥が囀る。
「今日はアイシアはいません」
ステラさんが告げると小鳥は高らかに囀り、高く塔の最上階へと上昇する。
「どうせ聞こえているんでしょう、ピア。出てきなさいよ」
ミラが言う。
だいぶん経ってからしん、と静まり返った塔の入口がそっと……申し訳程度に開く。
「なんでアイシアはいないの?」
ハスキーな声が尋ねてくる。
「団長の命を受けて重要任務に当たっているからです」
落ち着いた声でステラさんが言う。
あたりを窺うようにしながら、ピアは蚊の鳴くような声を出した。
「本当に……?」
疑い深いな、なかなか。
「本当よ、ピア。ここには私たち三人しかいません」
ステラさんの言葉にピアは、しばらくしかめっ面をして考え込んでいるようだった。
先ほどの青い小鳥が塔の上のほうを何度も飛び回り、ピアのところへと戻ってきた。小鳥は何やらピアにさえずりかけていたが、ようやく他に人影がないことを確認できたようだ。
長い長い時間が経ってからおずおずとドアが開かれた。
「ど……どうぞ」
ドアの向こうには背の高い女性が立っていた。
いったい何にビクついているのか、恐る恐るといった様子でピアは俺たちを中へと案内する。
「ここでいい?」
塔に入ってすぐの小さな部屋に案内された。
テーブルには椅子が二脚、丸椅子、スツール一台、それに窓際にソファ。後は書棚がずらりと並び山のように本が詰まっている。書棚に入りきらなかった分は床に積み上げられ、はっきり言って足の踏み場もない状態だ。
「ここかぁ」
溜息をつきながらミラが呟く。
「文句言わないの」
そう言ってステラさんはさっとミラの斜め向かいの丸椅子に腰を下ろす。
「さっそく話を始めましょう」
早く終わらせたいでしょう? そんなふうにステラさんが声をかけると、ピアものろのろとだが椅子に腰を下ろした。
残ったスツールに俺が座ると、ステラさんは穏やかな笑みを浮かべてピアを見つめた。
「今日、私たちがここへ来たのはクリス団長の命令でなの」
クリス団長と聞いてピアは、少しだけホッとしたようだった。
ん ?
同じエルンハルト姓なのに、ピアとアイシアは仲が悪いのだろうか?
ハスキーなピアの声は中性的で不思議な声色をしている。
「ナーウェル団長……何て言ってた?」
こちらの様子を伺うように、ピアは尋ねる。
「その前に……」
そう言ってすかさずステラさんは俺の方へと視線を向けた。
「こちら、ユーチ様。異世界からの来訪者にして王国騎士団預かりの準団員」
俺は軽く頭を下げ、ピアの顔を覗き込む。
「ユーチ様、こちらがピア・エルンハルト。件の引きこもり魔女です」
ステラさんの言葉にピアは憮然とした表情になる
「引きこもってない」
「引きこもってるじゃない」
カラカラと笑ってミラが横から口を挟んできた。
「塔の最上階に閉じ籠もって、好き勝手やってるって聞いてるわよ」
うん、まさに引きこもりだな。
「閉じっ……好き勝手って……」
しどろもどろになりながらピアは何とか言い訳をしようとしている。
フードを目深に被っているから陰気臭く見えるけれど、このフードがなければ意外と美人なのではないだろうか。
そんなことを考えながら俺は、引きこもり魔女と呼ばれるこの人物をじっと眺めていた。
異世界の花嫁はチープな能力に甘く啼く 篠宮京 @shino0128
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界の花嫁はチープな能力に甘く啼くの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます