第19話 中学3年生

「……本当だ。異種族同士、同じ場所で生活してる……!」


 茂みの中からその集落をのぞき込み、ツムグは感動したように声を漏らしていた。

 川沿いにあった、粗雑なつくりの家が立ち並ぶ集落。

 

 使い古され、据えたにおいを放つ木の家。遠めに見て、掘っ立て小屋くらいのサイズだろうか。

 その家の扉を開け、窮屈そうに翼を縮めた偉丈夫が姿を見せる。

 おそらく身長は2メートルを超えるだろう。縮めた翼を広げれば、それはさらに大きくなるに違いない。

 二足歩行で人間に近い容姿をしているが、長いカギ爪と鋭利なくちばしが目を引いた。


 怪鳥ガーゴイルである。


 家の外に出た怪鳥ガーゴイルは、その翼を大きく羽ばたかせ、どこかに飛び立っていった。

 すると、同じ家から、今度は小柄な人影が姿をのぞかせる。

 皮膚のところどころに細かいひだがある。よく目を凝らせば、それは皮膚ではなく表皮であることが分かった。

 頭部には髪の毛の代わりに緑色の葉っぱが生え、硬質で節くれだった足は根っこのようにゆっくりと地面を踏みしめている。

 樹木精霊ドライアドは、ビー玉のような丸い目をこすり、同居人が去っていった方向を呆然と見上げていた。


「やっぱり、ゼーファさんが言ったとおりだよ。シオン」

ツムグ、でもよく見て。何か、変じゃない?」


 興奮するツムグに、シオンの声は冷静だった。


「本当に、彼らはここで共同生活をしているの?」

「……」


 指摘を受け、改めて集落を見やる。

 ほかにも多様な種族が生活しているのが分かった。同じ場所に住み、争うことなく生存している。

 確かに、それを共存ということもできるだろう。しかし、


「……さっきから、誰も目を合わせていない。まるで、意思疎通する気がないみたい」

「確かに……」


 シオンに同意しつつ、しかしツムグははやる気持ちを抑えきれずにいた。

 この集落には彼らが探し求めていた鍵を持つ種族がいるかもしれない。


 そして、ひょっとしたら自分と同じスキルを持つ者がいるかもしれない。

 そんな淡い期待が、ツムグの背中を強く押したのだった。


「ちょっと、ツムグ!」


 しばし観察を終えると、ツムグは堂々と集落に向かって歩き始める。

 身を隠すこともなく、散歩をするように。


「大丈夫だよ、シオン。彼らは、きっとボクと同じ転生者だ。だったら、こうしてボクの姿を見てもらうのが一番早い」


 集落の様子を見て一目でわかった。彼らは、この集落で生まれ育ったわけではない。家屋と身体のサイズがまったく一致していないのだ。

 確率的に見ても、この世界には転生者の割合の方が多い。学生服を身に纏ったツムグの姿を見ると、大抵が何らかの言葉を漏らす。そして、その言葉をきっかけにツムグのスキルは始まるのだ。


 樹木精霊ドライアドがこちらに気づいたようだ。ギョッとしたように目を見張り、固まっている。


「やあ、はじめまして……」


 通じないと分かっていても何かを話さずにはいられない。ぎこちなく笑うツムグに、大抵の相手が漏らす第一声は「人間……?」もしくは「学生……?」だった。

 しかし、予想に反し樹木精霊ドライアドはこんな言葉を口にしたのだった。


音鳴オトナリ……!」

「っ!?」


 今度はツムグが身をこわばらせる番だった。

 自分の名前を知っているということは、当然こちらも相手を知っている。そして、その声は聞き覚えのあるものだった。


『その声、花笠ハナガサさん?』

「やっぱり、音鳴オトナリなんだ……。初めてだよ、ちゃんとした人間の姿の相手に会うのは」


「ねえ、ひょっとして知り合いなの?」

「昔の同級生だよ。中学三年生の時の、ね」


 ヒソヒソ声で語り掛けてくるシオンにそれだけ返答すると、再び樹木精霊ドライアドに向き直る。


『まさか、また昔の知り合いに会えるなんて思ってもいなかったよ。ひょっとして、この集落にいる他の人達も3年1組のクラスメイトなのかな?』


 これまでの経験からわかっていたことだが、転生直前に近くいたグループは同じ場所に転生させられていることが多い。

 そう思っての問いだったが、樹木精霊ドライアドの反応は予想外のものだった。


「え?あ、ああ……。まあ、ね」


 イマイチ、というか、全く要領を得ないあやふやな返答である。自分のスキルが発動していなかったのでは?と疑ったほどだ。


「そ……そんなことより、隣の女の子。すっごい奇麗じゃん。誰なのよ?」


 このタイミングで、まさかシオンのことを指摘されるとは思わなかったらしく動揺する。咄嗟に口を突いて出たのは……


『ボクのお母さん』

「嘘つけっ!そんな若い母親がいるわけないじゃん!」


『それが、転生した時に若返ったみたいなんだ』

「まあ……、あたいらもこんなナリになっちまった訳だから、ないとは言い切れないんだろうけどさ」


 苦しいにもほどがある言い訳だったが、相手はどうにか納得してくれたようだった。


「シオン、改めて紹介するね。彼女は花笠ハナガサ弥生ヤヨイさん。中学の同級生──つまり、一年前に学友だった娘だよ」

「……そうなんだ」


 魚の骨が引っ掛かったようなリアクションのシオン。しかし、旧友との再会に沸くツムグにはそれに気づく気配はない。


『そうだ花笠ハナガサさん!せっかくだからこの集落の他の人達も紹介してよ!』 

「……ええ!?なんであたいがそんなこと……」


『だって、花笠ハナガサさんってクラスのまとめ役、っていうか、みんなのオピニオンリーダーみたいな人だったでしょ』


 そういうツムグの言葉に、弥生ヤヨイはまさしく苦虫を噛み潰したような表情になる。

 もっとも、硬い皮膚に覆われた樹木精霊ドライアドの僅かな表情の変化に、二人が気づくことはなかったが。


 無邪気にはしゃぐツムグに、弥生ヤヨイは内心こんなことを考えていた。



(どうして、昔いじめられていた相手に再会して、こんな楽しげに笑えるのよ、アンタは……?)



 

 

 


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1億2千万人の異世界転生~ハズレだと思っていた"通訳"が、ある意味ぶっ壊れスキルだったので逆にコミュ障になってしまいました~ rkp @rkp_rkp

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